「……それで、求婚の返事はもらえないのかな?」
 少し照れた表情をしながら水緒の顔を宗一郎が覗き込む。
 
「はい。よろしくお願いします、宗一郎様」
 水緒は宗一郎と繋いだ手をそっと離し、お辞儀をした。
 
 幼い頃に祖母と母にお辞儀だけは厳しく教わった。
 背筋を伸ばして、45度をしっかりと守る。90度の最敬礼は神様へのみ。
 ゆっくりとした仕草で腰を折り、その姿勢で少し間をとってから上体を起こす。

「水緒さんは、大和撫子だね」
「そんなことはないです」
 できて当然ですと答える水緒に宗一郎は「すごいよ」と微笑んだ。

 再び宗一郎に手を握られながら竜ノ川のほとりを二人で歩く。
 枯れた桜、生い茂った草、昔は綺麗だった川が今日も濁っている。
 母や祖母が生きていた頃は満開の桜と、空を写したような澄み渡った綺麗な川だったのに。

「……祠?」
「竜神様を祀ってある祠です」
 小さな祠は今にも壊れそうなほどボロボロだった。
 水緒の記憶の中の祠は、祖母が毎日掃除をしていた頃の綺麗な祠。
 こんなに汚れているなんて知らなかった。
 
 そういえばここにはずっと来ていない。
 祖母と母が亡くなり、もしかしたら誰も掃除に訪れなくなったのかもしれない。
 
「……手が汚れるからやめた方がいい」
 水緒が祠に触れようとすると、宗一郎に優しく止められた。

「川の蛇行を変えたいから、この祠は撤去かな」
「えっ?」
 上流と下流を交互に見ながら呟いた宗一郎の言葉に、水緒は驚いて顔を上げた。