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「あれっ、俺の名前って言いましたっけ?」
 そういえば〜、という切り出し方で長髪の男が確認をを取ったのは、カラオケ店のソファで隣並びになったタイミングだった。
 あれから佐古田とは校内を回り、模擬店で買った焼きそばを一緒に食べた。その後、岩崎はクラスの片づけをしなければいけなかったので一度は解散したのだが、夕方になって再び集合し、駅前のカラオケに入室したという流れ。
 黒髪長髪とも全ての行動をともにしていたのだが、特に会話をすることはなく、名前さえ知らないままだった。
 名前を知らないことを岩崎が首の揺れで示すと、ですよね、と男は苦笑いする。
「真実の真に鍋で真鍋っす」
「あ……えっと俺は──」
「岩崎さんですよね」
「え、どうして」
「佐古田から話は聞いてます。いつも勉強教えてもらってるって」
 長髪の男──真鍋は岩崎が通う高校の名前を出し、
「自分も佐古田と同じ定時制通ってて」
 と言った。それから
「岩崎さんって、ほんとにびびるんすね」
「え?」
「いや、佐古田が言ってたんですよ。初めて会ったとき、すごい怖がられてたって」
「あぁ、あれは……」
「まぁー、気持ちはわかります。ヤンキーの雰囲気ってなかなか消えないっすもんね」
「ヤンキー?」
 岩崎が聞き返すと、まずい、という顔を真鍋はした。気まずそうに横を向く。
「……模範的な学生じゃなかったけど、悪い奴ではなかったっすよ」
 とにかく時間を経過させて失言をなかったことにたいんだろう。
 カラオケルームにふさわしくない沈黙を岩崎はそう解釈したけれど、真鍋のほうが話を戻した。
「ふわふわ生きてるように見えるけど、あれでも正義感強いんすよね。譲れない価値観というか、自分の中に芯があって」
 付き合いを通して知ったんだろう佐古田の性格を真鍋は振り返り、
「だから今日会ったあいつのこと許せなかったんだと思いますよ」
 ここが肝心、という部分で岩崎のほうを向いた。
「岩崎さんのこと、あいつは本当に友達だって思ってるだろうから」
 ──俺の友達なんだよね、岩崎って
 廊下の佐古田の発言が思い出された。
「いいヤンキーか悪いヤンキーの二択なら、佐古田は百パー前者です」
「……ヤンキーはヤンキーなんですね」
 指摘すると「あ」の形に口が開いたまま、停止ボタンを押されたみたいに真鍋が固まってしまう。
 しばらくの間。その静寂がお笑い的な要素をもたらして、岩崎と真鍋はほぼ同時に吹き出した。
「そこんとこいちいちツッコみます?」
「だ、だってヤンキーなのかって聞いたのに無視されたから……」
「わざとスルーしてるに決まってるっすよ」
 せっかくいい感じに話持ってったのに、とワイドデニムの足をソファからぶらんと投げ出して真鍋は文句を言った。
「でも、佐古田がいいヤンキーってのはわかる気がします」
「わかるっしょ?」
 うなずく。カラッとした性格面もだし、何より。
 佐古田のスイッチ一つで発動する、圧。ヤンキー由来なのだと言われたら、でしょうねと納得してしまう。
「同じ不真面目でも、俺は普通に厄介者扱いだったんすけど、佐古田は好かれてて」
 ぼうっとしていたら聞き逃すナチュラルさで、真鍋も不良であることが明らかになった。
「まぁー、あいつイケメンだからなー」
「ですね」
「んでどんな奴にも平等だし?」
 うんうん、と岩崎は首を縦に振る。佐古田は陰キャ代表みたいな自分にも優しい。
「先生からもなんだかんだ目かけられてましたね」
 手かかる奴ほど可愛いみたいな? と真鍋は言った。
「今も担任のおじいちゃんと仲良くてねー」
「……モテそう、ですよね」
 中高と学生生活をともに送る真鍋だから聞けること。佐古田がいない場、かつ、この流れだから聞けそうなこと。岩崎は、横目で真鍋の反応を測る。
「あぁ、佐古田? モテますよ、超モテる」
 真鍋はそう言って、ストローでコーラを吸い上げた。 やっぱりか、とは思う。
「中学の終わりのほうなんかほとんど登校してなかったから、佐古田が学校来たらレアキャラ降臨みたいな感じで」
 本人のいないところで希少価値が勝手に上がっていく。その様子を想像したら笑えた。
「みんな近寄りはしないんだけど、遠巻きにはあいつのこと注目してて」
「漫画みたいですね」
「それ。でもねー、佐古田に憧れてた子たちは可哀想って思います」
 岩崎は首をかしげた。可哀想、とは?
「だって、あいつずっと想い続けてる人いるから」
 デンモクを操作しながら真鍋が放った言葉。脳内でループ再生される。
 岩崎の気が抜けている間にドアが開き、室内に佐古田が戻ってくる。佐古田はドリンクバーにてドリンクを注いでいた。
 モニターに流れていたミュージックビデオらしき音声が中断され、途切れなしにイントロが演奏され始める。
 最近人気のあるバンド。岩崎でも知っているポップスの曲を選んだのは真鍋らしく、音量やエコー機能を設定し直す姿が視界の端に入り込む。
 喉を鳴らし、真鍋がマイクを構える気配。それを見て佐古田がぎゃははと笑う。
 騒がしい個室の中、岩崎だけがしんと静かだ。
 何も考えられないでいた。
 恋心を自覚した日に、失恋する。
 自分の間の悪さをひたすら呪っていた。