「絵山。檻の鍵を、気づかれないように入手しろ」
「はい」
澪が指示を出すと、絵山が人の波に紛れ込んだ。
それを見送りながら、正面の大歓声を前に、澪は考え込むように腕を組む。
錬金術師になれる異能の持ち主。
異能には、主に三種類が存在する。それは、念動力・透視・治癒だ。中でも治癒の力の持ち主はごく少数で、それは吸血鬼すらも尊ぶ。過去には、治癒の力の持ち主が【黒薔薇病】を回復させたという話が出まわった事もあるが、探してもその辺にいるような存在ではなく、力の持ち主でもごく弱い能力しか持たない事例も多いという。
その後月が傾き始めた頃、集会がお開きになった。人々が地上へと続く階段を上っていく。相の入った檻は、その場に置き去りとなった。ほかには、絵山と澪がいるばかりだ。そこで二人は、風景と同化するのを止めた。
そしてほぼ同時に、素早く相の檻へと走り寄る。
澪は、たった少しの間だけ話したにすぎない人間の子供を、自分が助ける義務はないと思った。だが、陰惨な方法で、臓器を抜かれて殺害されると聞いた途端、昼間見たあどけない笑顔やえくぼが脳裏を過り、助けずには居られない心境になっていた。そして絵山は、澪が助けるのだろうと予測して近寄ったのである。
「絵山、開けろ。解放しろ」
澪の声に頷いて、絵山が檻の鍵を開けた。
そして手枷と足枷の鍵も外すと、絵山は相の顔の後ろに手をまわして、布の猿ぐつわを取り去る。
「うっ……うあ……」
するとガクガクと震えている相が、ボロボロと泣き始めた。右手の拳を握り、口元に当てている。
「もう大丈夫だ。俺が助けるから」
澪が安心させるようにそう言うと、檻から転がるように這い出てきた相が、そのまま澪に抱きついた。少年の後頭部に触れ、優しく髪を撫でながら、澪は深刻な表情で、立っている絵山を見る。すると絵山が小さく頷いた。
「一度帰りましょう」
「そうだな。絵山、連れて逃げる準備をしてくれ」
「はい」
こうして絵山が先導し、相の事は澪が抱きかかえるように腕を肩にまわし、三人で階段を上った。
誰かと遭遇するのではないかと危惧をしたのだが、それもなく、皆寝静まっている様子で、客達もとっくに帰宅した後のようだった。二人は相を連れて外へと出ると、馬車を待たせてある坂道の上の路地まで急ぐ。西園寺家の御者は、待っていろといえば、戻らないかぎり動かない。今回も同様で、馬車は乗りつけてきた時と同じように、その場所にあった。
「乗ってくれ」
相を馬車に招き入れて、澪は中にあったブランケットを、相の膝にかける。
絵山は乗り込んですぐに、紅茶の準備を始めた。
御者が扉を閉めてから、少しして馬車が走り出す。
「どうぞ」
絵山がカップを差し出すと、相が震える手で受け取った。そしてボロボロと泣き、鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにした状態で紅茶を飲み込む。それからカップを置くと、横側から澪にしがみつき、さらに号泣した。
「怖かった、怖かったぁ!」
「もう大丈夫だ」
何度も澪はそう言葉をかけた。すると次第に、相が落ち着きを取り戻し始める。
こうして三人で西園寺家へと無事に戻り、馬車から降りる。邸宅の中に入ると、火野が出迎えた。
「おかえりなさいませ……そちらは?」
「話は後だ。火野、客間の準備を。とりあえず今晩、保護をする」
「畏まりました」
その後澪は自ら客間に、相を誘った。相はきょろきょろと怯えたような顔をしつつ、澪が寝台に促すと素直に寝そべった。そして疲れていたのか、すぐに寝入った。
澪がその部屋から出ると、絵山が控えていた。澪は彼を見上げる。
「今日は疲れたな。俺はこのまま休む。絵山、お前もゆっくりするといい」
「うん。今日はよく眠れそうだ」
これが、二人の調査が一段落した瞬間でもあった。
「はい」
澪が指示を出すと、絵山が人の波に紛れ込んだ。
それを見送りながら、正面の大歓声を前に、澪は考え込むように腕を組む。
錬金術師になれる異能の持ち主。
異能には、主に三種類が存在する。それは、念動力・透視・治癒だ。中でも治癒の力の持ち主はごく少数で、それは吸血鬼すらも尊ぶ。過去には、治癒の力の持ち主が【黒薔薇病】を回復させたという話が出まわった事もあるが、探してもその辺にいるような存在ではなく、力の持ち主でもごく弱い能力しか持たない事例も多いという。
その後月が傾き始めた頃、集会がお開きになった。人々が地上へと続く階段を上っていく。相の入った檻は、その場に置き去りとなった。ほかには、絵山と澪がいるばかりだ。そこで二人は、風景と同化するのを止めた。
そしてほぼ同時に、素早く相の檻へと走り寄る。
澪は、たった少しの間だけ話したにすぎない人間の子供を、自分が助ける義務はないと思った。だが、陰惨な方法で、臓器を抜かれて殺害されると聞いた途端、昼間見たあどけない笑顔やえくぼが脳裏を過り、助けずには居られない心境になっていた。そして絵山は、澪が助けるのだろうと予測して近寄ったのである。
「絵山、開けろ。解放しろ」
澪の声に頷いて、絵山が檻の鍵を開けた。
そして手枷と足枷の鍵も外すと、絵山は相の顔の後ろに手をまわして、布の猿ぐつわを取り去る。
「うっ……うあ……」
するとガクガクと震えている相が、ボロボロと泣き始めた。右手の拳を握り、口元に当てている。
「もう大丈夫だ。俺が助けるから」
澪が安心させるようにそう言うと、檻から転がるように這い出てきた相が、そのまま澪に抱きついた。少年の後頭部に触れ、優しく髪を撫でながら、澪は深刻な表情で、立っている絵山を見る。すると絵山が小さく頷いた。
「一度帰りましょう」
「そうだな。絵山、連れて逃げる準備をしてくれ」
「はい」
こうして絵山が先導し、相の事は澪が抱きかかえるように腕を肩にまわし、三人で階段を上った。
誰かと遭遇するのではないかと危惧をしたのだが、それもなく、皆寝静まっている様子で、客達もとっくに帰宅した後のようだった。二人は相を連れて外へと出ると、馬車を待たせてある坂道の上の路地まで急ぐ。西園寺家の御者は、待っていろといえば、戻らないかぎり動かない。今回も同様で、馬車は乗りつけてきた時と同じように、その場所にあった。
「乗ってくれ」
相を馬車に招き入れて、澪は中にあったブランケットを、相の膝にかける。
絵山は乗り込んですぐに、紅茶の準備を始めた。
御者が扉を閉めてから、少しして馬車が走り出す。
「どうぞ」
絵山がカップを差し出すと、相が震える手で受け取った。そしてボロボロと泣き、鼻水と涙で顔をぐちゃぐちゃにした状態で紅茶を飲み込む。それからカップを置くと、横側から澪にしがみつき、さらに号泣した。
「怖かった、怖かったぁ!」
「もう大丈夫だ」
何度も澪はそう言葉をかけた。すると次第に、相が落ち着きを取り戻し始める。
こうして三人で西園寺家へと無事に戻り、馬車から降りる。邸宅の中に入ると、火野が出迎えた。
「おかえりなさいませ……そちらは?」
「話は後だ。火野、客間の準備を。とりあえず今晩、保護をする」
「畏まりました」
その後澪は自ら客間に、相を誘った。相はきょろきょろと怯えたような顔をしつつ、澪が寝台に促すと素直に寝そべった。そして疲れていたのか、すぐに寝入った。
澪がその部屋から出ると、絵山が控えていた。澪は彼を見上げる。
「今日は疲れたな。俺はこのまま休む。絵山、お前もゆっくりするといい」
「うん。今日はよく眠れそうだ」
これが、二人の調査が一段落した瞬間でもあった。