後から聞いた話では、運命の番に出会う確率はごく稀らしい。
 運命の番というのは、飢鬼と本能でひかれあう甘贄のことだ。
 番の契約を交わすことで、飢鬼に味覚を取り戻させることができるし、神力を補助して強くすることもできる。
 番である飢鬼のそばにいる甘贄は、その身に危険が迫ったときに番の神力によって守られるという。
(私が桜色の神力を放ったのは、桜鬼家にいる誰かの番だからってことだよね)

 桜鬼家で鬼化しているのは、壱岐、弐亜、参悟、四葉の四人。
 そのうちの一人が、萌香の運命の番だ。

     ◇◇◇

 宴を切り上げて母屋に帰ってきた萌香は、泥のように眠った。
 翌朝、朝餉の席にいくと四兄弟が勢ぞろいしていた。
 起き抜けのコーヒーを口にしていた壱岐は、まず萌香の体調を気遣った。
「おはよう、萌香。もう平気か?」
「おはようございます。すっかり元気です。四葉くんもいるのは珍しいですね」
 もぞっと身じろぎした四葉は、心配そうな顔で壱岐の方を見た。
「本当にオレもいていいの?」
「もう当主に遠慮する必要はない。桜鬼家の運命の番に危害を加えようとした当主は、しばらく療養することになった」

「認知症ぎみってことにしないと、お爺様も捕まっちゃうからね~」
 テーブルに肘をついた弐亜は、ふわあとあくびをした。
 あの後、従叔父は桜鬼家に侵入して萌香をかどわかそうとした現行犯で、かけつけた警察に逮捕された。
 壱岐は萌香を連れて帰ることになり、代わりに混乱する宴を取りまとめたのが弐亜だった。普段はだらけていても桜鬼家次男の名は伊達ではなく、大きなトラブルなく解散したと聞いている。
「萌香さんが帰った後、お爺様は萌香さんの親戚を桜鬼家の一員だと思ったと証言して罪を逃れました。家名に傷はつかなかったとはいえ、華族の当主としては情けない隠居ですよ」
 呆れ顔で首を振った参悟は、弐亜の補佐として招待客のフォローにあたったという。
 有能さをいかんなく発揮した後だが、偉ぶるそぶりもなく壱岐に熱い視線をそそいでいる。
「まあ、次の当主は壱岐お兄様で決まりですから、何も問題はありませんが」

「そう? 番を得た飢鬼がいたら、そっちが当主になるんだよね?」
 四葉の言葉によって、部屋にピリッと電流が走る。
 運命の番を得た飢鬼は、一族最強の神力を得るから当主にすえるのが伝統なのだ。
 萌香が誰の番なのかは、まだわからない。
 四人とも、それぞれ萌香に運命を感じているからである。
「あの!」
 焦れた萌香は、張り詰めた表情の壱岐たちを順番にながめた。

「弐亜さんと参悟さんはまだ高校生だし、四葉くんは飢鬼になったばかりで、当主としての勉強をしている暇はありません。人を率いる才能のある壱岐さんがなるのが、一族にとっても安心だと思います」
「萌香……。ありがとう」
 壱岐は感慨深そうにうなずいた。
 むくれる弐亜に視線をうつして萌香は続ける。
「私自身、誰が番なのかまだわからないんです。本能で引かれ合うというけれど、皆さんはそれぞれ魅力的で、翻弄されてばかりですから」
 照れくさくて笑ってしまったら、参悟も恥ずかしそうに頬を染めた。
「だから、しばらくここでゆっくり考えさせてください。運命の番について」

「モカは、この四人なら、誰のお嫁さんになってもいいんだね?」
 瞳を光らせた四葉の念押しに、萌香は胸に手を当てて考える。
 心の奥にぽうっと灯った想いの火。
 桜鬼家に引き取られた日から、そして彼らの新たな面を知るたびに火はいきおいを増した。
 彼らを愛しいと想う、この気持ちは嘘じゃない。
「はい。私、皆さんが大好きです!」


 ――野宮萌香が正式に桜鬼家の花嫁になるのは、この二年後。
 四兄弟のなかから運命の番を見つけ出した彼女は、桜鬼家を繁栄させた〝贄花嫁〟として後世に語り継がれることになる。