「孤児院の牧師達が犯人だったとは……」

 自白を聞いた高籏警部は、全員を牢に入れた後、澪と絵山の元へと、篠木警部補と共にやってきた。

「それも華族がわざわざ人間の事件に目をかけて、捜査をするなど……」

 いつかの惨殺体の事件で澪に事情聴取をしたがっていた高籏警部は、ある種感動したように澪を見た。そして深々と頭を下げる。

「ご協力本当にありがとうございます。私は華族を見直しました」
「け、警部。言い方が失礼ですよっ!」

 篠木が慌てている。だがそれには構わず、顔を上げた高籏が、いかめしい顔に笑顔を浮かべた。

「これで三十年来、私が追いかけていた事件が解決するのかと思うと感無量だ。若いのによくぞやってくれた!」
「――いいえ、捜査への協力は、市民の義務ですので」

 澪は人間相手であったが、外行きの笑顔でそう述べた。

 こうして現在は人間になっている絵山と共に、馬車で西園寺家へと帰宅した。すると通りかかった風原が立ち止まった。

「なんだ? 絵山が食材になってるな。喰う気はしないけども」
「今夜は絵山にも兄上達と同じ料理を振る舞ってくれ」
「おう、分かった」

 笑顔で風原は、追求するでもなく歩いていく。手にしている箱からは、ニンジンが覗いていた。絵山は嫌そうな顔でそれを見送ってから、澪を見る。

「今日は俺はもう役に立たないので、昴様には危険も無くなっただろうし、久水をおそばに」
「そうだな。そうするか。絵山、ゆっくりと休んでくれ」

 澪が声をかけると、頷いて絵山が久水を呼びにいった。すぐにやってきた久水は、澪を見ると仏頂面で頷く。

「解決したと聞いた。絵山にやらせるんなら、俺にしとけばよかったのに。あいつ、残酷だろ?」
「久水も大概だろう。紅茶を淹れてくれ。お前のお茶が飲みたい」

 そのように告げて、澪は居室へと入った。そして長椅子に座り、深々と背を預ける。
 久水は紅茶の準備をし、ティースタンドをテーブルに置いた。
 スモークサーモンとクリームチーズの、檸檬の風味がきいた小さなサンドイッチを一つ手に取り食べながら、澪は帰ってきたと実感して、深く息を吐く。血の入ったイチゴジャムとクロテッドクリームが添えられたスコーンも美味しそうだ。

「味はどうだ?」

 久水の声に、澪がサンドイッチを飲み込んでから傾けていたカップを見る。

「久水は見た目によらず、絵山よりも紅茶を淹れるのが上手いな」
「愛がこもってるからな。おい、それより見た目ってなんだ?」
「絵山の方が几帳面に見える」
「俺が大雑把だって言うのか?」
「そうは言っていない」

 澪は喉で笑ってから、角砂糖を落とした紅茶を口に含む。肩から力が抜けていくようだ。

「そうだ、久水。兄上の様子はどうだった?」
「あ? 狙われてはいないが」
「そういう事ではなくて。この屋敷に馴染んだかとか、そういう話が聞きたいんだ」
「ああ」

 頷くと久水が、顎に手を添え、思案する瞳をした。

「本当にブラコンだな。麗しい兄弟愛は悪くないとは思うがな」
「煩い。気を遣って何が悪い?」
「悪いとは言ってないだろ。そうだなぁ、昴様か。あちらもあちらで、澪様がなにをしているのかだとか、そういうのを聞いてばかりだが、最近は相の部屋に足げく通ってるぞ。孤児院で関わりがあったからか、大層心配してる」
「そうか」
「昴様は、心優しいという意味では、本当に素晴らしいだろうが、危機感はゼロだ。この吸血鬼だらけの邸宅で、あの美味しい匂いを振りまいていたら、もし自分が餌になりえると理解したら、俺なら即逃げ出すが」
「兄上を食べないように徹底しないとな」

 澪はそう言うと、ゆっくりとカップを傾ける。

「久水は喰べていないんだろうな?」
「澪様が食べるなと言うから、血は吸ってないぞ。主人の言葉は絶対だ」
「愁傷な心がけだな」

 澪が笑うと、くすりと笑みを返し、久水が頷いた。その後二杯ほど澪は、紅茶のお代わりをした。美味いと言われて嬉しかった様子で、上機嫌で久水は紅茶を淹れた。