「オレ、見てたんだ」
 ヒロノは、僕を見ないでいった。
「お前が飛び降りるところ」
「え?」

 僕は顔を上げた。相変わらずよそを向いたままの、彼の涼しげな顔を食い入るように見つめた。

「ど、どこから僕が飛び降りたんだよ?」
 彼は僕をひと目見ると、上を指差した。

 校舎の屋上?
 僕もまた顎を天井に向けて、高いところを見るような素振りをすると、彼は頷いた。

「オレさ、お前を黙って見ているしか、できなくてな」
 そういうことだったのか。

 僕は俯いて、自分の手のひらを広げた。
 何度も裏返して見た。
 血が通って見えるけど、僕はもうこの世の人ではないということなのか。

「まだ生きているなら、そのまま生きてたらいいのに。誰からも好かれなくたって生きていけるのに。そう思った」

 少し遠い目をしていたヒロノが、ふいに僕を見た。
「それでラクダので、今度はお前が同じ後悔しねえかなって」
「じゃあ、ヒロノが僕の代わりに彼女を助けてやれば、それでよくないか?」
 もう生を失った僕には、彼に託すしか手がない。
 とっさにそう思ったが、ヒロノはかぶりをふった。

「なんで?」
「オレもお前と同じなんだよ」
 それは、飛び降りるときに僕の手をまるでつかめなかったことで初めて気づいたのだという。

 死んじまったやつに、生きている人間を救う方法なんかあるのだろうか。
 それをヒロノにきいても、「わからないよ」と彼は肩を落として首を左右に振るばかりだった。

 ヒロノは、下唇を噛みしめた。
「皮肉なもんだな。オレはそれで意識、というか魂のようなものだけがここにあることを知った」

 そのそばでラクダは、今度はバケツに入った水を頭から浴びせられていた。
 かつての僕がまさにそうだったように。

 あいつらは、ウヒヒヒ!とケダモノのような異様に甲高い声で笑い合い、それにつられて教室全体が狂気で充たされていく。

 まるで自分を見ているような気分で、僕の胸が痛んだ。

「あいつら……」
 僕は呻いた。
 が、実体がないから、あいつらに掴みかかったり、ラクダを庇うように寄り添うこともできない。

 その口惜しい思いを彼も汲み取ったのだろう。
「たしかに、オレがそうだったように、お前にできることはたいしてないだろうな」
 ため息混じりにそういった。

 それでも、ラクダが自分たちの方に来ないようにしてあげたい。
 ヒロノと僕は、そう言い合った。