「宮野先輩。彼女にフラれたってほんとですか」
「は?」
 後輩の高森に聞かれて俺は内心焦りながら聞き返した。
 放課後。校舎の一階。窓から秋の日差しが入りこむ廊下。俺たちはそれぞれ譜面台を前に椅子へ座り、パート練習の真っ最中だった。
 俺と高森は吹奏楽部でクラリネットを担当している。
 俺が二年で高森が一年。
 うちの高校の吹奏楽部はほぼ女子部員で、俺たちは同性の先輩と後輩として、それなりに仲良くやってきた。
 けれど、こういう恋愛の話をするのは初めてで戸惑ってしまった。
 高森の言う通り、この前俺は一年くらい付き合った彼女にフラれた。
 それを誰かに話した覚えはないんだけど。
「なんで高森が知ってるんだよ」
 フラれたなんて情けないことを後輩に知られ、ついそっけない言い方になる。
「さっき音楽室で先輩たちが話してるの聞いたんです」 
(人の失恋で盛り上がりやがって)
 もやもやしていると、高森が「先輩」と改まったように俺を呼んだ。
「なんだよ。慰めの言葉とかいらないからな」
「いえあの、彼女がいないってことは俺は先輩への想いを諦めなくていいってことですよね」
 何を言われたのかわからずポカンとしそうになる俺に、高森はにこにこと笑顔を向けてくる。
 その顔は今ここに女子部員がいたらかわいいー!と騒がれていただろう。
 なにしろ俺の後輩はイケメンでかわいげがあって女子にモテる。
 高い身長に茶色のふわっとした髪。いつもにこやかなすっと鼻筋の通った端正な顔立ちをしている。
 そんなモテる後輩が俺への想いがどうのこうのなど言うわけがない。
 俺は高森の言葉を聞かなかったことにした。