─俺の名前はxxx x。
俺にはyy yという、一度ワケありで疎遠になった幼馴染がいる。
なぜソイツと疎遠になったかと言うと、説明が長くなるだろう。まぁ、簡単に言うなら、幼稚園、小学校までは一緒にいたが、小六の後期になったあたりでソイツは遠くに転校することになっていた。
俺は、yが居なくなって、中学にあがった頃には明らかに性格が変わり、クラスの端っこに居るような存在となってしまった。
高校生になった俺は、ソイツと再会してしまうという、とても悲惨な事になった。
再開
───20xx年4月2日月曜日 午前8時頃。
桃色の花びらが、綺麗な青空に舞い散っている季節。
立派で綺麗な夜空のような紺色の制服に身を包まれながら、メガネをかけた少年、小鳥遊 葵は今日、◯◯高校に入学する──!!!
✧ * ✧
「…俺はA組かぁ」
校門前にあるクラス名簿を見て小さく呟く。
刹那、隣に何か見覚えのある茶髪が、一瞬目に映った。
「──は?」
俺が隣を見ると、B組と書かれてある名簿を見つめている、ソイツは──如月 楓は確かにそこにいた。
楓と会うのが久しぶりすぎて、驚きと共に何故か泣きそうな感情が混ざりあって気持ち悪くなった。
「…おぇっ」
「は、え? 葵!?」
「ぅ゙っ……」
その時、俺はよろめいた。
倒れる、と思って咄嗟に目を瞑った。
けれど...
(……え? どこも、痛くない…?)
そして、頬に熱涙を感じたので、ゆっくりと目を開けてみた。
「ふぅ〜、危なかった……ってえ? お前っ、泣いてんの…?」
「は、はぁ…? べ、別に泣いてねぇよ…」
そう強がって、俺は自分の制服の袖で顔を拭った。
「あっ……。 いえ、大丈夫...です。」
しまった。楓の所為で口が出しゃばったことに気づき、発言を訂正した。
倒れかけた時に落ちたメガネを急いでかけ直す。
「あ、ありがとう…ございます……」
とりあえず感謝して、急いで教室に向かおうとした。その時───急に腕を掴まれた。
「えっ、何…?」
「放課後、ちょっと話がしたい。屋上で待ってるから」
「放課後…? 屋上で……?? わ、分かりました」
✧ * ✧
入学式が終わった後。
俺は緊張しながらトボトボと屋上への階段を登り、重たいドアを押し開けた。
視界が開けた先、フェンスによりかかっている楓がいた。
「来たよ。…で、どうしたの?」
「久しぶりだな、小鳥遊。小学生以来だっけ」
「…まぁ、そうだね。てかさ、お前性格とか変わった?」
「そう? 何が変わった?」
「いやぁ…なんか、ほら。昔はド陰キャですーって感じのキャラだったのに、今となったら、チャラチャラした感じじゃんか?」
「今はそういうお前の方がド陰キャですーって感じしてるけどな」
「そーかよ」
そう言って俺は一度、楓から目を逸らし、屋上から街の景色を見下ろした。
俺はキャラを装ってるだけなんだよ。
開放的な空間に居心地の悪い沈黙が続いていた。
「そーかよって。久しぶりに逢えたのに」
先に口を開いたのは楓だった。少し笑いを含んだ、悲しそうな声。
「だから何だよ! 別に、仕方ないだろ!?」
「仕方ないってどういうことだよ。 昔みたいに仲良くしようよ〜」
「なんで昔のこと掘り出してくんだよ! 昔と今はちげーし!!」
しかもコイツ、勝手にどっか行ったくせに、今更何なんだよ……
「…はぁ、とにかく、今お前と仲良くする気は無い」
「あっそ。俺は仲良くしたかったのにな。とりあえず今は諦めてやるよ。せいぜい楽しい学校生活を、ド陰キャさん」
「何なのお前!? うっざ! もういいし! ふん、じゃーな!!!」
「・・・」
(怒ってても、じゃーなって言ってくれるのか。可愛いな…ぁ)
───バタン。
「…?」
俺は、不穏な音が聞こえて振り返ると、楓が倒れていた。
刹那、何故か足が動いていた。
「えっ、だ、大丈夫か? 楓!!」
とりあえず倒れた楓を抱えた。
大声を出して名前を呼んでも、楓は目を覚まさなかった。
しばらくしても目を覚まさないから、特別に膝枕をしてやった。
倒れている人を見過ごすわけにもいかないから、仕方なく。
✧ * ✧
「……? あれ、葵?」
「んだよ、…おはよ」
「お、おはよう……? 帰ったんじゃないの?
てか、なんで俺はお前を見上げてんだ?」
「は? いや、文句あんなら早く起きろよ」
「……嫌だ。なんか疲れたしもう少しこのままお前を見上げといてやるよ」
「はぁ? 何それ」
仕方ないから、まだ寝かせておいてやるか。
なんとなく目が合うのは気まずいから、目線をすぐに逸らした。
直後。
───バーンッ
急にデカい物音が聞こえてきた。何か、と見たら俺の中学から一緒の友達、優しい陽キャである佐々木と……
「確か…。さと、佐藤…?」
「いやいや、違う。葵、アイツは齋藤。」
「えっ、あ、齋藤…か。」
齋藤のことはよく知らないが、名前だけは聞いた事がった。
佐々木は、何故かこっちをみて固まっていた。が、齋藤については、咄嗟にスマホを取り出しながら、謎にニヤついていた。
直後、齋藤は、スマホのカメラをフラッシュさせた。
「は...? 何してんの、アイツ?」
「葵、お、落ち着いて……」
「えっとー…小鳥遊くん? 何してるの…?」
「えっ、えっ。えぇ〜? ナニナニ、如月ィ。 いい雰囲気じゃ〜ん?」
齋藤の悪ノリに対し、楓が、うっわだる、と俺にだけ聞こえる声量で呟いた。
「い、いや、何もしてないよ…」
俺は困惑した佐々木の質問に答えた。
「チッ。お前ら何しに来んだよ…」
「えぇ〜? だって〜、階段登ってたら楓って呼ぶ声がしたから何かあったのかなぁって?」
「そう、僕もだよ! 小鳥遊くんに似た声が叫んでいたし、中学の時と違って、ずっと教室に残ってないからさ」
二人が楓の質問に答えながらこちらへ来た。
しかし、楓は未だに起き上がろうとしない。誤解をうみそうで怖いんだが...
「お前さぁ、折角休んでんだから邪魔しないでくんない? はやく帰れよ」
「そう冷たくなんなよォ〜」
「ご、ごめんね邪魔しちゃって。ほら齋藤くん、帰るよぅ〜!」
「…はぁ。じゃあね〜如月、お幸せにィ〜」
「明日ぜってぇ飲み物奢らせるからな!」
「え? あぁ...行っちゃった」
佐々木に制されて齋藤は大人しく佐々木と帰って行った。悪ノリをしてきた齋藤に苛立ったのか、楓は不機嫌なままだ。
「悪いなぁ、なんか」
「いや、別に大丈夫だよ。こっちこそごめん。」
「……。つーか、まだ休むのか?」
「え。嫌だ?」
「外だぞ? せめて俺ん家に…」
「家行っていいの!?!?」
「う、うるせぇ……こ、今回だけならな…」
「やった!」
「う…ほら、早く立てよ。置いてくぞー、家入れないからな〜」
「あ、お、おい! 待って〜!」
校舎から出て、群青色の空の下を二人並んで歩いた。小学生の時、楓が急にいなくなったことを俺はまだ許していない。そんな楓を家に招
く俺はどうかしていると分かっている。それでも、楓の隣を歩くことを止められなかった。
バイト
俺は、それから特に何もなく一年生を終え───二年生に上がった。
俺の平穏は保たれる、そう思った矢先に、最悪なことが起こった。
楓と同じクラスになってしまい、毎日呪縛霊のように着いてくるので呆れていた。
「あぁ! あいつ、本当鬱陶しい!!! 邪魔!!」
もう面倒くさくなり、俺は遂にバイトという選択肢を見つけた。きっかけは昨日、学校の帰りに壁に貼ってあったチラシを見つけたこと。コンビニバイトで、時給は1000円。
一人は心細かったので試しに佐々木を誘ってみた。佐々木の性格も相まって、あっさり了承してくれた。
シフトは毎週土曜日に入れておいた。
それから時間は流れ、あっという間にバイト当日となった。
✧ * ✧
「店長、上がりまーす」
「はい、お疲れさま」
「店長、今日からシフト入ります、小鳥遊と佐々木です...!」
バイト先の先輩が上がったあと、ついに初日の仕事が始まる。休憩室に居る時、店長にはレジを任されていた。
「じゃあ、レジ行く...?」
「そ、そうだねっ」
そして、店の表に出て、接客をした。そういえば、バイトが始まる前に店長が他にもバイトの人が来るって言ってたっけ。同じ学校の人だったら嫌だな......
「ちわァ〜っす」
「ども〜っす。よろしくお願いしまーす」
「あっ、小鳥遊くん、バイトの方......」
「ん...? は? はぁあ?!」
「って、えぇ!! 齋藤くんに、如月くん?」
驚きでつい大声を出してしまった。
ちょうどお客が少なかったことが唯一の救いではあるけど...
やっべ...素が出ちまった。何とかしなくては......
「あ、ァ...え、えっと......」
「...」
(も、もしかして小鳥遊くん困ってる...?! 僕がフォローしなくっちゃ!)
「えーーーと、どうしてここに??」
あざとい。俺の隣にいる“男の子”(佐々木)、あざとい...!!いや、フォローしてくれたのは分かってるんだけど。あざとい。
何があざといかと言うと、首傾げちゃってんの。
こんな、ホントは喧嘩が強い男が、普段は可愛いと認めてしまう。
俺は...! 女の子しか可愛いと思ったことがなかったから...!!
「悔し〜〜......ッ」
「えっ? 小鳥遊くんどうしたの、?」
「あれ、佐々木と小鳥遊クンじゃーん!?」
「小鳥遊じゃん。なーに真面目に働いちゃってんの〜?」
齋藤に続いて如月がからかってきた。
「はっ、はぁ...? い、いや...まだ僕とかなら分かるけど、普段やんちゃな如月、くんとかは意外だ...ですよ......」
「確かにね〜! 齋藤くんもどうして? 僕から誘っても断ってたのに〜!」
え...ぷんすかしてんの?
「......」
言い返すのかと思っていたが、シーンとしていた。ちらっと齋藤の様子を見てみたが、これは明らかにキャパオーバーだな、と感じるくらいの顔の赤さだった。
「も〜! 齋藤くん、何か言ったらどうかな〜!」
「ちょっとお前...まじ後で覚えとけよ...」
齋藤は赤く染った顔を片手で隠しながら何か言った。
「え!? な、何が〜!?」
「ご愁傷さまです、佐々木くん」
「た、小鳥遊くんまで〜! どうしちゃったの〜!?」
「はいはいそこまで〜。さいとぉ、仕事中にイチャつくなよ。」
「ち、ちげぇ...あ、もしかして嫉妬?」
切り替え早くね? 危うく口に出すところだった。
「え、如月くん嫉妬してるの!? 好きな子居るのー?!」
「ばーか違うよ。愛おしくてたまらないやつがいる。」
「「え?」」
え...楓にそんな人がいたの?! 意外だ。
予想外の返答に佐々木と一緒に反応してしまった。
...つかなんでそんな躊躇なくそういうこと口に出来るんだよ。
「い、意外...!! 如月くん、そういう一面あつたんだね!」
...誰だろ。
「むっとしてどうしたの?? 小鳥遊くん?」
むっとしてる? 俺が? なんで...?
「あの、レジお願いします」
「あ...は、はい。すみません。 えっと、215円が一点......」
つい戸惑ってしまった。客が怖い人じゃなくてよかった...。
「それと、タバコ」
「え、あ。はい...」
あれ、コイツ、確か◽︎◽︎高校の制服だよな...
「あ、あの、念の為年齢確認に...ご協力お願いします」
「は? めんどくせぇ。いいからよこせよ、16番!」
理不尽な逆ギレ。客は声を荒らげた。
(何この人! 小鳥遊くんに対して態度わるーい!)
「えっ...で、でも流石に...」
「君、どこ高なのかな?」
「はぁ゙?」
隣のレジにいた佐々木が俺の隣に移動して客に尋ねた。
───ドンッ!
「お客さ〜ん。これ奢るからさぁ、帰ってくんない?」
客が返答する前に、如月がカウンターの上にペットボトルを強めに置いた。
「あ、あとついでに、俺の部下が君と同じ高校に居るから。先生方に伝えるよう頼んどくね」
え、さ、佐々木く〜ん? 今部下って言った...? 喧嘩強いのは知ってたけど、そういうシステムあるの? えっ?
「怖っ...」
「ひっ、す、すみませんでした...!!!」
二人の威圧に怯えたのか、客はすぐさまコンビニから出ていった。
「何だったんだろうね!!」
キラキラ、ニコニコ笑顔...可愛いけど何か怖く感じてしまった...
今日のバイトのその後は、とにかく、無事に終わった。
✧ * ✧
「店長、僕ら、上がります」
「はい、お疲れさま〜」
休憩室で店長に挨拶をする。
「じゃあ、店出よう!」
「う、うんっ!」
「ことあと、齋藤くんとかはどうするの? 齋藤くん、僕と一緒に居たかったりする??」
佐々木のあざとい攻撃、まじで火力エグい。
「そんなに一緒に居たいならとことん付き合ってやるよ。 覚えとけって言ったしなぁ?」
「えぇ?! じょ、冗談だったんだけど...っ」
「どっちにしろ、今日は俺ん家行きだよ?」
「えぇ〜! じゃあ今日、小鳥遊くんとデートみたいに帰れないよ〜!!」
「「は!?」」
齋藤はともかく、如月も反応した。
「ね、小鳥遊くん!」
「え? あ、うん...!! そ、そうだね!」
佐々木、助かるぅ〜〜!!!
佐々木が誘ってくれていなかったら如月と帰る羽目になっていただろう。
「佐々木く〜ん。齋藤は君と帰りたくて仕方ないみたいだよ? あいにく、今日このあと俺と小鳥遊で用事あるし」
は? コイツ何言ってんの? 佐々木くん、俺そんな予定ないよ?
「そっか〜、仕方ないね。じゃあ、また月曜日ね〜!」
「えっ! う、うん...またね...!」
佐々木の言葉に戸惑い、間違った返答をしてしまった。
訂正する合間がない。こうなったら...
「ね、ねぇ、如月くん...」
「ん?」
「なんで、齋藤くんと帰んないの?」
「齋藤は佐々木と帰りたいみたいだよ? なぁ、齋藤」
「うん、悪いね」
「そ...? でも佐々木くんは僕と...」
「齋藤くんが怒っちゃいそうだから、本当にごめんね!」
「また月曜にって言ってくれたんだからいいだろ。俺はお前と帰りたいし」
「......ん、そうかよ。でもさっきお前さ、愛おしくてたまらないやつがいる、って言ってたじゃんか。ソイツはいーの?」
(あー、コイツ鈍感だな。)
「いーんだよ。お前と帰れれば」
「はー? なにそれ」
「ごちゃごちゃ言ってないで帰るぞ。特別に家まで送ってやる」
「いっ、いいよ! 俺ひとりで帰れるもん!」
「はいはい、一人で帰れますもんねー? こんな時間だってのに」
「うっ...」
正直言うと、俺はこんな暗い中、怖くて一人では帰れないと思う。
どうしたら...。ここは仕方ないか...
本当は嫌だけど、怖いから言うしかない。
「...ぃや、う、嘘...やっぱり怖いから、楓、着いてきて......!」
無意識に楓の袖を引っ張っていた。やばい、恥ずかしい...
「はぁー...。こっちの気も知らないで...」
「え? なにが...」
「よし、じゃあ帰りますか。佐々木ィ、帰るぞ〜。小鳥遊クンもまたね〜。 ...如月も、じゃーなー」
「俺だけ扱い雑くない?」
「ふふふっ...小鳥遊くん、またね〜!」
「またね...!」
「え、聞いてる? 俺だけ無視?」
「ふっ...」
ざまぁねーな! 楓!
嫌いだったはずなのに
休憩室を出て、それぞれ夜の道を歩きだした。ちょっと悲しげな表情をした楓を横目で見て、つい、鼻で笑ってしまった。
「えっ、今葵笑った!?」
「あっ、い、いや...笑ってないけどー...?」
「嘘だ〜!! ひどーい」
「いや、なんも酷くねぇよ......!」
「葵の意地悪〜!」
「意地悪じゃないし...」
納得がいかないのか、まだモゴモゴと文句を言っている。
ちなみにこれは意地悪なんかじゃない。
他愛もない会話をしているうちに、俺の家に着いた。
「じゃあ、帰るね。お疲れさま〜」
「ちょ、っとまって。その...今日はもう暗いし、泊まってかない...?」
「え...?」
「だ、だからぁ...。恥ずかしいこと言ってんだよ、しっかり聞いててよ......」
「え、なになに、恥ずかしいこと言ったの? 聞いてなかったからもう一回言ってよ」
「や、やだよ! もう言わない!!」
「言ってよ〜。泊まっていいよって」
「き、聞こえてんじゃんか! 泊めないぞ!?」
ほら!聞こえてんじゃん!
「はいはいスミマセンでしたー。泊めてくれないなら帰りまーす!」
「あぁ、もう。う、嘘だから...! 泊めたいの、帰らないで...!」
自分が放った言葉に自分自身、違和感を覚えた。
楓を家に泊めたい? なんでそう思ってしまうんだ...?
だって俺は、楓のことが嫌い...なのに。
嫌い。という単語に胸のあたりがモヤっとした。なんなんだこれ。
もしかして、俺は楓のことが好きなのか...?
いや、そんなことは......?
「葵?」
「あ...な、何?」
楓の声に思考を遮られ、はっとした。
正直遮ってくれてありがたいと感じている。
「顔色悪いよ。もしかして熱中症? 早く中入りなよ」
「え? あぁ...楓が先に入って。じゃなきゃ俺入れないから」
「...葵、鍵貸して?」
「え、ん。はい」
楓に促されたまま鍵を渡すと、ドアがガチャリと解錠した。
楓が無言でドアを開けた。その時。
腕を掴まれ、楓より先に俺が家の中に入っていた。
「はっ?! ちょっと!」
「洗面台借りるねー。手洗ってくるから!」
「あ、あぁ...分かった......」
なんの遠慮もない楓の行動についていけない。
俺は一歩遅れて靴を脱いでから洗面所へ向かった。
✧ * ✧
「楓...何か飲む?」
「んー。麦茶ちょうだい!」
手を洗い終え、リビングへ移動すると楓がソファに腰掛けていた。
遠慮が無さすぎる。これが一般的なのか?
「...まぁいいや...麦茶ね。待ってて」
考えるのを辞め、冷蔵庫の中から麦茶のペットボトルを取り出す。
戸棚からコップを二つ取り出して、麦茶を注いだ。
「はい、ドーゾ」
少し気怠げに麦茶を差し出した。実際、家に入る直前から気分はあまり晴れていない。
厳密に言うと、夜道を歩き出す前から気分は曇っている。
「ありがと!」
「いーえ。 ...何したい?」
「うーん、そうだなぁ。あ、じゃあ質問コーナーとか?」
「し、質問...? ゲームとかじゃなくていいの?」
「ゲームやりたい? じゃあやりながら答えて!」
「い、いや...質問でいいよ」
「いいの? じゃ遠慮なく!!」
意図も分からないまま、質問コーナーとやらが始まった。
「楓は質問、ある?」
「んー、じゃあ手始めに。葵、好きな人いる?」
「え...は? は!? い、いいいない...と思う...」
予想外の質問にしどろもどろな返答をしてしまった。
「へ、へ〜。同じクラスの人?」
「うん、そうだよ」
「どんな性格だったり...見た目は?」
「随分食い気味だね。見た目はねー、メガネかけた陰キャ」
「メガネかけた...あ! あの端の席の山下さん?」
「山下...? そんな子いたんだ?」
「は? 違うの??」
「違うよ?」
無自覚なんだろうけど、お前めっちゃ失礼なこと言ったよ。
「えーーーっ、じゃあ...三つ編みの内山さん?」
「違いますー! その子も初耳!」
「はぁ...? じゃあ誰だよ...陰キャって言っておいて陽キャ??」
「陽キャじゃないね。浮気されそうで嫌だよ」
お前も陽キャだろうが...! 同族嫌悪...?
そう思いつつ、納得してしまっている。
たしかに浮気されそうで怖い。(全国の陽キャさん、ごめんなさい。)
「...まぁ、たしかに...。え、誰?」
「葵くんは俺の好きな人が気になってしょうがないみたいだね〜。まぁ、教えないけど!」
「え、なんで! 教えてよ!!」
「嫌だよ。葵も教えてくれてないだろ」
「ぐぬぬ...楓が言ってくれるなら...言う」
「へぇ、駆け引きか。いいよ。言ってあげても。」
「ほんと?! 言って!!」
気になる。今はただひたすらに、楓の好きな人が知りたい。
「そう焦んなって。俺が好きなのは...」
「うんうん...!」
「...葵って人」
「......そんな子いたっけ。葵ちゃん...? 苗字は?」
「お前相変わらず天然なんだな。苗字は小鳥遊」
「...?! 俺と同名...!? 会ってみたいなぁ〜」
「なんかもう心配になってきたわ。小鳥遊 葵って言ったら一人しかいねぇよ」
「いや、クラスには俺しかいねぇよ」
...。 ......!?
「え、は? か、楓...女の子好きなんじゃねぇの??」
「女の子が好きなんて一度も言ってねぇよ。だからって──とは言うなよ? 差別用語だからね?」
「は......い、いや、いつから...?」
「いつからだっけなぁ。...葵が感じるよりもずっと前だな」
「...? ま、まぁ、俺も......」
「聞こえないな〜。そういえば、さっき外で悩んでたのは何なのかな〜?」
楓は昔から妙に感がいい。助かることも多いが、こうやって自分が背きたいことに背かせてくれないこともある。もちろん、意図的に。
「う、うるさいなぁ...! ぼ、僕が好きなのは、楓なの!!!」
「うん、知ってたけど」
相変わらず性格が悪い。
「はーーーー...言わなきゃよかった...追い出すよ!」
「俺はいつ帰ってもいいけど」
「嘘だから! 追い出さないし!」
「はいはい。葵くんは俺がいないと寂しいですもんね〜」
「寂しくないもん」
「帰んの面倒だし泊まってってやるよ」
「そーかよ! 楓こそ寂しいんじゃないの〜?」
「調子乗んなよ。帰んの面倒だっつの!」
「ぷー。冷たいな!」
嫌いだったはずなのに、いつの間にか楓を好きになっていた。
人生、何が起こるか知ったことじゃないな。
俺にはyy yという、一度ワケありで疎遠になった幼馴染がいる。
なぜソイツと疎遠になったかと言うと、説明が長くなるだろう。まぁ、簡単に言うなら、幼稚園、小学校までは一緒にいたが、小六の後期になったあたりでソイツは遠くに転校することになっていた。
俺は、yが居なくなって、中学にあがった頃には明らかに性格が変わり、クラスの端っこに居るような存在となってしまった。
高校生になった俺は、ソイツと再会してしまうという、とても悲惨な事になった。
再開
───20xx年4月2日月曜日 午前8時頃。
桃色の花びらが、綺麗な青空に舞い散っている季節。
立派で綺麗な夜空のような紺色の制服に身を包まれながら、メガネをかけた少年、小鳥遊 葵は今日、◯◯高校に入学する──!!!
✧ * ✧
「…俺はA組かぁ」
校門前にあるクラス名簿を見て小さく呟く。
刹那、隣に何か見覚えのある茶髪が、一瞬目に映った。
「──は?」
俺が隣を見ると、B組と書かれてある名簿を見つめている、ソイツは──如月 楓は確かにそこにいた。
楓と会うのが久しぶりすぎて、驚きと共に何故か泣きそうな感情が混ざりあって気持ち悪くなった。
「…おぇっ」
「は、え? 葵!?」
「ぅ゙っ……」
その時、俺はよろめいた。
倒れる、と思って咄嗟に目を瞑った。
けれど...
(……え? どこも、痛くない…?)
そして、頬に熱涙を感じたので、ゆっくりと目を開けてみた。
「ふぅ〜、危なかった……ってえ? お前っ、泣いてんの…?」
「は、はぁ…? べ、別に泣いてねぇよ…」
そう強がって、俺は自分の制服の袖で顔を拭った。
「あっ……。 いえ、大丈夫...です。」
しまった。楓の所為で口が出しゃばったことに気づき、発言を訂正した。
倒れかけた時に落ちたメガネを急いでかけ直す。
「あ、ありがとう…ございます……」
とりあえず感謝して、急いで教室に向かおうとした。その時───急に腕を掴まれた。
「えっ、何…?」
「放課後、ちょっと話がしたい。屋上で待ってるから」
「放課後…? 屋上で……?? わ、分かりました」
✧ * ✧
入学式が終わった後。
俺は緊張しながらトボトボと屋上への階段を登り、重たいドアを押し開けた。
視界が開けた先、フェンスによりかかっている楓がいた。
「来たよ。…で、どうしたの?」
「久しぶりだな、小鳥遊。小学生以来だっけ」
「…まぁ、そうだね。てかさ、お前性格とか変わった?」
「そう? 何が変わった?」
「いやぁ…なんか、ほら。昔はド陰キャですーって感じのキャラだったのに、今となったら、チャラチャラした感じじゃんか?」
「今はそういうお前の方がド陰キャですーって感じしてるけどな」
「そーかよ」
そう言って俺は一度、楓から目を逸らし、屋上から街の景色を見下ろした。
俺はキャラを装ってるだけなんだよ。
開放的な空間に居心地の悪い沈黙が続いていた。
「そーかよって。久しぶりに逢えたのに」
先に口を開いたのは楓だった。少し笑いを含んだ、悲しそうな声。
「だから何だよ! 別に、仕方ないだろ!?」
「仕方ないってどういうことだよ。 昔みたいに仲良くしようよ〜」
「なんで昔のこと掘り出してくんだよ! 昔と今はちげーし!!」
しかもコイツ、勝手にどっか行ったくせに、今更何なんだよ……
「…はぁ、とにかく、今お前と仲良くする気は無い」
「あっそ。俺は仲良くしたかったのにな。とりあえず今は諦めてやるよ。せいぜい楽しい学校生活を、ド陰キャさん」
「何なのお前!? うっざ! もういいし! ふん、じゃーな!!!」
「・・・」
(怒ってても、じゃーなって言ってくれるのか。可愛いな…ぁ)
───バタン。
「…?」
俺は、不穏な音が聞こえて振り返ると、楓が倒れていた。
刹那、何故か足が動いていた。
「えっ、だ、大丈夫か? 楓!!」
とりあえず倒れた楓を抱えた。
大声を出して名前を呼んでも、楓は目を覚まさなかった。
しばらくしても目を覚まさないから、特別に膝枕をしてやった。
倒れている人を見過ごすわけにもいかないから、仕方なく。
✧ * ✧
「……? あれ、葵?」
「んだよ、…おはよ」
「お、おはよう……? 帰ったんじゃないの?
てか、なんで俺はお前を見上げてんだ?」
「は? いや、文句あんなら早く起きろよ」
「……嫌だ。なんか疲れたしもう少しこのままお前を見上げといてやるよ」
「はぁ? 何それ」
仕方ないから、まだ寝かせておいてやるか。
なんとなく目が合うのは気まずいから、目線をすぐに逸らした。
直後。
───バーンッ
急にデカい物音が聞こえてきた。何か、と見たら俺の中学から一緒の友達、優しい陽キャである佐々木と……
「確か…。さと、佐藤…?」
「いやいや、違う。葵、アイツは齋藤。」
「えっ、あ、齋藤…か。」
齋藤のことはよく知らないが、名前だけは聞いた事がった。
佐々木は、何故かこっちをみて固まっていた。が、齋藤については、咄嗟にスマホを取り出しながら、謎にニヤついていた。
直後、齋藤は、スマホのカメラをフラッシュさせた。
「は...? 何してんの、アイツ?」
「葵、お、落ち着いて……」
「えっとー…小鳥遊くん? 何してるの…?」
「えっ、えっ。えぇ〜? ナニナニ、如月ィ。 いい雰囲気じゃ〜ん?」
齋藤の悪ノリに対し、楓が、うっわだる、と俺にだけ聞こえる声量で呟いた。
「い、いや、何もしてないよ…」
俺は困惑した佐々木の質問に答えた。
「チッ。お前ら何しに来んだよ…」
「えぇ〜? だって〜、階段登ってたら楓って呼ぶ声がしたから何かあったのかなぁって?」
「そう、僕もだよ! 小鳥遊くんに似た声が叫んでいたし、中学の時と違って、ずっと教室に残ってないからさ」
二人が楓の質問に答えながらこちらへ来た。
しかし、楓は未だに起き上がろうとしない。誤解をうみそうで怖いんだが...
「お前さぁ、折角休んでんだから邪魔しないでくんない? はやく帰れよ」
「そう冷たくなんなよォ〜」
「ご、ごめんね邪魔しちゃって。ほら齋藤くん、帰るよぅ〜!」
「…はぁ。じゃあね〜如月、お幸せにィ〜」
「明日ぜってぇ飲み物奢らせるからな!」
「え? あぁ...行っちゃった」
佐々木に制されて齋藤は大人しく佐々木と帰って行った。悪ノリをしてきた齋藤に苛立ったのか、楓は不機嫌なままだ。
「悪いなぁ、なんか」
「いや、別に大丈夫だよ。こっちこそごめん。」
「……。つーか、まだ休むのか?」
「え。嫌だ?」
「外だぞ? せめて俺ん家に…」
「家行っていいの!?!?」
「う、うるせぇ……こ、今回だけならな…」
「やった!」
「う…ほら、早く立てよ。置いてくぞー、家入れないからな〜」
「あ、お、おい! 待って〜!」
校舎から出て、群青色の空の下を二人並んで歩いた。小学生の時、楓が急にいなくなったことを俺はまだ許していない。そんな楓を家に招
く俺はどうかしていると分かっている。それでも、楓の隣を歩くことを止められなかった。
バイト
俺は、それから特に何もなく一年生を終え───二年生に上がった。
俺の平穏は保たれる、そう思った矢先に、最悪なことが起こった。
楓と同じクラスになってしまい、毎日呪縛霊のように着いてくるので呆れていた。
「あぁ! あいつ、本当鬱陶しい!!! 邪魔!!」
もう面倒くさくなり、俺は遂にバイトという選択肢を見つけた。きっかけは昨日、学校の帰りに壁に貼ってあったチラシを見つけたこと。コンビニバイトで、時給は1000円。
一人は心細かったので試しに佐々木を誘ってみた。佐々木の性格も相まって、あっさり了承してくれた。
シフトは毎週土曜日に入れておいた。
それから時間は流れ、あっという間にバイト当日となった。
✧ * ✧
「店長、上がりまーす」
「はい、お疲れさま」
「店長、今日からシフト入ります、小鳥遊と佐々木です...!」
バイト先の先輩が上がったあと、ついに初日の仕事が始まる。休憩室に居る時、店長にはレジを任されていた。
「じゃあ、レジ行く...?」
「そ、そうだねっ」
そして、店の表に出て、接客をした。そういえば、バイトが始まる前に店長が他にもバイトの人が来るって言ってたっけ。同じ学校の人だったら嫌だな......
「ちわァ〜っす」
「ども〜っす。よろしくお願いしまーす」
「あっ、小鳥遊くん、バイトの方......」
「ん...? は? はぁあ?!」
「って、えぇ!! 齋藤くんに、如月くん?」
驚きでつい大声を出してしまった。
ちょうどお客が少なかったことが唯一の救いではあるけど...
やっべ...素が出ちまった。何とかしなくては......
「あ、ァ...え、えっと......」
「...」
(も、もしかして小鳥遊くん困ってる...?! 僕がフォローしなくっちゃ!)
「えーーーと、どうしてここに??」
あざとい。俺の隣にいる“男の子”(佐々木)、あざとい...!!いや、フォローしてくれたのは分かってるんだけど。あざとい。
何があざといかと言うと、首傾げちゃってんの。
こんな、ホントは喧嘩が強い男が、普段は可愛いと認めてしまう。
俺は...! 女の子しか可愛いと思ったことがなかったから...!!
「悔し〜〜......ッ」
「えっ? 小鳥遊くんどうしたの、?」
「あれ、佐々木と小鳥遊クンじゃーん!?」
「小鳥遊じゃん。なーに真面目に働いちゃってんの〜?」
齋藤に続いて如月がからかってきた。
「はっ、はぁ...? い、いや...まだ僕とかなら分かるけど、普段やんちゃな如月、くんとかは意外だ...ですよ......」
「確かにね〜! 齋藤くんもどうして? 僕から誘っても断ってたのに〜!」
え...ぷんすかしてんの?
「......」
言い返すのかと思っていたが、シーンとしていた。ちらっと齋藤の様子を見てみたが、これは明らかにキャパオーバーだな、と感じるくらいの顔の赤さだった。
「も〜! 齋藤くん、何か言ったらどうかな〜!」
「ちょっとお前...まじ後で覚えとけよ...」
齋藤は赤く染った顔を片手で隠しながら何か言った。
「え!? な、何が〜!?」
「ご愁傷さまです、佐々木くん」
「た、小鳥遊くんまで〜! どうしちゃったの〜!?」
「はいはいそこまで〜。さいとぉ、仕事中にイチャつくなよ。」
「ち、ちげぇ...あ、もしかして嫉妬?」
切り替え早くね? 危うく口に出すところだった。
「え、如月くん嫉妬してるの!? 好きな子居るのー?!」
「ばーか違うよ。愛おしくてたまらないやつがいる。」
「「え?」」
え...楓にそんな人がいたの?! 意外だ。
予想外の返答に佐々木と一緒に反応してしまった。
...つかなんでそんな躊躇なくそういうこと口に出来るんだよ。
「い、意外...!! 如月くん、そういう一面あつたんだね!」
...誰だろ。
「むっとしてどうしたの?? 小鳥遊くん?」
むっとしてる? 俺が? なんで...?
「あの、レジお願いします」
「あ...は、はい。すみません。 えっと、215円が一点......」
つい戸惑ってしまった。客が怖い人じゃなくてよかった...。
「それと、タバコ」
「え、あ。はい...」
あれ、コイツ、確か◽︎◽︎高校の制服だよな...
「あ、あの、念の為年齢確認に...ご協力お願いします」
「は? めんどくせぇ。いいからよこせよ、16番!」
理不尽な逆ギレ。客は声を荒らげた。
(何この人! 小鳥遊くんに対して態度わるーい!)
「えっ...で、でも流石に...」
「君、どこ高なのかな?」
「はぁ゙?」
隣のレジにいた佐々木が俺の隣に移動して客に尋ねた。
───ドンッ!
「お客さ〜ん。これ奢るからさぁ、帰ってくんない?」
客が返答する前に、如月がカウンターの上にペットボトルを強めに置いた。
「あ、あとついでに、俺の部下が君と同じ高校に居るから。先生方に伝えるよう頼んどくね」
え、さ、佐々木く〜ん? 今部下って言った...? 喧嘩強いのは知ってたけど、そういうシステムあるの? えっ?
「怖っ...」
「ひっ、す、すみませんでした...!!!」
二人の威圧に怯えたのか、客はすぐさまコンビニから出ていった。
「何だったんだろうね!!」
キラキラ、ニコニコ笑顔...可愛いけど何か怖く感じてしまった...
今日のバイトのその後は、とにかく、無事に終わった。
✧ * ✧
「店長、僕ら、上がります」
「はい、お疲れさま〜」
休憩室で店長に挨拶をする。
「じゃあ、店出よう!」
「う、うんっ!」
「ことあと、齋藤くんとかはどうするの? 齋藤くん、僕と一緒に居たかったりする??」
佐々木のあざとい攻撃、まじで火力エグい。
「そんなに一緒に居たいならとことん付き合ってやるよ。 覚えとけって言ったしなぁ?」
「えぇ?! じょ、冗談だったんだけど...っ」
「どっちにしろ、今日は俺ん家行きだよ?」
「えぇ〜! じゃあ今日、小鳥遊くんとデートみたいに帰れないよ〜!!」
「「は!?」」
齋藤はともかく、如月も反応した。
「ね、小鳥遊くん!」
「え? あ、うん...!! そ、そうだね!」
佐々木、助かるぅ〜〜!!!
佐々木が誘ってくれていなかったら如月と帰る羽目になっていただろう。
「佐々木く〜ん。齋藤は君と帰りたくて仕方ないみたいだよ? あいにく、今日このあと俺と小鳥遊で用事あるし」
は? コイツ何言ってんの? 佐々木くん、俺そんな予定ないよ?
「そっか〜、仕方ないね。じゃあ、また月曜日ね〜!」
「えっ! う、うん...またね...!」
佐々木の言葉に戸惑い、間違った返答をしてしまった。
訂正する合間がない。こうなったら...
「ね、ねぇ、如月くん...」
「ん?」
「なんで、齋藤くんと帰んないの?」
「齋藤は佐々木と帰りたいみたいだよ? なぁ、齋藤」
「うん、悪いね」
「そ...? でも佐々木くんは僕と...」
「齋藤くんが怒っちゃいそうだから、本当にごめんね!」
「また月曜にって言ってくれたんだからいいだろ。俺はお前と帰りたいし」
「......ん、そうかよ。でもさっきお前さ、愛おしくてたまらないやつがいる、って言ってたじゃんか。ソイツはいーの?」
(あー、コイツ鈍感だな。)
「いーんだよ。お前と帰れれば」
「はー? なにそれ」
「ごちゃごちゃ言ってないで帰るぞ。特別に家まで送ってやる」
「いっ、いいよ! 俺ひとりで帰れるもん!」
「はいはい、一人で帰れますもんねー? こんな時間だってのに」
「うっ...」
正直言うと、俺はこんな暗い中、怖くて一人では帰れないと思う。
どうしたら...。ここは仕方ないか...
本当は嫌だけど、怖いから言うしかない。
「...ぃや、う、嘘...やっぱり怖いから、楓、着いてきて......!」
無意識に楓の袖を引っ張っていた。やばい、恥ずかしい...
「はぁー...。こっちの気も知らないで...」
「え? なにが...」
「よし、じゃあ帰りますか。佐々木ィ、帰るぞ〜。小鳥遊クンもまたね〜。 ...如月も、じゃーなー」
「俺だけ扱い雑くない?」
「ふふふっ...小鳥遊くん、またね〜!」
「またね...!」
「え、聞いてる? 俺だけ無視?」
「ふっ...」
ざまぁねーな! 楓!
嫌いだったはずなのに
休憩室を出て、それぞれ夜の道を歩きだした。ちょっと悲しげな表情をした楓を横目で見て、つい、鼻で笑ってしまった。
「えっ、今葵笑った!?」
「あっ、い、いや...笑ってないけどー...?」
「嘘だ〜!! ひどーい」
「いや、なんも酷くねぇよ......!」
「葵の意地悪〜!」
「意地悪じゃないし...」
納得がいかないのか、まだモゴモゴと文句を言っている。
ちなみにこれは意地悪なんかじゃない。
他愛もない会話をしているうちに、俺の家に着いた。
「じゃあ、帰るね。お疲れさま〜」
「ちょ、っとまって。その...今日はもう暗いし、泊まってかない...?」
「え...?」
「だ、だからぁ...。恥ずかしいこと言ってんだよ、しっかり聞いててよ......」
「え、なになに、恥ずかしいこと言ったの? 聞いてなかったからもう一回言ってよ」
「や、やだよ! もう言わない!!」
「言ってよ〜。泊まっていいよって」
「き、聞こえてんじゃんか! 泊めないぞ!?」
ほら!聞こえてんじゃん!
「はいはいスミマセンでしたー。泊めてくれないなら帰りまーす!」
「あぁ、もう。う、嘘だから...! 泊めたいの、帰らないで...!」
自分が放った言葉に自分自身、違和感を覚えた。
楓を家に泊めたい? なんでそう思ってしまうんだ...?
だって俺は、楓のことが嫌い...なのに。
嫌い。という単語に胸のあたりがモヤっとした。なんなんだこれ。
もしかして、俺は楓のことが好きなのか...?
いや、そんなことは......?
「葵?」
「あ...な、何?」
楓の声に思考を遮られ、はっとした。
正直遮ってくれてありがたいと感じている。
「顔色悪いよ。もしかして熱中症? 早く中入りなよ」
「え? あぁ...楓が先に入って。じゃなきゃ俺入れないから」
「...葵、鍵貸して?」
「え、ん。はい」
楓に促されたまま鍵を渡すと、ドアがガチャリと解錠した。
楓が無言でドアを開けた。その時。
腕を掴まれ、楓より先に俺が家の中に入っていた。
「はっ?! ちょっと!」
「洗面台借りるねー。手洗ってくるから!」
「あ、あぁ...分かった......」
なんの遠慮もない楓の行動についていけない。
俺は一歩遅れて靴を脱いでから洗面所へ向かった。
✧ * ✧
「楓...何か飲む?」
「んー。麦茶ちょうだい!」
手を洗い終え、リビングへ移動すると楓がソファに腰掛けていた。
遠慮が無さすぎる。これが一般的なのか?
「...まぁいいや...麦茶ね。待ってて」
考えるのを辞め、冷蔵庫の中から麦茶のペットボトルを取り出す。
戸棚からコップを二つ取り出して、麦茶を注いだ。
「はい、ドーゾ」
少し気怠げに麦茶を差し出した。実際、家に入る直前から気分はあまり晴れていない。
厳密に言うと、夜道を歩き出す前から気分は曇っている。
「ありがと!」
「いーえ。 ...何したい?」
「うーん、そうだなぁ。あ、じゃあ質問コーナーとか?」
「し、質問...? ゲームとかじゃなくていいの?」
「ゲームやりたい? じゃあやりながら答えて!」
「い、いや...質問でいいよ」
「いいの? じゃ遠慮なく!!」
意図も分からないまま、質問コーナーとやらが始まった。
「楓は質問、ある?」
「んー、じゃあ手始めに。葵、好きな人いる?」
「え...は? は!? い、いいいない...と思う...」
予想外の質問にしどろもどろな返答をしてしまった。
「へ、へ〜。同じクラスの人?」
「うん、そうだよ」
「どんな性格だったり...見た目は?」
「随分食い気味だね。見た目はねー、メガネかけた陰キャ」
「メガネかけた...あ! あの端の席の山下さん?」
「山下...? そんな子いたんだ?」
「は? 違うの??」
「違うよ?」
無自覚なんだろうけど、お前めっちゃ失礼なこと言ったよ。
「えーーーっ、じゃあ...三つ編みの内山さん?」
「違いますー! その子も初耳!」
「はぁ...? じゃあ誰だよ...陰キャって言っておいて陽キャ??」
「陽キャじゃないね。浮気されそうで嫌だよ」
お前も陽キャだろうが...! 同族嫌悪...?
そう思いつつ、納得してしまっている。
たしかに浮気されそうで怖い。(全国の陽キャさん、ごめんなさい。)
「...まぁ、たしかに...。え、誰?」
「葵くんは俺の好きな人が気になってしょうがないみたいだね〜。まぁ、教えないけど!」
「え、なんで! 教えてよ!!」
「嫌だよ。葵も教えてくれてないだろ」
「ぐぬぬ...楓が言ってくれるなら...言う」
「へぇ、駆け引きか。いいよ。言ってあげても。」
「ほんと?! 言って!!」
気になる。今はただひたすらに、楓の好きな人が知りたい。
「そう焦んなって。俺が好きなのは...」
「うんうん...!」
「...葵って人」
「......そんな子いたっけ。葵ちゃん...? 苗字は?」
「お前相変わらず天然なんだな。苗字は小鳥遊」
「...?! 俺と同名...!? 会ってみたいなぁ〜」
「なんかもう心配になってきたわ。小鳥遊 葵って言ったら一人しかいねぇよ」
「いや、クラスには俺しかいねぇよ」
...。 ......!?
「え、は? か、楓...女の子好きなんじゃねぇの??」
「女の子が好きなんて一度も言ってねぇよ。だからって──とは言うなよ? 差別用語だからね?」
「は......い、いや、いつから...?」
「いつからだっけなぁ。...葵が感じるよりもずっと前だな」
「...? ま、まぁ、俺も......」
「聞こえないな〜。そういえば、さっき外で悩んでたのは何なのかな〜?」
楓は昔から妙に感がいい。助かることも多いが、こうやって自分が背きたいことに背かせてくれないこともある。もちろん、意図的に。
「う、うるさいなぁ...! ぼ、僕が好きなのは、楓なの!!!」
「うん、知ってたけど」
相変わらず性格が悪い。
「はーーーー...言わなきゃよかった...追い出すよ!」
「俺はいつ帰ってもいいけど」
「嘘だから! 追い出さないし!」
「はいはい。葵くんは俺がいないと寂しいですもんね〜」
「寂しくないもん」
「帰んの面倒だし泊まってってやるよ」
「そーかよ! 楓こそ寂しいんじゃないの〜?」
「調子乗んなよ。帰んの面倒だっつの!」
「ぷー。冷たいな!」
嫌いだったはずなのに、いつの間にか楓を好きになっていた。
人生、何が起こるか知ったことじゃないな。