おかしいな、と思ったんだ。

 僕の靴も筆箱も教科書もそのままだった。
 いつものように僕の席には花が飾ってあったけど、僕のものが何も捨てられたり隠されていないのは、非常に珍しいことだった。

 自分がなくなった物があることに、まだ気づいていないだけかもしれない。
 あいつらは、今度は僕から何を奪っていったのだろう?
 僕はしきりに考えた。

 そういえば、今朝から僕の机や椅子を蹴る奴、上履きの靴で叩いてくる奴がいない。
 わざわざ寄って来て僕の耳元で「くさい」とか「チビ」だとか言って騒ぎたてる奴もいない。

 いいかげん、そういうのに飽きてしまったのかもしれない。
 むしろ誰も僕を相手にしなくなった。
 まるで僕がそこにいないかのように。

 今度は新たに皆で示し合わせて、僕をシカトすることにしたというのだろうか。

 平和になったには違いないが、所詮闇から闇だ。孤独のまま。
 だから何も笑えないし、[幸せ]なんて言葉、陳腐で聞き飽きたけれど、まだまだ僕の手に届くところにはなさそうだ。

 こんな中途半端な状況にあるくらいなら、すっかり絶望していた昨日までの方が脱出への渇望という意味で、まだ希望があったといえるかもしれない。
 絶対にここじゃないというなら、どこへ向かえばいいか迷わないし、自棄をおこしたにせよ、そのための勇気だって僕にはあったと思う。

「つまり、なにか心残りでもあったのか?」

 いつのまにか僕の席のそばに立っていたヒロノが、いかにも涼しげにそういった。

「何の話をしているんだ?」
「別に。分からないならいい」

 ふと思い出した。
「ちょっと待ってくれ」
「あん?」
「ヒロノはなんでここにいるんだ? 病気は治ったのか?」
 そう、彼はずっと入院していたのだ。
 高校に入学してクラスで顔を合わせたあと、その春からいきなり来なくなった。

「治ってはいないんじゃないかな。気づけば、ここへ……」
 えらく他人ごとのような口ぶりだ。

「そっか」
 答えのなさそうな問を重ねるのを止めた。
 そんなふうにして深入りするのを避けて、案外物わかりのよいふりをするのは、僕の悪い癖であるのかもしれないけれど。