2
文化祭から二週が過ぎた、水曜日。
いつもの教室で、いつものように一人飯をもそもそ食べていたら、弁当箱に影が落ちた。
「あのー、すみません」
呼びかけの定型文に顔を上げると、耳の高さでポニーテールに髪を縛った人。一人の女子が自席にそびえていた。
突然に声をかけられる覚えなどない岩崎の頭には、いつかの警察二十四時のワンシーンが再生される。
恐怖。無意識に太もも同士を擦り合わせる。
「岩崎くん、で合ってる?」
合っているは合っているので、こくこくと小さくうなずいた。
教室内勢力図把握のため、岩崎はクラスメイトについて(勝手に)詳しい。
男女にそれぞれ数団体。クラス内に存在する友人グループのどことも国交はないが、名前と顔の一致ならばっちりなのだ。
ゆえに断言できる。この女子はクラスメイトじゃない。
「ご飯中にごめん、今時間大丈夫かな?」
口頭では気遣いを添えるのだが、こちらの返事を聞かずに、見知らぬ女子は前の席に着席した。
「私、横のクラスの田中」
あくまで形式的に名乗ると、羽織っているブレザーのポケットから何かを取り出そうとするとする。岩崎の警戒心はマックスまで高まる。
「これ」
不審を超えて不可解に思っていると、何やら紙が差し出される。
危険物かもしれないので受け取らないでいると、女子は岩崎の机にすっとそれを置いた。
封筒に入れられた手紙だった。
「あっ、ごめん! これは岩崎くんにじゃなくて!」
本題に入る直前、駆け込み乗車するみたいに女子から謝られる。
どこに謝る要素が? と思ったが、これはたしかに人によ勘違いしかねないシチュエーション。当の岩崎は言われるまで思い当たらなかったが。
ここから本題、という感じで女子は一段階ギアを上げた。
「文化祭の日、岩崎くん焼きそば買いに来てくれたよね?」
岩崎は首を縦に振る。
「それうちのクラスが出店してたんだけど、お会計のとき友達も一緒だったでしょ?」
首を縦に振る。
「その友達にこの手紙渡してほしいの」
首を縦に──振れない。
「茶髪で黒いシャツ着てた人! その人に!」
女子は詳細を付け足し、揃えた指先で山の形を作った。可愛らしく、お願いのポーズだ。
「SNSのユザネ書いてあるから、絶対落とさないでね!」
自分の机も乗せられてびっくりだろう薄ピンクの上品な封筒を見つめているうちに、女子の姿は煙のようにいなくなっていた。
そうっと辺りを見渡す。すると小島たちと目が合い、しかし、次の瞬間にはすっと逸らされる。
佐古田がガンを飛ばした文化祭の日以降、小島たちが岩崎に絡んでくることはなくなった。
視線で教室を一巡し、彼女が完全にいないことを確かめると岩崎はその手紙を手に取る。
「ラブレターじゃん、これ……」
*
見るな。興味を持つな。手を伸ばすな。
心の中でぶつぶつと唱えてはみたが、超能力を使えない岩崎の念が通じるわけなく、
「何これ」
こちらが嫌々差し出した手紙を佐古田は躊躇なく受け取った。
ささやかな抵抗で岩崎が強く摘むも虚しく、人差し指と親指の間を紙はすり抜けていく。
「……同級生の女子が」
「俺に?」
むち打ちのようにぎこちない動作で岩崎は首肯する。
「ふうん」
さほど関心なさそうな返事に、こっそり安心した──のも束の間。裏に貼られていたシールを剥がすと、いきなり封筒を開け始めた。岩崎は慌てて手首を掴む。
「中身気になんじゃん」
「それは、そうかもしれないけど……」
消極的になる語尾とともに手首を離す。
「あ、俺が女の子から手紙貰ったら困る?」
岩崎は首を傾げた。
「やなの?」
佐古田の目は、好奇心に溢れた子供みたいに面白いものを見る瞳をしていた。
頭の回転が早い佐古田だ。
自分が好意を隠そうとしていることなんて、とうの昔にバレてしまっているのでは、と思った。全部わかったうえで自分をもて遊んでいるのでは、とも。
「あぁー、そっか。そっかそっか」
「何」
癖なんだろう頬杖は顎が持ち上がるポーズでもある。
同じ規格の椅子に座っているから座高の高さなんてほぼ変わらないのに、佐古田は目下ろすような目つきで岩崎をじとりと見た。
「ごめんな、期待させて」
「期待?」
「自分宛ての手紙かなって、ちょっとは舞い上がったでしょ?」
はてなマーク付きの言い方でありながら、佐古田は決めつけていた。
「思ってないし」
「嘘つけ、嬉しかったくせに。見栄張んなくていいって」
にやにやしながら言われるから、岩崎のほうはムキになる。
「話しかけられたときも、びっくりはしたけど、期待なんて一ミリもしなかった」
「あぁそう」
「嬉しくもなかった」
「へぇー」
「岩崎くんへの手紙じゃなくてごめん、って謝られはしたけど……」
手紙の本文を読みながら、佐古田は岩崎を鼻で笑った。
ムカッときて、岩崎はツンケンした態度になる。
「……そっちこそ嬉しいんじゃないの?」
「え、なんてー?」
「……ちゃんと話聞けよ」
それ以降は無視された。
便箋二枚ほどありそうなラブレター。
女子が佐古田を見かけたなんてわずか一瞬だったろうに、あの女子はその一瞬で佐古田に惚れてしまったというのか。
焼きそばの屋台での会計なんて、ものの数十秒から一分程度。
手書きの文章を、こうして佐古田が目で追っている時間のほうがよっぽど長いと思う。
目の前で手紙を読む佐古田を見ていたら、苛立ちがふつふつと沸いてくる。
「返事、どうするんだよ」
「返事?」
読み終えると、元あった通りに紙を折り畳んで佐古田は封筒に入れた。
「どうもしない」
「え?」
「返事はしないよ」
平然と佐古田は言ってのけた。
「何で?」
「興味ないから」
「何に?」
立て続けに質問したら「尋問?」と佐古田に笑われる。追い詰める形になってしまって岩崎は内省した。
「でもなー、どうしよ。やっぱこの子と連絡先交換しよっかな」
アカウントまで書いてくれてたしなぁ、などと佐古田はしみじみ続ける。
手元に視線をやれば、親指の腹で封筒の表面を撫でていた。
細い指の、繊細な動き。心なしかそこには気持ちが籠もっているようで──
「……好きにすれば」
投げやりに岩崎は呟く。
二転三転と主張が変わるこの男。
どういうつもりか知らないが、その気分屋に振り回されているのはあの女子だけじゃないんだぞ。……だけど。
元から佐古田宛てのこの手紙は、受け取った時点で完全に佐古田の所有物だ。その中身を見て、そしてどんなアクションを起こそうと、それは佐古田の勝手なのだ。
「ひどい顔」
封筒の角で髪の生え際あたりを軽く突かれた。痛っ、と岩崎がその箇所を押さえると、
「やっぱ返事はしない」
「は?」
「なんか聞かれたら、うまいこと返しといて」
「うまいことって──」
「付き合ってる人いるとか、適当にさ」
岩崎に隠すように、テーブルの上に畳んで放置していたアウターの下へ、佐古田は手紙を差し入れた。
「その子が可哀想って思わないの?」
「は?」
「返事するとか、しないとか。踊らされてるみたいに──」
棘をもって口にしてから、おかしな発言をしている自覚が芽生える。コロコロ変わる佐古田の言動を不快に思っていたのに、今度は岩崎の情緒が安定しないでいる。
佐古田は動物っぽい速さで耳の後ろを掻くと、
「この手紙チャンスにすればいいじゃん、って思っただけ」
面倒くさそうに言った。
「俺のこと利用する……じゃないけど、その女子と喋れるきっかけになるじゃん?」
「そんなのいらない」
「うん、だから思ってただけで──」
「女子と関わり持ちたいとか思ってないし」
岩崎が食い気味に反論したら、佐古田は目元と口元とを同時に下げる表情を作った。
「まぁ……まずは友達からだな」
うん、と目の前でうなずかれる。
「クラスに気が合いそうな奴いねぇの?」
ふと聞かれた。
しかし岩崎は受け答えに困ってしまう。
そんな様子に、岩崎が根暗なことを思い出したのか、それ以上の追求を佐古田はしなかった。
「見てこれ、真鍋。似てね?」
スムーズに話は他へと移行する。問いかける佐古田が取り出したのは授業で使ったんだろうプリントで、余白のところにシャーペンで似顔絵が書かれている。
「俺に友達がいないと困る?」
聞いたら、佐古田は変な顔をした。何言ってるんだこいつ、みたいな。
「困りはしない」
「……だよね」
想定内。
「でも心配ではある」
会話は急に進路を変更した。
「学校で浮いてるって言ってただろ。話し相手いんの?」
「いないけど」
「それってほとんど丸一日、誰とも話さないってことじゃん。高校生活の思い出振り返ったとき、誰も存在しないのは寂しくね?」
一人が悪いってわけじゃないけど、と佐古田は岩崎をフォローした。佐古田が言うのは正論だ。自分でもそう思う。
でも、これまでの日々と今は違う。
今の自分には佐古田という存在があって──
「俺以外にも話し相手くらい作っとけって」
「……くらい?」
突き放された。ような気がした。
「それが難しいんだよ」
岩崎の言葉は刺々しくなる。
とっさの対応のひどさに岩崎自身は落ち込んだのだが、一方の佐古田はそうでもなさそうで、
「そっか」
と返す声は普段のトーンだった。だけど、
「俺はときどき、あんたが羨ましくなるよ」
「え?」
「しんどいだるいって文句言いながら朝起きて、制服着て学校行って。教室で弁当食ったり、学食食べたり、そんで眠くなって居眠りしたり。そういうありふれた高校生活?」
中学のときにサボったつけだから、自業自得なんだけど。
などと言って笑い飛ばす。その明るさが偽りなこと。岩崎にだってわかった。
太陽が夕日になって沈みきるまで、その日は二人とも勉強だけに専念した。
誰とも打ち解けられなくてもいい。高校生活の思い出は学校じゃなくていい。
俺の居場所は佐古田だ。
佐古田がいてくれたらもう、それだけで──なんて。
知られたら、きっと佐古田を悲しませてしまう。
文化祭から二週が過ぎた、水曜日。
いつもの教室で、いつものように一人飯をもそもそ食べていたら、弁当箱に影が落ちた。
「あのー、すみません」
呼びかけの定型文に顔を上げると、耳の高さでポニーテールに髪を縛った人。一人の女子が自席にそびえていた。
突然に声をかけられる覚えなどない岩崎の頭には、いつかの警察二十四時のワンシーンが再生される。
恐怖。無意識に太もも同士を擦り合わせる。
「岩崎くん、で合ってる?」
合っているは合っているので、こくこくと小さくうなずいた。
教室内勢力図把握のため、岩崎はクラスメイトについて(勝手に)詳しい。
男女にそれぞれ数団体。クラス内に存在する友人グループのどことも国交はないが、名前と顔の一致ならばっちりなのだ。
ゆえに断言できる。この女子はクラスメイトじゃない。
「ご飯中にごめん、今時間大丈夫かな?」
口頭では気遣いを添えるのだが、こちらの返事を聞かずに、見知らぬ女子は前の席に着席した。
「私、横のクラスの田中」
あくまで形式的に名乗ると、羽織っているブレザーのポケットから何かを取り出そうとするとする。岩崎の警戒心はマックスまで高まる。
「これ」
不審を超えて不可解に思っていると、何やら紙が差し出される。
危険物かもしれないので受け取らないでいると、女子は岩崎の机にすっとそれを置いた。
封筒に入れられた手紙だった。
「あっ、ごめん! これは岩崎くんにじゃなくて!」
本題に入る直前、駆け込み乗車するみたいに女子から謝られる。
どこに謝る要素が? と思ったが、これはたしかに人によ勘違いしかねないシチュエーション。当の岩崎は言われるまで思い当たらなかったが。
ここから本題、という感じで女子は一段階ギアを上げた。
「文化祭の日、岩崎くん焼きそば買いに来てくれたよね?」
岩崎は首を縦に振る。
「それうちのクラスが出店してたんだけど、お会計のとき友達も一緒だったでしょ?」
首を縦に振る。
「その友達にこの手紙渡してほしいの」
首を縦に──振れない。
「茶髪で黒いシャツ着てた人! その人に!」
女子は詳細を付け足し、揃えた指先で山の形を作った。可愛らしく、お願いのポーズだ。
「SNSのユザネ書いてあるから、絶対落とさないでね!」
自分の机も乗せられてびっくりだろう薄ピンクの上品な封筒を見つめているうちに、女子の姿は煙のようにいなくなっていた。
そうっと辺りを見渡す。すると小島たちと目が合い、しかし、次の瞬間にはすっと逸らされる。
佐古田がガンを飛ばした文化祭の日以降、小島たちが岩崎に絡んでくることはなくなった。
視線で教室を一巡し、彼女が完全にいないことを確かめると岩崎はその手紙を手に取る。
「ラブレターじゃん、これ……」
*
見るな。興味を持つな。手を伸ばすな。
心の中でぶつぶつと唱えてはみたが、超能力を使えない岩崎の念が通じるわけなく、
「何これ」
こちらが嫌々差し出した手紙を佐古田は躊躇なく受け取った。
ささやかな抵抗で岩崎が強く摘むも虚しく、人差し指と親指の間を紙はすり抜けていく。
「……同級生の女子が」
「俺に?」
むち打ちのようにぎこちない動作で岩崎は首肯する。
「ふうん」
さほど関心なさそうな返事に、こっそり安心した──のも束の間。裏に貼られていたシールを剥がすと、いきなり封筒を開け始めた。岩崎は慌てて手首を掴む。
「中身気になんじゃん」
「それは、そうかもしれないけど……」
消極的になる語尾とともに手首を離す。
「あ、俺が女の子から手紙貰ったら困る?」
岩崎は首を傾げた。
「やなの?」
佐古田の目は、好奇心に溢れた子供みたいに面白いものを見る瞳をしていた。
頭の回転が早い佐古田だ。
自分が好意を隠そうとしていることなんて、とうの昔にバレてしまっているのでは、と思った。全部わかったうえで自分をもて遊んでいるのでは、とも。
「あぁー、そっか。そっかそっか」
「何」
癖なんだろう頬杖は顎が持ち上がるポーズでもある。
同じ規格の椅子に座っているから座高の高さなんてほぼ変わらないのに、佐古田は目下ろすような目つきで岩崎をじとりと見た。
「ごめんな、期待させて」
「期待?」
「自分宛ての手紙かなって、ちょっとは舞い上がったでしょ?」
はてなマーク付きの言い方でありながら、佐古田は決めつけていた。
「思ってないし」
「嘘つけ、嬉しかったくせに。見栄張んなくていいって」
にやにやしながら言われるから、岩崎のほうはムキになる。
「話しかけられたときも、びっくりはしたけど、期待なんて一ミリもしなかった」
「あぁそう」
「嬉しくもなかった」
「へぇー」
「岩崎くんへの手紙じゃなくてごめん、って謝られはしたけど……」
手紙の本文を読みながら、佐古田は岩崎を鼻で笑った。
ムカッときて、岩崎はツンケンした態度になる。
「……そっちこそ嬉しいんじゃないの?」
「え、なんてー?」
「……ちゃんと話聞けよ」
それ以降は無視された。
便箋二枚ほどありそうなラブレター。
女子が佐古田を見かけたなんてわずか一瞬だったろうに、あの女子はその一瞬で佐古田に惚れてしまったというのか。
焼きそばの屋台での会計なんて、ものの数十秒から一分程度。
手書きの文章を、こうして佐古田が目で追っている時間のほうがよっぽど長いと思う。
目の前で手紙を読む佐古田を見ていたら、苛立ちがふつふつと沸いてくる。
「返事、どうするんだよ」
「返事?」
読み終えると、元あった通りに紙を折り畳んで佐古田は封筒に入れた。
「どうもしない」
「え?」
「返事はしないよ」
平然と佐古田は言ってのけた。
「何で?」
「興味ないから」
「何に?」
立て続けに質問したら「尋問?」と佐古田に笑われる。追い詰める形になってしまって岩崎は内省した。
「でもなー、どうしよ。やっぱこの子と連絡先交換しよっかな」
アカウントまで書いてくれてたしなぁ、などと佐古田はしみじみ続ける。
手元に視線をやれば、親指の腹で封筒の表面を撫でていた。
細い指の、繊細な動き。心なしかそこには気持ちが籠もっているようで──
「……好きにすれば」
投げやりに岩崎は呟く。
二転三転と主張が変わるこの男。
どういうつもりか知らないが、その気分屋に振り回されているのはあの女子だけじゃないんだぞ。……だけど。
元から佐古田宛てのこの手紙は、受け取った時点で完全に佐古田の所有物だ。その中身を見て、そしてどんなアクションを起こそうと、それは佐古田の勝手なのだ。
「ひどい顔」
封筒の角で髪の生え際あたりを軽く突かれた。痛っ、と岩崎がその箇所を押さえると、
「やっぱ返事はしない」
「は?」
「なんか聞かれたら、うまいこと返しといて」
「うまいことって──」
「付き合ってる人いるとか、適当にさ」
岩崎に隠すように、テーブルの上に畳んで放置していたアウターの下へ、佐古田は手紙を差し入れた。
「その子が可哀想って思わないの?」
「は?」
「返事するとか、しないとか。踊らされてるみたいに──」
棘をもって口にしてから、おかしな発言をしている自覚が芽生える。コロコロ変わる佐古田の言動を不快に思っていたのに、今度は岩崎の情緒が安定しないでいる。
佐古田は動物っぽい速さで耳の後ろを掻くと、
「この手紙チャンスにすればいいじゃん、って思っただけ」
面倒くさそうに言った。
「俺のこと利用する……じゃないけど、その女子と喋れるきっかけになるじゃん?」
「そんなのいらない」
「うん、だから思ってただけで──」
「女子と関わり持ちたいとか思ってないし」
岩崎が食い気味に反論したら、佐古田は目元と口元とを同時に下げる表情を作った。
「まぁ……まずは友達からだな」
うん、と目の前でうなずかれる。
「クラスに気が合いそうな奴いねぇの?」
ふと聞かれた。
しかし岩崎は受け答えに困ってしまう。
そんな様子に、岩崎が根暗なことを思い出したのか、それ以上の追求を佐古田はしなかった。
「見てこれ、真鍋。似てね?」
スムーズに話は他へと移行する。問いかける佐古田が取り出したのは授業で使ったんだろうプリントで、余白のところにシャーペンで似顔絵が書かれている。
「俺に友達がいないと困る?」
聞いたら、佐古田は変な顔をした。何言ってるんだこいつ、みたいな。
「困りはしない」
「……だよね」
想定内。
「でも心配ではある」
会話は急に進路を変更した。
「学校で浮いてるって言ってただろ。話し相手いんの?」
「いないけど」
「それってほとんど丸一日、誰とも話さないってことじゃん。高校生活の思い出振り返ったとき、誰も存在しないのは寂しくね?」
一人が悪いってわけじゃないけど、と佐古田は岩崎をフォローした。佐古田が言うのは正論だ。自分でもそう思う。
でも、これまでの日々と今は違う。
今の自分には佐古田という存在があって──
「俺以外にも話し相手くらい作っとけって」
「……くらい?」
突き放された。ような気がした。
「それが難しいんだよ」
岩崎の言葉は刺々しくなる。
とっさの対応のひどさに岩崎自身は落ち込んだのだが、一方の佐古田はそうでもなさそうで、
「そっか」
と返す声は普段のトーンだった。だけど、
「俺はときどき、あんたが羨ましくなるよ」
「え?」
「しんどいだるいって文句言いながら朝起きて、制服着て学校行って。教室で弁当食ったり、学食食べたり、そんで眠くなって居眠りしたり。そういうありふれた高校生活?」
中学のときにサボったつけだから、自業自得なんだけど。
などと言って笑い飛ばす。その明るさが偽りなこと。岩崎にだってわかった。
太陽が夕日になって沈みきるまで、その日は二人とも勉強だけに専念した。
誰とも打ち解けられなくてもいい。高校生活の思い出は学校じゃなくていい。
俺の居場所は佐古田だ。
佐古田がいてくれたらもう、それだけで──なんて。
知られたら、きっと佐古田を悲しませてしまう。