手土産を持って訪れた二人が席につくと、白い仔猫が部屋に入ってきた。

「ニャア」
「まぁ、可愛らしい」

 沙羅がそちらを見て、満面の笑みを浮かべて少し屈んだ。すっかり怪我の癒えた猫は、シロスケと名付けられて、この邸宅の住人の一人になっている。沙羅の足下にすり寄る仔猫を見ながら、宏人が箱を差し出す。

「うちの祖父から送られてきたメロンだ。良かったら食べてくれ」
「気を遣わせて悪いな」
「いや、いい。それよりどういう風の吹き回しだ? 茶会に俺を呼ぶなんて」
「言い方があるだろ」
「事実だろうが」
「夜会の日はろくに話も出来なかったから、沙羅嬢の回復祝いも兼ねてお招きした次第だが?」

 澪が仏頂面で答えると、宏人がハッとした顔をした。それから珍しく口元を綻ばせる。

「そうか。意外と友達甲斐のある奴だったんだな」
「意外と? 余計な一言をつけないと、お前は喋れないのか?」
「だって、意外だろ。お前ほど腹黒い奴を俺は知らないし」

 二人のやりとりに、猫を抱き上げながら沙羅がくすくすと笑う。

「お兄様、澪様、お二人は仲がいいのか悪いのか、本当はやっぱり仲がいいのか、ちっとも分からないわ」

 その言葉に、澪と宏人は顔を見合わせる。

「悪い」
「悪い」

 答えたのは同時だった。

「でも息もぴったりじゃない」

 沙羅の指摘に二人が呻く。そこへ絵山が紅茶を淹れたカップをそれぞれの前に置いた。久水はメロンを受け取り、壁際にいた津田に渡している。

「今日は昴様はいらっしゃらないのですか?」

 沙羅が尋ねると、澪が頷いた。

「ああ。会わせたかったんだが、兄上は今日、父上と出かけているんだ。父上が兄上と一緒にいられる事を喜んで、ここ数日は兄上を至る所に連れまわして、紹介している」

 澪の声は楽しげだ。頷いた沙羅は、それから宏人を見た。

「ねぇお兄様」
「なんだ?」
「私も猫が欲しいですわ」
「猫か。それは父上に直談判したらどうだ?」
「一緒にお願いして!」
「し、仕方ないな」

 妹を溺愛している宏人は、すぐに頷いた。その微笑ましいシスコン姿を見ながら、澪は微笑する。

「猫はいいぞ。俺もシロスケのおかげで、兄上の笑顔を見る機会が増えた」
「なっ、猫なんかいなくても、沙羅は俺の前ではいつも笑ってくれる!」

 反射的に宏人が言うと、沙羅が本格的に吹き出した。それに驚いて、猫が床に飛び降りた。

 その後お茶会の時間は、和やかに過ぎていった。
 二人が帰ってから、絵山と久水が、澪の隣に立つ。澪が呟く。

「しかし快癒してなによりだ。あのシスコンもほっとした様子で、いつもの勢いが戻ったな」
「澪様もブラコンだったんですから、どっこいでは?」
「俺もそう思う。もう澪様には、宏人伯爵をシスコンと呼ぶ権利はない。同じくらい兄弟愛が重い」

 二人に言われて、澪は唇を尖らせる。

「俺は兄上を大切に思っているし、これからも大切にするつもりだ。それの何が悪い?」
「そこは開き直るんだね。お見それしました」
「まぁ、悪くはないんじゃないか? 澪様の場合は、宏人伯爵よりは、一方通行という感じでもないしな」

 澪は返ってきた二人の言葉に、大きく頷いた。

「仲がいいのはいいことだ」