5
ひさしぶりに会えない? と連絡が来たとき、佐古田は抗えずに脈拍を乱してしまい、そんな自分に敗北感を覚えた。
初めて付き合った相手ではあるけれど、身勝手に自分を振った男でもあるんだぞ?
そう思うのに、佐古田はカフェで秀太くんと待ち合わせた。
『部屋にピアスあったよ』
『温がないって言ってたピアス』
そんな内容が送られてきたから。
そのメッセージがなければ、会おうとは思わなかっただろう。だって、ずっと持っておかれたら迷惑だし、捨ててって言うのも迷惑をかけるだろうし。
──温が探してたときに見つけられなくてごめんね
テーブル席で向かい合わせになった秀太くんは、ドリンクが来るより前にピアスを渡してきた。手のひらサイズの透明なジッパー袋に入れられていた。
──失くしものだったのに、忘れ物にさせてごめんね
それは唐突な発言だった。
思わず目の前の人を見つめると、秀太くんは苦笑いしていた。
どうして秀太くんがそんなことを自分に言うのか。
その意図はわからず、軽い錯乱状態になっていた佐古田は、
──俺を振ったこと、後悔してる?
よくわからないことを口走った。心臓がばくばくと鼓動した。
しかし秀太くんは冷静だった。きゅっと横に口を結んだまま、数回速く瞬くと、
──じゃあね
と言い、伝票を抜き取って行ってしまった。
悔しかった。会計を持つ余裕が秀太くんにはあったのだ。
腹が立った。秀太くんに踊らされたみたいで。向こうにはそんなつもりさらさらないんだろうけれど。
こんなことなら遠慮せずにもっと高い飲み物頼んでやればよかった。ピアス一つならポストに入れておいてもらえばよかった。
とにかく感情はぐちゃぐちゃになっていて、涙の主成分はこれ、と一つに特定できるものじゃなかった。
*
「この前まではお正月コーナーあったのに、年開けたらすぐ撤去ってせわしないですよね」
高校生バイトの北川さんが口を動かすのは独り言だと思っていたのだが、
「私の家なんてまだまだお持ち余りまくってますよー。全然減らないから朝ごはんでも出されます。佐古田さんは?」
いきなりトークを振られ、佐古田は振り返った。
「え……あ、うん。この時期はどこの家もそうだよね」
ですよねー、と北川さんはカラー剤の箱を補充しながら笑った。
「餅って米と一緒じゃん? 太るからあんま食いたくないのに、ちょっとでも消費しろって言われてる」
笑いを誘うつもりで佐古田は言ったのに、商品を奥から手前に詰める北川さんはその手を止める。
「何言ってんですか。佐古田さんはどんどんお餅食べてください。体ペラペラなんで」
佐古田は愛想笑いでその場を乗り切ると、新発売のシャンプーが入った段ボール箱にカッターをさくりと入れる。
「三が日まではお正月用品置いてたんだけどね」
中身を取り出して棚に並べながら、安全な方面へと会話の舵を切った。
「そうなんですか?」
「うん。三日……いや、四日くらいまでは?」
「へぇー。あ、そっか。佐古田さんって年末年始も出勤されてたんですね」
どきっとした。
「……そうそう。暇だったから」
「わかりますー。お正月って寝てスマホ触ってたらすぐ終わりますもんね。私も出勤すればよかったな」
でも親が厳しくてー、と言う北川さんに安堵した。
箱詰めされた残りのシャンプーボトルを陳列させると、片膝をついた体勢から佐古田はそうっと立ち上がる。まだ仕事は残っているが、あらぬほうへ会話の風向きが変わる前にこの場を去りたかった。
空の段ボールを片手に通路を進む。すると佐古田は、店内中央に配置されたお菓子売り場の横を通りがかる。
ぱっと目についたのはクッキー菓子。弟が好きでよく食べているもの。手土産だと言って岩崎が持ってきてくれたもの。
岩崎の好意には以前から気がついていた。気がついていながら、佐古田は見ないふりをしていた。
秀太くんとカフェで会った日。泣いていたところを偶然目にしたからと、岩崎は慌てて佐古田を追いかけてきたそうだ。
それまでのやり取りで心が疲弊していこともあって、休日の居酒屋にやってきた岩崎には正直、腹が立った。
みっともない姿を見ていたなら放っておいてくれよ通学路で同級生を見かけたときは自転車で逃げたくせに、変なところで行動力を発揮してんじゃねぇよ、と。
でも、岩崎は純粋な男だ。
涙を流した痕が肌に残っていたから、泣いたのかと佐古田に聞いたんだろうし、憔悴した姿が心配になったから、自分にできることはあるかと佐古田にたずねたんだろう。
いつだったか、岩崎が自己嫌悪の片鱗を見せたことがあった。自分は佐古田のように思ったことを表現できないんだと、辛そうに。
だけど岩崎は言葉よりももっと大事な、行動で想いを示してくれた。
だというのに──
一方的に近寄せてはキスをし、一方的に帰し、わがままに呼び出しては、もう会わないでおこうと綺麗事を盾に遠ざけた。
あんなこと、しなければよかった。
どれだけ後悔したって、岩崎との時間はもう戻ってこない。
ひさしぶりに会えない? と連絡が来たとき、佐古田は抗えずに脈拍を乱してしまい、そんな自分に敗北感を覚えた。
初めて付き合った相手ではあるけれど、身勝手に自分を振った男でもあるんだぞ?
そう思うのに、佐古田はカフェで秀太くんと待ち合わせた。
『部屋にピアスあったよ』
『温がないって言ってたピアス』
そんな内容が送られてきたから。
そのメッセージがなければ、会おうとは思わなかっただろう。だって、ずっと持っておかれたら迷惑だし、捨ててって言うのも迷惑をかけるだろうし。
──温が探してたときに見つけられなくてごめんね
テーブル席で向かい合わせになった秀太くんは、ドリンクが来るより前にピアスを渡してきた。手のひらサイズの透明なジッパー袋に入れられていた。
──失くしものだったのに、忘れ物にさせてごめんね
それは唐突な発言だった。
思わず目の前の人を見つめると、秀太くんは苦笑いしていた。
どうして秀太くんがそんなことを自分に言うのか。
その意図はわからず、軽い錯乱状態になっていた佐古田は、
──俺を振ったこと、後悔してる?
よくわからないことを口走った。心臓がばくばくと鼓動した。
しかし秀太くんは冷静だった。きゅっと横に口を結んだまま、数回速く瞬くと、
──じゃあね
と言い、伝票を抜き取って行ってしまった。
悔しかった。会計を持つ余裕が秀太くんにはあったのだ。
腹が立った。秀太くんに踊らされたみたいで。向こうにはそんなつもりさらさらないんだろうけれど。
こんなことなら遠慮せずにもっと高い飲み物頼んでやればよかった。ピアス一つならポストに入れておいてもらえばよかった。
とにかく感情はぐちゃぐちゃになっていて、涙の主成分はこれ、と一つに特定できるものじゃなかった。
*
「この前まではお正月コーナーあったのに、年開けたらすぐ撤去ってせわしないですよね」
高校生バイトの北川さんが口を動かすのは独り言だと思っていたのだが、
「私の家なんてまだまだお持ち余りまくってますよー。全然減らないから朝ごはんでも出されます。佐古田さんは?」
いきなりトークを振られ、佐古田は振り返った。
「え……あ、うん。この時期はどこの家もそうだよね」
ですよねー、と北川さんはカラー剤の箱を補充しながら笑った。
「餅って米と一緒じゃん? 太るからあんま食いたくないのに、ちょっとでも消費しろって言われてる」
笑いを誘うつもりで佐古田は言ったのに、商品を奥から手前に詰める北川さんはその手を止める。
「何言ってんですか。佐古田さんはどんどんお餅食べてください。体ペラペラなんで」
佐古田は愛想笑いでその場を乗り切ると、新発売のシャンプーが入った段ボール箱にカッターをさくりと入れる。
「三が日まではお正月用品置いてたんだけどね」
中身を取り出して棚に並べながら、安全な方面へと会話の舵を切った。
「そうなんですか?」
「うん。三日……いや、四日くらいまでは?」
「へぇー。あ、そっか。佐古田さんって年末年始も出勤されてたんですね」
どきっとした。
「……そうそう。暇だったから」
「わかりますー。お正月って寝てスマホ触ってたらすぐ終わりますもんね。私も出勤すればよかったな」
でも親が厳しくてー、と言う北川さんに安堵した。
箱詰めされた残りのシャンプーボトルを陳列させると、片膝をついた体勢から佐古田はそうっと立ち上がる。まだ仕事は残っているが、あらぬほうへ会話の風向きが変わる前にこの場を去りたかった。
空の段ボールを片手に通路を進む。すると佐古田は、店内中央に配置されたお菓子売り場の横を通りがかる。
ぱっと目についたのはクッキー菓子。弟が好きでよく食べているもの。手土産だと言って岩崎が持ってきてくれたもの。
岩崎の好意には以前から気がついていた。気がついていながら、佐古田は見ないふりをしていた。
秀太くんとカフェで会った日。泣いていたところを偶然目にしたからと、岩崎は慌てて佐古田を追いかけてきたそうだ。
それまでのやり取りで心が疲弊していこともあって、休日の居酒屋にやってきた岩崎には正直、腹が立った。
みっともない姿を見ていたなら放っておいてくれよ通学路で同級生を見かけたときは自転車で逃げたくせに、変なところで行動力を発揮してんじゃねぇよ、と。
でも、岩崎は純粋な男だ。
涙を流した痕が肌に残っていたから、泣いたのかと佐古田に聞いたんだろうし、憔悴した姿が心配になったから、自分にできることはあるかと佐古田にたずねたんだろう。
いつだったか、岩崎が自己嫌悪の片鱗を見せたことがあった。自分は佐古田のように思ったことを表現できないんだと、辛そうに。
だけど岩崎は言葉よりももっと大事な、行動で想いを示してくれた。
だというのに──
一方的に近寄せてはキスをし、一方的に帰し、わがままに呼び出しては、もう会わないでおこうと綺麗事を盾に遠ざけた。
あんなこと、しなければよかった。
どれだけ後悔したって、岩崎との時間はもう戻ってこない。