「そういえば今朝、野宮さんが車で送られてくるのを見たんだけど――」
唐突なつるし上げは昼休みにはじまった。
異国風情あるカフェテリアに入った萌香は、テーブルにお菓子を広げていた女子たちにあっと思う。
(この間、ロッカーを汚してきた人たちだ)
芸能人を親に持つ彼女たちは、持ち前の人目を引く外見で生徒たちの注目を集め、目立ちたくない萌香を取り囲む。
「あれってさー、桜鬼家の壱岐様だよね?」
「車中でキスしてたの見たんだけど。付き合ってんの?」
ざわっと場内に動揺が広がった。
桜鬼グループを率いる壱岐の名前は、清蘭学園では有名なのだ。
「ち、違います。遅刻しそうになって送ってもらっただけです!」
萌香は慌てて否定するが、女子たちのいじりは止まらない。
「あやしい。愛人だったりして」
「野宮さん、地味な顔してやることやってんだ~」
「弐亜様や参悟様も騙されてそう。平民の可哀想な女の子って得だよね」
「そんなことしてない……」
か細い反論は、彼女たちの笑い声にかき消された。
視線を感じて振り向くと、カフェテリア中が萌香を疑いの目で見つめている。
「ひっ」
思わず声が漏れた。
彼女達の話はありもしないことばかり。だけど、誰も信じてくれない。
黙っているのは肯定も同じだ。だけど反論するのが怖い。
冷たくかじかんだ手をポケットに入れると、母が作ってくれたマスコットに触れた。
「君たち、何をしているんですか」
参悟と生徒会がカフェテリアにやってきた。
女子の言い分を信じ込んだ生徒たちは、彼にもうろんな目を向けてにやにやする。
「会長、あの子をいいようにしてるって本当ですか?」
「何の話です?」
わけがわからない表情で参悟は萌香の方に向かってくる。助けてくれるのだろう。
(だめ。ここは、私自身が戦わないと!)
萌香は立ち上がって、すうっと息を吸い込んだ。
「言いがかりは止めてください! 私が桜鬼家にお世話になっているのが気に入らないとしても、いじめはやりすぎです」
「いじめてないけど」
しらばっくれる女子に、萌香は取り出したマスコットを突きつけた。
「な、なによこれ」
「私の私物です。あなたたちは球技大会の日、私のロッカーに赤いスプレーを噴いて、鞄を体育館裏に捨てましたよね。その鞄につけていたんです。ここにいる三人は、その様子を撮影して友達と共有していました。皆さんも見てみてください。パスワードは――」
清蘭学園には独自のSNSがある。
学校からの情報を素早く伝達し、炎上がつきものの外部サービスを使用させないためだ。
友達とつながれる他、個別のパスワードを入力した者だけが使えるプライベートルームで複数でのメッセージのやりとりも可能だ。
女子たちはこれで萌香をいじめた写真を共有していた。
萌香が話したパスワードを入力した生徒たちは、赤く染まったロッカーや鞄の写真を目にして騒ぎだした。
「本当にいじめられてたんだ。可哀そうに」
「鞄の横に、あのマスコットが映ってる。彼女のもので間違いないよ」
犯行が明るみに出た女子たちは、顔を真っ赤にして萌香に突っかかる。
「どうしてアタシたちのパスを知ってんのよ!」
「スマホのケースが教えてくれました」
半透明の保護ケースには、流行りの男性アーティストのコレクトカードと英語のシールが挟まっていた。
推しはそれぞれ違っても、シールの文字は同じ。
授業中もスマホを触ってばかりいる彼女たちは、よくシールの文字を確認していたので、誰の目から見てもパスワードだと丸わかりだった。
「あなたたちのルームを確認して、いざとなったら公にするつもりでいじめに耐えてきたんです。桜鬼家の皆さんは私を保護して、こうして勉強する機会も与えてくださった素晴らしい方々です。彼らを悪く言うなら容赦しません! あなたたちには、きちんと処分を受けてもらいます!」
萌香は勇敢に告げた。だけど、最後の方では涙がにじんでいた。
いじめを告発している間、体の震えが止まらなかった。
黙って見守ってくれた参悟は、騒ぎを聞いて駆けつけた教師に事情を説明する。
女子は教師に連れられてカフェテリアを出た。
彼女たちの姿が見えなくなると、萌香はその場にぺたんと座り込む。
「か、勝てた……」
達成感に震えていると、参悟が目の前にしゃがみこんだ。
「なぜ相談してくれなかったんですか。私に話してくれれば、もっと早く解決しました」
「一人で解決したかったんです。桜鬼家の皆さんには十分にお世話になっていますから、余計な心配をかけたくありません」
「私がかけてほしいと言っても?」
「え……?」
思わぬ言葉に萌香が目を丸くする。
参悟は渋面を作ってから「忘れてください」と首を振った。
「……萌香さん、昼食をとりましょう。生徒会と一緒に食べませんか?」
「はい。よろこんで」
萌香と参悟、生徒会の面々での昼食は楽しくて、萌香は先ほどの嫌がらせなどすぐに忘れてしまった。
しかし、いじめと戦った萌香の評判は学園中に広まったのだった。
唐突なつるし上げは昼休みにはじまった。
異国風情あるカフェテリアに入った萌香は、テーブルにお菓子を広げていた女子たちにあっと思う。
(この間、ロッカーを汚してきた人たちだ)
芸能人を親に持つ彼女たちは、持ち前の人目を引く外見で生徒たちの注目を集め、目立ちたくない萌香を取り囲む。
「あれってさー、桜鬼家の壱岐様だよね?」
「車中でキスしてたの見たんだけど。付き合ってんの?」
ざわっと場内に動揺が広がった。
桜鬼グループを率いる壱岐の名前は、清蘭学園では有名なのだ。
「ち、違います。遅刻しそうになって送ってもらっただけです!」
萌香は慌てて否定するが、女子たちのいじりは止まらない。
「あやしい。愛人だったりして」
「野宮さん、地味な顔してやることやってんだ~」
「弐亜様や参悟様も騙されてそう。平民の可哀想な女の子って得だよね」
「そんなことしてない……」
か細い反論は、彼女たちの笑い声にかき消された。
視線を感じて振り向くと、カフェテリア中が萌香を疑いの目で見つめている。
「ひっ」
思わず声が漏れた。
彼女達の話はありもしないことばかり。だけど、誰も信じてくれない。
黙っているのは肯定も同じだ。だけど反論するのが怖い。
冷たくかじかんだ手をポケットに入れると、母が作ってくれたマスコットに触れた。
「君たち、何をしているんですか」
参悟と生徒会がカフェテリアにやってきた。
女子の言い分を信じ込んだ生徒たちは、彼にもうろんな目を向けてにやにやする。
「会長、あの子をいいようにしてるって本当ですか?」
「何の話です?」
わけがわからない表情で参悟は萌香の方に向かってくる。助けてくれるのだろう。
(だめ。ここは、私自身が戦わないと!)
萌香は立ち上がって、すうっと息を吸い込んだ。
「言いがかりは止めてください! 私が桜鬼家にお世話になっているのが気に入らないとしても、いじめはやりすぎです」
「いじめてないけど」
しらばっくれる女子に、萌香は取り出したマスコットを突きつけた。
「な、なによこれ」
「私の私物です。あなたたちは球技大会の日、私のロッカーに赤いスプレーを噴いて、鞄を体育館裏に捨てましたよね。その鞄につけていたんです。ここにいる三人は、その様子を撮影して友達と共有していました。皆さんも見てみてください。パスワードは――」
清蘭学園には独自のSNSがある。
学校からの情報を素早く伝達し、炎上がつきものの外部サービスを使用させないためだ。
友達とつながれる他、個別のパスワードを入力した者だけが使えるプライベートルームで複数でのメッセージのやりとりも可能だ。
女子たちはこれで萌香をいじめた写真を共有していた。
萌香が話したパスワードを入力した生徒たちは、赤く染まったロッカーや鞄の写真を目にして騒ぎだした。
「本当にいじめられてたんだ。可哀そうに」
「鞄の横に、あのマスコットが映ってる。彼女のもので間違いないよ」
犯行が明るみに出た女子たちは、顔を真っ赤にして萌香に突っかかる。
「どうしてアタシたちのパスを知ってんのよ!」
「スマホのケースが教えてくれました」
半透明の保護ケースには、流行りの男性アーティストのコレクトカードと英語のシールが挟まっていた。
推しはそれぞれ違っても、シールの文字は同じ。
授業中もスマホを触ってばかりいる彼女たちは、よくシールの文字を確認していたので、誰の目から見てもパスワードだと丸わかりだった。
「あなたたちのルームを確認して、いざとなったら公にするつもりでいじめに耐えてきたんです。桜鬼家の皆さんは私を保護して、こうして勉強する機会も与えてくださった素晴らしい方々です。彼らを悪く言うなら容赦しません! あなたたちには、きちんと処分を受けてもらいます!」
萌香は勇敢に告げた。だけど、最後の方では涙がにじんでいた。
いじめを告発している間、体の震えが止まらなかった。
黙って見守ってくれた参悟は、騒ぎを聞いて駆けつけた教師に事情を説明する。
女子は教師に連れられてカフェテリアを出た。
彼女たちの姿が見えなくなると、萌香はその場にぺたんと座り込む。
「か、勝てた……」
達成感に震えていると、参悟が目の前にしゃがみこんだ。
「なぜ相談してくれなかったんですか。私に話してくれれば、もっと早く解決しました」
「一人で解決したかったんです。桜鬼家の皆さんには十分にお世話になっていますから、余計な心配をかけたくありません」
「私がかけてほしいと言っても?」
「え……?」
思わぬ言葉に萌香が目を丸くする。
参悟は渋面を作ってから「忘れてください」と首を振った。
「……萌香さん、昼食をとりましょう。生徒会と一緒に食べませんか?」
「はい。よろこんで」
萌香と参悟、生徒会の面々での昼食は楽しくて、萌香は先ほどの嫌がらせなどすぐに忘れてしまった。
しかし、いじめと戦った萌香の評判は学園中に広まったのだった。