ラクダはかねてから寡黙をまもっていた。
 それに、もともといつも一人きりでいて仲の良い友人はまったくいない様子だった。
 いつ見ても寝ぐせのせいか髪にまとまりがなく、制服には白く乾いた泥をつけていた。
 また、何も映さないようにしているのか、半開きの目にはほとんど光がなかった。
 スカートの丈は膝より下まであって、目立たずその場をやり過ごそうとしているかんじがかえって、あいつらのような連中を刺激したふうにさえ見えた。

 あいつらは特に、ひ弱で大人しそうな人間を見ると放っておけなくなるのだろう。
 今思えば僕も、あいつらの目にはそう映っていたにちがいない。
 
 あいつらに限らず、カモにできるとなったら、それを嗅ぎ分けて寄ってくる人間がいる。
 そういう輩は、たとえば僕の身近で、これまでどこにでもいたし、彼女は彼女でこれからも出くわすだろう。だから、仮にここであいつらと対峙したところで、実は大した解決にはならないのだ。

 そのことがまた僕を無力感にひっ張り込み、深く押し沈めるのだった。

 ラクダの肩が小刻みに揺れ始めた。
 僕は泣き出したのだと、すぐに察した。
 かくいう自分の目の端にもにじみ出ては流れ出てくる。
 彼女の痛みが、同じく僕のそれとして直に伝わってきているのだ。

 それを見て取ったのか、ヒロノは顎をさすりながら、つぶやいた。
「やっぱラクダを助けることが、お前自身を救うことにもなるんじゃないかな」

「でも、どうすればいいんだ?」
 それには、ヒロノも黙りこんだ。

 僕は、彼女の手を引くことも背中を押すことも、話しかけることもできない。
 ただ、願うことしかできない。彼女がこの先無事であることを。

 どうすればその願いが通じるだろうか。
 僕はしきりに考えた。
 ヒロノもここで断念するに至っただけに、答えを持ち合わせていない。
 思わず歯ぎしりをした、まさにそのときだった。
 ふと彼女がこちらを振り向いた。
 まるで、僕の気配に気づいたかのように。

 そして彼女の唇が微かに動いた。
「は……な……?」

 花?
 僕も、自分の机の上に飾られた一輪挿しの花を見た。
 その百合の半透明の白い花弁が、太陽の光できらめいていた。

 それから彼女は誰にも聞こえない小さな声で、僕の名前を呼んだ。
 僕は思わず彼女を見た。
 彼女も僕を見ていた。

 ぴったりと目が合っている。
 僕は思わず、語りかけた。

 今すぐこのまま、逃げ出せ。
 そして、もう二度とここへ戻ってくるな。

 たぶん僕はそうしなかったから、ああなったのだから。 
 ラクダも、そうなってはいけない、けっして。

 それにさ、この教室の誰からも好かれなくたって、全然生きていけるぜ?

 これ、ほとんどヒロノの言葉だけど。