翌日の部活の時間、音楽室で楽器の準備を終え、女子の先輩たちと話している高森に声をかける。
「行くぞ」
高森はちらっとこっちを見て、笑いもせずに顔を背けた。
「これからは一人で行きますから」
「……そうか」
俺たちのやり取りを見ていた先輩たちが珍ししそうに言った。
「宮野と喧嘩したー?」
「うちらのとこで練習するー?」
「いいです。先輩たちは先輩たちで練習してください」
冷静に言葉を返す高森に先輩たちは驚いたように顔を見合わせていた。
(なんだ。ちゃんと言い返せるのか)
俺はよかったと安心しながら、一人練習場所に向かった。
遅れて高森がやってくる。
休憩時間になっても高森は喋らなかった。
それでいい。
頼むから静かにしてくれ、とずっと思っていたんだから。
気になんかならない。
けれど、そう思えば思うほど些細なことが気になってくる。
今日は一度も目が合ってないとか、今日の高森の髪はあんまりふわっとしてないなとか。
いけない、と休憩するのをやめて俺はクラリネットを持ち上げる。
吹こうとしてから気づく。
(あっやば)
よく見たらリードが割れていた。
リードはクラリネットのマウスピースについている細長い木の板で、これの状態が悪いと音色にも影響してくるので、変えなきゃならない。
普段はちゃんと予備を持ってきているけれど、今日は音楽室に忘れてきてしまった。
「ちょっとリード取ってくるわ」
「リードなら俺持ってますよ」
立ち上がりかけた俺に高森が近づいてくる。
何だか気まずい。
どうしてなのかと思いながら、俺は「あーじゃあもらおうかな」と何でもないふりをした。
高森は俺の横に立ち、小さな箱から新品のリードを引き抜いて俺に渡してきた。
見下ろしてきた高森と目が合う。
高森の表情はにこやかで穏やかで。
ようやくいつもの後輩が戻ってきた、と俺はこっそり安堵した。
「一枚でいいですか?」
「ありがとう。あとで俺の渡すから」
笑ってリードを受け取れば、高森は首を傾げて俺を見てくる。
「ほんとに一枚でいいんですか?」
「うん。いい」
「一枚でも二枚でも、先輩が欲しいんなら全部あげますけど」
高森がリードの詰まった箱ごと渡そうとしてくる。
「いや、全部はいらないから」
断ると高森は唇を尖らせ、怒ったような顔になった。
「何だよ」
「先輩。先輩は俺の気持ちなんか今のうちに引っこ抜いとけば大きくならないって思ってますよね。でももう遅いですから」
俺はしばらく呆然と後輩を見上げた。
どういう意味かなんて聞かなくたってわかる。
しっかりと拒絶したはずのに、なぜ高森は前と同じことを言っているのか。
訳がわからずに問いかける。
「高森。昨日の俺の話ちゃんと聞いてたのか?」
「はい。先輩の話はいつもちゃんと聞いてますよ」
「じゃあなんでそんなこと言うんだよ」
「好きだからですけど?」
それ以外に何があるのかと言いたげに、高森は澄ました顔で言う。
(何を聞いてたんだよ!)
言いたいことがありすぎて、逆にどんな言葉をぶつければいいかわからず、高森をじっと見ることしができない。
今まで高森が何を発言しようが言い返してきたのに。
高森はくすっと笑って俺を置き去りにするように、自分の椅子の方へ戻った。
「先輩早く練習しましょう」
にこにこと笑いながら高森がクラリネットを持つ。
その裏側、金具部分にはすでに俺と同じ黒いカバーがつけられていた。
(こうなったら毎日違う色にしてやろうか)
俺は頭を抱えたくなりながら、高森がくれたリードのパッケージを破いた。
「行くぞ」
高森はちらっとこっちを見て、笑いもせずに顔を背けた。
「これからは一人で行きますから」
「……そうか」
俺たちのやり取りを見ていた先輩たちが珍ししそうに言った。
「宮野と喧嘩したー?」
「うちらのとこで練習するー?」
「いいです。先輩たちは先輩たちで練習してください」
冷静に言葉を返す高森に先輩たちは驚いたように顔を見合わせていた。
(なんだ。ちゃんと言い返せるのか)
俺はよかったと安心しながら、一人練習場所に向かった。
遅れて高森がやってくる。
休憩時間になっても高森は喋らなかった。
それでいい。
頼むから静かにしてくれ、とずっと思っていたんだから。
気になんかならない。
けれど、そう思えば思うほど些細なことが気になってくる。
今日は一度も目が合ってないとか、今日の高森の髪はあんまりふわっとしてないなとか。
いけない、と休憩するのをやめて俺はクラリネットを持ち上げる。
吹こうとしてから気づく。
(あっやば)
よく見たらリードが割れていた。
リードはクラリネットのマウスピースについている細長い木の板で、これの状態が悪いと音色にも影響してくるので、変えなきゃならない。
普段はちゃんと予備を持ってきているけれど、今日は音楽室に忘れてきてしまった。
「ちょっとリード取ってくるわ」
「リードなら俺持ってますよ」
立ち上がりかけた俺に高森が近づいてくる。
何だか気まずい。
どうしてなのかと思いながら、俺は「あーじゃあもらおうかな」と何でもないふりをした。
高森は俺の横に立ち、小さな箱から新品のリードを引き抜いて俺に渡してきた。
見下ろしてきた高森と目が合う。
高森の表情はにこやかで穏やかで。
ようやくいつもの後輩が戻ってきた、と俺はこっそり安堵した。
「一枚でいいですか?」
「ありがとう。あとで俺の渡すから」
笑ってリードを受け取れば、高森は首を傾げて俺を見てくる。
「ほんとに一枚でいいんですか?」
「うん。いい」
「一枚でも二枚でも、先輩が欲しいんなら全部あげますけど」
高森がリードの詰まった箱ごと渡そうとしてくる。
「いや、全部はいらないから」
断ると高森は唇を尖らせ、怒ったような顔になった。
「何だよ」
「先輩。先輩は俺の気持ちなんか今のうちに引っこ抜いとけば大きくならないって思ってますよね。でももう遅いですから」
俺はしばらく呆然と後輩を見上げた。
どういう意味かなんて聞かなくたってわかる。
しっかりと拒絶したはずのに、なぜ高森は前と同じことを言っているのか。
訳がわからずに問いかける。
「高森。昨日の俺の話ちゃんと聞いてたのか?」
「はい。先輩の話はいつもちゃんと聞いてますよ」
「じゃあなんでそんなこと言うんだよ」
「好きだからですけど?」
それ以外に何があるのかと言いたげに、高森は澄ました顔で言う。
(何を聞いてたんだよ!)
言いたいことがありすぎて、逆にどんな言葉をぶつければいいかわからず、高森をじっと見ることしができない。
今まで高森が何を発言しようが言い返してきたのに。
高森はくすっと笑って俺を置き去りにするように、自分の椅子の方へ戻った。
「先輩早く練習しましょう」
にこにこと笑いながら高森がクラリネットを持つ。
その裏側、金具部分にはすでに俺と同じ黒いカバーがつけられていた。
(こうなったら毎日違う色にしてやろうか)
俺は頭を抱えたくなりながら、高森がくれたリードのパッケージを破いた。