西園寺侯爵家へと帰還すると、昴はその足で準備に行った。
 居室に入った澪は、久水が淹れてくれた紅茶に、角砂糖を落とす。そして一口の見込み、口を開いた。

「やはり久水の淹れる紅茶は薄いな」
「だったら自分で淹れろ。薄いのが好きなくせに。澪様のせいで、俺の紅茶の味が、澪様以外には不評なんだぞ。まったく」

 不貞腐れたような久水の声に、澪が喉で笑う。
 本格的に、日常が戻ってきたという心地になった。父が不在の方が日常に思えるというのも奇妙な話かもしれないが。大切な家族であるのは代わりがないが、今では自分が当主の代理をしている方が自然に思える。

 ただし変化があったのは事実だ。相やシロスケは勿論、なにより昴がいるのだから。
 少し賑やかになった西園寺家の今の姿もまた、愛おしくてたまらない。

「それにしても今回は、人間の噛み方について考えさせられる事件だったな」

 澪はカップの水面を一瞥して呟いた。

 まさしく吸血鬼のための人間噛み方の入門編だったのかもしれない。特に紫苑牧師とのやりとりで、自分の中の気持ちが定まったのは間違いない。そう考えながら、澪は静かにカップを傾ける。角砂糖から広がる血の味はとても甘美だ。

 今ではもう、人間をただの食べ物や家畜だとは思わない。そう思わせてくれたのは、紛れもなく昴だ。澪は己が、少しだけ成長したように感じる。

 そこへ開け放したままだった扉から、絵山が入ってきた。

「澪様、お手紙ですよ」

 それを聞き、カップを手にしたままで、澪は視線を向ける。

「誰からだ?」
「さぁ?」

 そう言って歩みよってきた絵山が、封筒を裏返して首を捻る。

「差出人の名前は無いけどね」

 それを聞きながら、カップを置いて澪は手紙を受け取った。見覚えのない封蝋が見える。共に渡されたペーパーナイフを受け取り、澪は手紙を開封する。

 ――果たして、どんな事が記されているのだろうか?
――次は、何が待ち受けているのだろうか?

 新しいスタートを切るのが楽しみでたまらない。
 そう考えながら、澪は瞼を伏せたのだった。これが一つの事件の終幕でもあり、新しい日々の始まりともなった。






      ―― 了 ――