「遥先輩、帰ろ」
「おう」

 昼休みに会った時から遥先輩の様子がおかしい。表情が曇ってる気がする。いつもみたいに騒がしいのは通常運転だが、心ここに在らず……的な?


 寮へ戻り着替えると、いつも通り一緒に食堂へ向かい、先に食べている人達に混ざって席に着いた。ちらっと如月の方を見ると、隣に座っていた三波となにかの話で盛り上がっているようだ。いつも通りに振舞っているが、何か考え込んでいる感じがする。……後で部屋でゆっくり話せるかな。


 風呂から上がり部屋に戻ると、いつもベッドに転がっている如月がいない。飲み物を取りに行きつつ探しに行くと、共有スペースの端の方で何やら真剣そうな顔つきで如月と三波が二人で話をしていた。
 二人とも声が通るので、普段は普通に話していても聞こえるのだが、今日は聞こえない。二人の距離は近く、ひそひそと周りに聞こえないように話しているように見える。

 少し遠くからその二人を見ていたが、徐々に如月の顔が赤くなるのが見え、それを見て三波が満足そうにして如月のことを見ている。そこから何故か三波が如月の両手を握り笑い出したので、急いでそっちに向かって走った。握っていた三波の手を振りほどくと、吃驚した顔で二人はこっちを見つめている。

「さ、朔久?!」
「何やってんの」
「あれ、朔久じゃんどしたの」
「遥先輩迎えに来た」

 ソファから如月を立たせ自分の方へ引き寄せると、ニヤニヤと何か言いたげな顔をして三波がこっちを見ている。

「……なに」
「いや~?」

 不服に三波を睨むと見物のようにこっちを見て笑っている。……何なんだこの人。

「じゃ、この人連れて帰るんで」

 そのまま如月の手を握ると部屋の方に歩いて行く。ちらっと後ろを歩く如月の方を見ると、言葉にしにくいなんとも言えない表情をしていた。
 ……何考えてるのかさっぱり分かんねえ。


 部屋に着き二人で中へ入ると、そのまま自分のベッドに三波を座らせた。下を向いていた顔をぱっと上げて何事も無かったかのように笑った顔を見せる。

「点呼だから呼びに来てくれたん? ありがとな」
「遥先輩さあ……、なんか俺に隠してることないですか?」
「な、ないよ」
「じゃあ、ちゃんと目合わせて言えよ」

 今までそんなことされたことないのに、覗き込むようにして顔を近づけるとパッと目を逸らされた。

「俺、何か嫌がることしましたか」
「……」
「遥先輩?」
「……ーーって、」
「はい?」
「……さ、朔久ってさあ、俺のことまだ好き……なの?」
「は? まだって何ですか? ずっと好きですけど」

 何で急に聞いてきたのかさっぱり分からない。だが、如月が言いたげに口を結んでいるのを見て何か自分に言うことがあるんだなと察した。

「何かあるなら言って欲しいんですけど」
「……だって、お前、俺の事好きって言ったのに……」
「言ったのに何ですか」
「今日の昼休み、階段で声かけられた前に女の子と抱き合ってたじゃん……」

 ……はい?女の子と抱き合う?

「誰が誰と」
「だから! 朔久と一緒にいた女の子が! 俺見たもん」
「……え? ああ、違いますよ。あの人同じクラスの人なんですけど、階段降りながら声掛けてきて滑って転びそうになったのを抱えただけです」
「抱えただけ……」
「……もしかして、ずっとそのことでそんな顔してたの?」

 みるみると茹で蛸のように顔を赤らめると目を泳がせている。……なんだよ、それ。そんなんじゃまるでーー……。

 気づいた時には言葉より先に身体が動いていた。
 如月をベッドに押し倒し向かい合うと、上から見下ろすようにして見つめる。

「……遥先輩さあ、今どんな顔してるか分かってる?」
「っえ……?」
「その感じだといいように捉えたくなる」
「……俺、朔久のこと考えるとずっと心臓ドキドキして変な感じすんだよ。どうしてくれんの……」
「俺なんて先輩に出会ってからずっと変な感じですよ。……ってかさあ」

 両手で隠している顔が見たくて手を退けるとゆっくりとこっちに視線を向けた。

「もう言われてるようなもんなんだけど先輩の口からちゃんと聞きたい」
「……っ、俺、さ『点呼来たよー!二人ともいるー?』」

 コンコンと音が鳴り、ドア越しに聞こえる点呼係の声に如月の身体がビクッと跳ねた。

「如月、芦屋います」

 足音が遠のいたのを確認し、再び顔を合わせた。如月の頬がピンク色にずっと染まったままで、ああ、やっぱりこの人は可愛いな、と思わず微笑んでしまう。

 如月から退けて身体を起こし、そのままベッドの上に向かい合って座った。

「さっき楓先輩に両手握られてたけど何やってたんですか」
「まあ、あれは験担ぎというかなんというか……」
「はあ?」
「だって朔久が! ……っ」
「俺以外の人に手握らせちゃダメでしょ」

 両手で包むようにして如月の手を握る。ラケットを握って皮膚が少し固くなっているゴツゴツした男の手でも、自分より小さくて細い。


「俺……朔久が好き。……多分」
「……は? 多分てなに。その保険かけるような言い方しないでくださいよ」
「いやだって……、一緒にいると心地いいからこのままいたいなって思ってたけど、それが好きなのか分かんなかったんだもん。今日ああいうの見たら頭からお前のこと離れなくなってて……。……こんなんもう多分じゃねえよな」
「またそんなこといって……なに、襲われたいの?」
「は?! おそっ、襲われたいのってなに?!」
「ふっ、変な顔すんなし」
「なっ! バカにしてるだろ!」
「してないよ、先輩が俺のこと好きになってくれて嬉しい。ありがと」

 ふわっと如月を引き寄せて、自分の身体の中に閉じ込める。風呂上がりのシャンプーの香りが鼻腔を擽った。

 そろっと手が伸びてくると、申し訳程度に服の裾を掴まれた。もう一度強く抱きしめると背中をトントンと叩かれる。

「……っちょ! 苦しい苦しい!」
「え?」
「え? じゃねえよ!」

 どうしよう、もっと遥先輩が可愛く見える。届いてくれた、嬉しい。……ああ、好きだ。

「あのさ、さっき多分とか言ったけど……ちゃんと朔久のこと好き、だから。その、前言ってたイコール……だから」
「その顔見れば俺のこと好きなんだなって分かります」
「え?! どんな顔?!」
「秘密。でもまあ……、これからも先輩のことドキドキさせるから覚悟しておいて?」
「なっ! ……なんか、朔久ってそんなキャラだっけ……?」
「とりあえず、今日一緒に寝よ」
「は?! なんで?!」
「いいじゃん寝ようよ。ほら、ここ入って。もう点呼も終わったし」

 布団を捲りポンと叩く。眉根を歪ませ少し渋った後に、ゆっくりとベッドに入ってきた。

「……いや、むりだわ、戻る。恥ずい」
「それがむり」
「なっ! おい! なんかその触り方やだ!」
「は? 自分の方に引き寄せただけじゃん。なに考えてんの」
「あ~、もう! むかつく!」

 恥ずかしいとか言いながら、この人正面向いて布団入ってきからね。恥ずかしかったら背向けて入ってきたらいいのに。そういう所だよ、もう。

「これ……」
「ん?」
「ずっと朔久に包まれてるみたいで俺寝らんない気がする」
「まあ抱きしめてるからね。そういう可愛いこと言うのやめてもらっていいですか」
「違う! いや、そうだけどそうじゃなくて!……朔久の匂いに包まれてるってこと、なんですけど……」
「はあ? なんなの?」
「ちょ、苦しい!」
「……だめだ、可愛すぎて無理なんですけど。これからも一緒にいるんだから慣れて」

 引き寄せたまま如月の頭に自分の顎を乗せ背中に手を回す。夜の冷えた空気が部屋に広がっていたので二人で抱き合って寝るには丁度いい温かさだ。

「……あ、そういえば楓先輩のことなんですけど」
「……」
「遥先輩?」
「……」
「……え、言ってた傍から即寝じゃん」

 ……まあ、いいけど。
 少し離れて顔を覗くと気の抜けた顔で既に寝息を立てていた。
 可愛い寝顔を暫く眺めた後、もう一度如月を腕の中で抱きしめて目を閉じた。

 おわり