僕はリスクを測り始める。

 たしかに、ここで割って入ると、一緒に殴る蹴るの扱いを受け、外にいたら石だって飛んでくるだろう。
 ついでに「お前はラクダのことが好きだったのか?!」と囃し立てられるはずだ。
 あいつらは、ちょっと女子と口を聞いただけで、すぐにそういう幼稚な反応をする。
 おそらくラクダは、味方を見つけて感謝するどころか、それがもとで無言で迷惑そうに僕から目を背けるだろう。
 
 そして、そして僕は僕で、また元通りの日々に戻っていくにちがいない。

 そこまで僕はほとんど時間をかけずに計算できてしまった。
 ほとんど肌感覚だ。
 これまでの経験と生存本能が、その高精度の予測を可能にしているといっていい。

「どうする?」
 ヒロノが、僕の肩を突いた。
 僕の正義心を試そうとしているのだろう。
 あいにくこの教室内で正義が勝つことはない。
 それとはまた別の力が支配している。
 本当に正義が果たされるなら、僕はとうに救われていたはずだ。

 僕が、今のラクダと同じ目に遭っていたとき、何を期待しただろうか。
 救いがやってくるとは到底思っていなかっただろう。
 この嵐が過ぎ去るのを、ただ頭を低くして、じっと待っていた。

 現に、僕はようやくその嵐から解放された。
 まさに今朝からだが。
 彼女もまたそうなるのなら、僕がそうしたようにこのまま耐えろと声を掛けてやることが、彼女のために今の僕にできることなのだろうか。

 大きく固い物音に、僕は思わず首を縮めた。
 彼女の机があいつらに倒されたのだった。その中身が、床に飛び出している。
 三人がそれぞれ、ノートや教科書を蹴っては踏みにじり、くっきりとした足跡をつけた。
 そのあいだ彼女は俯きかげんで椅子に座ったまま、両方の肘を張り、拳をぐっと固めて膝の上に置いていた。

 それらがなお細かく震えていることに気づいたのは、僕だけかもしれない。

 教室は、やわらかな陽射しに包まれていた。それが、薄ら笑いで眺めている他の級友たちを照らし出す。

「見てらんねえな」
 ヒロノは肩をすくめてから、そういった。
「なあ、お前は何のために戻ってきたんだ?」
 何のため?
 戻ってきたって、どこからだ?
 僕は、未だ空白しかない記憶に混乱する。

「笑わせるよな。そういうオレこそ何のために、ここにいるんだろうな?」
 ヒロノの横顔が、微かに自嘲の笑みを浮かべたが、それはすぐに消えた。
「オレなんかさ、どこにも自分の席すらないのによ」