日が高くなった。
瞼をピクリと動かして目を覚ました澪は、上半身を起こして柱時計へ目を向ける。
既に午前十一時だった。
身支度を整えてからテーブルの上のベルを押すと、絵山が顔を出した。
「ブランチの用意を」
「出来てるよ。運んでくるね」
気怠げな声と眼差しでそう述べた絵山が、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。入れ違いに入ってきた久水は、ティーセットが載る銀色の盆を持っていた。それを久水が並べていくと、すぐに台車を押して絵山も戻ってきた。
遅めのブランチの際は、澪は部屋で食べる事が珍しくない。
今日もふわふわの黄色いスクランブルエッグと、血の混じるケチャップ、茹でたソーセージを味わいながら、一緒に届いた新聞を眺める。また『吸血鬼の犯行か?』という見出しが躍っており、『ジャック』による陰惨な事件についての記事があった。
食後澪は階下に向かい、居室の前に立つ。ノックをして中に入ると、そこには笑顔の昴と、津田と火野の姿があった。柔和に微笑している昴を見て、自分が不在の時に笑顔を見せているのを初めて目にした澪は、少々驚いた。随分と順応してきたらしい。
「何を見ているんだ?」
昴がテーブルの上に何かを広げているので、歩みよりながら澪は首を傾げる。
津田と火野もニコニコしている。特に火野は、いつも無表情なので、こういう姿は珍しい。彼らも昴の血の匂いに当てられているのかと考えていると、昴が眼前のアルバムを示した。
「澪が小さい頃のアルバムを、見せてもらっていたんだ」
その言葉に、澪は息を呑む。横から覗きこめば、そこには確かに己の幼少時……乳幼児の頃から最近に至るまでの写真が、綺麗に収められているアルバムがあった。モノクロの写真の中で、笑っていることもあればそうでない場合もあるが、様々な年代の澪がこちらを向いている。
「俺の写真……」
「うん。今も可愛いけど、昔も可愛かったんだな」
「可愛いって……やめてくれ。恥ずかしい」
何故このような品を見せているのかと、津田と火野をそれぞれ交互に、右目だけを半眼にして、左右非対称の顔で澪は睨む。だが二人はさらりと視線を外すだけで、何も言わない。
「澪のことを知る事が出来て、すごく嬉しい」
純粋に喜んでいる昴の姿に、澪は気恥ずかしくなってきた。自分の写真が、異母兄の笑顔を引き出したというのも、なんとも言いがたい気持ちになる。
「俺は兄上のことの方を知りたいのだが?」
「ん? なんでも聞いてくれ」
「……そ、そうか。そうだな、礼儀作法は、少しは兄上なりに覚えられたのか?」
「それは……」
昴が口ごもると津田が言う。
「だいぶ上達なさいましたよ! お茶のマナーは十分ですし、食事の際のテーブルマナーも一通り」
「そうか。さすがは兄上だな。飲み込みが早いのか」
二人のやりとりに、昴が照れくさそうに頬に朱を差す。
平和だなと澪は思った。努力し適応しようと頑張る兄が、己を家族として見始めてくれている様子が、不思議と心地よかった。
瞼をピクリと動かして目を覚ました澪は、上半身を起こして柱時計へ目を向ける。
既に午前十一時だった。
身支度を整えてからテーブルの上のベルを押すと、絵山が顔を出した。
「ブランチの用意を」
「出来てるよ。運んでくるね」
気怠げな声と眼差しでそう述べた絵山が、ゆっくりとした足取りで部屋を出て行く。入れ違いに入ってきた久水は、ティーセットが載る銀色の盆を持っていた。それを久水が並べていくと、すぐに台車を押して絵山も戻ってきた。
遅めのブランチの際は、澪は部屋で食べる事が珍しくない。
今日もふわふわの黄色いスクランブルエッグと、血の混じるケチャップ、茹でたソーセージを味わいながら、一緒に届いた新聞を眺める。また『吸血鬼の犯行か?』という見出しが躍っており、『ジャック』による陰惨な事件についての記事があった。
食後澪は階下に向かい、居室の前に立つ。ノックをして中に入ると、そこには笑顔の昴と、津田と火野の姿があった。柔和に微笑している昴を見て、自分が不在の時に笑顔を見せているのを初めて目にした澪は、少々驚いた。随分と順応してきたらしい。
「何を見ているんだ?」
昴がテーブルの上に何かを広げているので、歩みよりながら澪は首を傾げる。
津田と火野もニコニコしている。特に火野は、いつも無表情なので、こういう姿は珍しい。彼らも昴の血の匂いに当てられているのかと考えていると、昴が眼前のアルバムを示した。
「澪が小さい頃のアルバムを、見せてもらっていたんだ」
その言葉に、澪は息を呑む。横から覗きこめば、そこには確かに己の幼少時……乳幼児の頃から最近に至るまでの写真が、綺麗に収められているアルバムがあった。モノクロの写真の中で、笑っていることもあればそうでない場合もあるが、様々な年代の澪がこちらを向いている。
「俺の写真……」
「うん。今も可愛いけど、昔も可愛かったんだな」
「可愛いって……やめてくれ。恥ずかしい」
何故このような品を見せているのかと、津田と火野をそれぞれ交互に、右目だけを半眼にして、左右非対称の顔で澪は睨む。だが二人はさらりと視線を外すだけで、何も言わない。
「澪のことを知る事が出来て、すごく嬉しい」
純粋に喜んでいる昴の姿に、澪は気恥ずかしくなってきた。自分の写真が、異母兄の笑顔を引き出したというのも、なんとも言いがたい気持ちになる。
「俺は兄上のことの方を知りたいのだが?」
「ん? なんでも聞いてくれ」
「……そ、そうか。そうだな、礼儀作法は、少しは兄上なりに覚えられたのか?」
「それは……」
昴が口ごもると津田が言う。
「だいぶ上達なさいましたよ! お茶のマナーは十分ですし、食事の際のテーブルマナーも一通り」
「そうか。さすがは兄上だな。飲み込みが早いのか」
二人のやりとりに、昴が照れくさそうに頬に朱を差す。
平和だなと澪は思った。努力し適応しようと頑張る兄が、己を家族として見始めてくれている様子が、不思議と心地よかった。