「あれ、先輩。それどうしたんですか」
 翌日。部活のパート練習中、高森が俺のクラリネットを見て言った。
「古くなったから変えたんだよ」
 クラリネットの指を引っかける金具のカバー。あれを黒に変えた。さっそく高森は気づいたらしい。
「じゃあ俺も変えなきゃ」
 隣で椅子に座り、にこっと笑う高森に俺はきっぱり告げる。
「そういうのやめてくれ」
「え?」
「前みたいに普通の後輩として接してくれって言ってるんだよ。そうしたら俺も高森に優しくするし」
「先輩。昨日一人で帰ってるとき溝に落ちて頭打ちました?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって前の先輩ならそんなこと言わなかった」
 しょんぼりしたように高森が眉を下げ顔をうつむける。
 そんな顔をされたって困るだけだ。
 困るだけなのに。
 俺は胸が詰まったように感じて、何も言えなくなってしまう。
 高森が顔を上げた。
「あれですか。俺が溝に落ちるとかかっこ悪いことしたから本気でこんな後輩は嫌だって思ったんですか」
「そこは関係ないだろ。俺は後輩としての高森は普通に好きだよ」
 高森は一瞬ハッとしたような顔になり、すぐに拗ねたような表情になった。
「俺はそんなこと言ってほしくて先輩に気持ちを伝えてきたわけじゃないんですけど」
「しょうがないだろ。そうとしか言えないんだから」
 高森は納得したのか「わかりました」と小さく呟く。
 ここまで言えばもう好きとかは言わないだろう。
 これで元通りになるはずだ。
 ごめんな、と俺は心の中でだけ呟いた。