差し込む陽にキラキラと輝く金色の髪は、目にかかっていて襟足も長い。
だるそうに半分開いた瞳は二重がくっきりしたアーモンド形で、輪郭がシャープだ。オニキスのピアスやワイン色のシャツから胸元をはだけさせている姿は、どことなくアルコールの匂いが漂う夜の街を思わせた。
上体を起こした青年は、首を傾げて「どうして知ってるの?」と繰り返した。
「もしかして壱岐に聞いたの? あいつのことだから、お持ち帰りした女の子に僕らの説明はしてないと思ったんだけど」
「壱岐さんからは何も聞いていません。ニアというのは、昔近所で飼われていたワンちゃんの名前です。ちょうど首を舐められる夢を見ていて……」
なまめかしい感触を思い出しながら首に手を当てると、なぜかしっとりしている。
寝汗じゃない。明らかに他人の仕業だ。
「もしかして、あなたが舐めてたんですか!?」
青くなったり赤くなったりする萌香に、青年はけらけらと声を出して笑った。
「気づくの遅すぎ。男に乗り上げられている時点で警戒しなよ~、萌香ちゃん?」
「どうして私の名前を……」
「これ」
ベッドから下りた青年は振り返って指を立てる。
長い指に挟まれていたのは萌香の学生証だった。
「平民が通う学校だよね、ここ。こんなところに甘贄が潜んでいたとは思わなかった。壱岐もよく見つけたよね~。さすが桜鬼家の実質的な支配者だ。どうせ萌香ちゃんも、壱岐のカリスマオーラにやられちゃってついてきたんでしょ? もう抱かれたの?」
「だっ!? 壱岐さんはそんなことしません!」
壱岐は、通り魔から助けてくれて、ひどい親戚にも話をつけると言ってくれた親切な人だ。
悪く言われるのは我慢ならない。
無理やりキスはされたけど、あれは甘贄を前にして飢鬼としての抑えがきかなかったせいだ。きっと。
「失礼なことばかり言う、あなたはいったい誰なんですか!?」
びっと指さすと、青年は赤い瞳をにんまりと細めた。
「僕は弐亜。桜鬼壱岐の弟で、ここの次男坊だよ。君の天敵」
「天敵? どういう意味ですか?」
「飢鬼ってことだよ」
「きゃっ」
がばっと萌香を押し倒した弐亜は、抵抗できないように両腕を顔の横で押さえた。
「無防備でか~わいい」
「は、放してください。叫びますよ!」
「大声を出しても誰も助けてはくれないよ。使用人たちはみ~んな、桜鬼家の人間には逆らえないんだから」
そう言って、弐亜は萌香の首筋に顔をうずめた。
大きく息を吸い込んで、「匂いまで甘い」とクスクスと喉を鳴らす。
「寝てるところを襲うのはさすがに可哀想だから、首筋だけで我慢したんだよ? すっごく甘くておいしかった。ねえ、壱岐にはどこまで味見させたの?」
「あ、味見なんて」
萌香の脳裏に、昨晩のキスがよみがえる。
我を忘れて萌香の唇をむさぼる壱岐。
強引な触れ合いではあったけれど、あの瞬間、萌香は求められる喜びを知った。今まで生きてきたなかで一番の快感だった。
思い出して身じろいだら、弐亜は呼吸を荒くして苛立った。
「ずるい。いつもいつも一番は壱岐に取られる――はぁっ」
短い息の音がした刹那、がぶっと噛みつかれた。
「ひっ!」
突然の痛みに、萌香はぎゅうっと眉を寄せる。
「や、やめて……」
抵抗しようとしたが体に力が入らない。
弐亜に噛まれている箇所からゾワゾワと快感が広まって、萌香の思考はあっという間にとろける。
(こんな扱いも嬉しいと思うなんて)
乱暴されているのに、どうして?
自由にならない体がはがゆい。悔しい思いすらも気持ちよさに取って代わって、涙で目がうるむ。
じわっと上がる体温から逃れるように、萌香は口をはくはくと開いた。
(誰か、助けて――)
「彼女を離しなさい、弐亜」
冷ややかな制止が響いた。
壱岐のものではない。もっと若く、張り詰めた声だ。
うるんだ目で見れば、白皙の美少年が、部屋の戸を開けたかっこうで厳しい目をこちらに向けていた。
くせのない紺色の髪は綺麗に切りそろえられていて、瞳は真っ赤だ。
ブレザーを着ているので学生のようだが、表情は弐亜よりも大人びている。
弐亜は萌香から口を離すと、前髪をかき上げて舌打ちした。
「参悟……」
「壱岐お兄様から客人の様子を見てほしいと頼まれてきたらこれですか。我が兄ながら情けない。桜鬼家の純血としての自覚が足りないのではありませんか?」
遠慮なく部屋に入ってきた参悟は、弐亜の腕をつかんで力づくでベッドから降ろした。
「神力で吹き飛ばされないだけよかったと思ってください」
(助かった……)
ほっとした萌香が視線を上げると参悟と目があった。
しかし、すぐにそらされてしまって少し傷つく。
(たぶん、この人も飢鬼なんだ)
神力が強い華族は、元服を迎える頃に飢鬼になるという。
壱岐を「お兄様」と呼んでいるし、参悟もまた桜鬼家の兄弟なのだろう。
参悟は、起き上がって浴衣の衿をあわせる萌香を見ないようにしながら、小脇に抱えていた包みを差し出した。
「萌香さん、弐亜がご迷惑をおかけしました。壱岐お兄様からの伝言です。転校手続きを済ませたので、これからは私が通っているのと同じ清蘭学園に通うようにと」
「清蘭学園って、芸能人やお金持ちの子どもが通う私立学校ですよね。私では学費が払えません!」
「心配いりません。桜鬼家でもちますから。それは清蘭の制服です」
萌香が包みを開くと、参悟が着ているのと同じブレザーが現れた。
「綺麗」
金銭的に不自由で、お古の制服を着ていた萌香にとって、新しい制服は憧れの対象だった。
あふれる喜びを噛みしめながら、萌香は制服を両手で抱きしめた。
「嬉しい……! ありがとうございます」
萌香が笑うと参悟の表情も和らぐ。不満そうなのは、床に座った弐亜だけだ。
「僕だけ悪者扱いなの納得いかない。参悟、お前だってそのうち我慢できなくなるよ~?」
「一緒にしないでください」
ぴしゃりと言い切って、参悟は弐亜の膝を蹴った。
「私は、壱岐お兄様の甘贄に手を出すような真似はしません」
だるそうに半分開いた瞳は二重がくっきりしたアーモンド形で、輪郭がシャープだ。オニキスのピアスやワイン色のシャツから胸元をはだけさせている姿は、どことなくアルコールの匂いが漂う夜の街を思わせた。
上体を起こした青年は、首を傾げて「どうして知ってるの?」と繰り返した。
「もしかして壱岐に聞いたの? あいつのことだから、お持ち帰りした女の子に僕らの説明はしてないと思ったんだけど」
「壱岐さんからは何も聞いていません。ニアというのは、昔近所で飼われていたワンちゃんの名前です。ちょうど首を舐められる夢を見ていて……」
なまめかしい感触を思い出しながら首に手を当てると、なぜかしっとりしている。
寝汗じゃない。明らかに他人の仕業だ。
「もしかして、あなたが舐めてたんですか!?」
青くなったり赤くなったりする萌香に、青年はけらけらと声を出して笑った。
「気づくの遅すぎ。男に乗り上げられている時点で警戒しなよ~、萌香ちゃん?」
「どうして私の名前を……」
「これ」
ベッドから下りた青年は振り返って指を立てる。
長い指に挟まれていたのは萌香の学生証だった。
「平民が通う学校だよね、ここ。こんなところに甘贄が潜んでいたとは思わなかった。壱岐もよく見つけたよね~。さすが桜鬼家の実質的な支配者だ。どうせ萌香ちゃんも、壱岐のカリスマオーラにやられちゃってついてきたんでしょ? もう抱かれたの?」
「だっ!? 壱岐さんはそんなことしません!」
壱岐は、通り魔から助けてくれて、ひどい親戚にも話をつけると言ってくれた親切な人だ。
悪く言われるのは我慢ならない。
無理やりキスはされたけど、あれは甘贄を前にして飢鬼としての抑えがきかなかったせいだ。きっと。
「失礼なことばかり言う、あなたはいったい誰なんですか!?」
びっと指さすと、青年は赤い瞳をにんまりと細めた。
「僕は弐亜。桜鬼壱岐の弟で、ここの次男坊だよ。君の天敵」
「天敵? どういう意味ですか?」
「飢鬼ってことだよ」
「きゃっ」
がばっと萌香を押し倒した弐亜は、抵抗できないように両腕を顔の横で押さえた。
「無防備でか~わいい」
「は、放してください。叫びますよ!」
「大声を出しても誰も助けてはくれないよ。使用人たちはみ~んな、桜鬼家の人間には逆らえないんだから」
そう言って、弐亜は萌香の首筋に顔をうずめた。
大きく息を吸い込んで、「匂いまで甘い」とクスクスと喉を鳴らす。
「寝てるところを襲うのはさすがに可哀想だから、首筋だけで我慢したんだよ? すっごく甘くておいしかった。ねえ、壱岐にはどこまで味見させたの?」
「あ、味見なんて」
萌香の脳裏に、昨晩のキスがよみがえる。
我を忘れて萌香の唇をむさぼる壱岐。
強引な触れ合いではあったけれど、あの瞬間、萌香は求められる喜びを知った。今まで生きてきたなかで一番の快感だった。
思い出して身じろいだら、弐亜は呼吸を荒くして苛立った。
「ずるい。いつもいつも一番は壱岐に取られる――はぁっ」
短い息の音がした刹那、がぶっと噛みつかれた。
「ひっ!」
突然の痛みに、萌香はぎゅうっと眉を寄せる。
「や、やめて……」
抵抗しようとしたが体に力が入らない。
弐亜に噛まれている箇所からゾワゾワと快感が広まって、萌香の思考はあっという間にとろける。
(こんな扱いも嬉しいと思うなんて)
乱暴されているのに、どうして?
自由にならない体がはがゆい。悔しい思いすらも気持ちよさに取って代わって、涙で目がうるむ。
じわっと上がる体温から逃れるように、萌香は口をはくはくと開いた。
(誰か、助けて――)
「彼女を離しなさい、弐亜」
冷ややかな制止が響いた。
壱岐のものではない。もっと若く、張り詰めた声だ。
うるんだ目で見れば、白皙の美少年が、部屋の戸を開けたかっこうで厳しい目をこちらに向けていた。
くせのない紺色の髪は綺麗に切りそろえられていて、瞳は真っ赤だ。
ブレザーを着ているので学生のようだが、表情は弐亜よりも大人びている。
弐亜は萌香から口を離すと、前髪をかき上げて舌打ちした。
「参悟……」
「壱岐お兄様から客人の様子を見てほしいと頼まれてきたらこれですか。我が兄ながら情けない。桜鬼家の純血としての自覚が足りないのではありませんか?」
遠慮なく部屋に入ってきた参悟は、弐亜の腕をつかんで力づくでベッドから降ろした。
「神力で吹き飛ばされないだけよかったと思ってください」
(助かった……)
ほっとした萌香が視線を上げると参悟と目があった。
しかし、すぐにそらされてしまって少し傷つく。
(たぶん、この人も飢鬼なんだ)
神力が強い華族は、元服を迎える頃に飢鬼になるという。
壱岐を「お兄様」と呼んでいるし、参悟もまた桜鬼家の兄弟なのだろう。
参悟は、起き上がって浴衣の衿をあわせる萌香を見ないようにしながら、小脇に抱えていた包みを差し出した。
「萌香さん、弐亜がご迷惑をおかけしました。壱岐お兄様からの伝言です。転校手続きを済ませたので、これからは私が通っているのと同じ清蘭学園に通うようにと」
「清蘭学園って、芸能人やお金持ちの子どもが通う私立学校ですよね。私では学費が払えません!」
「心配いりません。桜鬼家でもちますから。それは清蘭の制服です」
萌香が包みを開くと、参悟が着ているのと同じブレザーが現れた。
「綺麗」
金銭的に不自由で、お古の制服を着ていた萌香にとって、新しい制服は憧れの対象だった。
あふれる喜びを噛みしめながら、萌香は制服を両手で抱きしめた。
「嬉しい……! ありがとうございます」
萌香が笑うと参悟の表情も和らぐ。不満そうなのは、床に座った弐亜だけだ。
「僕だけ悪者扱いなの納得いかない。参悟、お前だってそのうち我慢できなくなるよ~?」
「一緒にしないでください」
ぴしゃりと言い切って、参悟は弐亜の膝を蹴った。
「私は、壱岐お兄様の甘贄に手を出すような真似はしません」