「これからは堂々とアプローチしてくから、俺のこともっと意識して」
パタンと閉まるドアの音を聞き、芦屋の足音が遠のいていくのを耳で確認しながら暫くそのまま天井を見つめていた。
えっ、と……?朔久が俺のこと好き……?
吃驚してなにも答えられなかった。
…いつから?いつから俺のこと好きだった?全然そんなの意識してなかった。
告われた時のあの精悍な顔つきは今まで見たことがない表情で、思わずドキッと心臓が大きくひと跳ねした。
確かに寮に入居してきた時と比べればかなり距離は近くなったし、懐いてくれていると思う。朔久とは同室であり部活のペアであるから一緒にいることは多い。
……ーーコンコン。
誰かが部屋のドアをノックし、はっと我に返る。
「は、はい!」
「開けるぞ~。あれ、寝てた? これ、寮監が遥に渡してくれって」
「ああ、ありがとう」
「お~」
三波からプリントを受け取ると、まじまじと近くに寄ってきて顔を見つめられた。
「な、なに」
「いいや? 別に」
何か言いたげにニヤッと笑うと、「またな」と言って出ていった。
……なんであいつ笑ってたんだ?
さっきから変な音を上げている心臓を落ち着かせる為に一度大きく深呼吸をする。
「朔久は俺のことが好き……」
口に出したら段々恥ずかしくなってきて頭をぐしゃっと搔きながら首を振った。……ダメだ、余計心臓がうるせえ。
「あれ、頭ぐしゃぐしゃですけどどうしたんです」
「……! なっ、なにもない! っつーか! そんな静かに部屋入ってくんなよ!」
「え? いつも通りですけど。先輩出れます?メシ行きましょ。腹減った」
「お、おう……」
風呂から帰ってきた芦屋がいい香りをさせて部屋に戻ってきた。普段なら絶対に気にならないのにあんなことを言われたからか、やけに淡い髪の香りが鼻腔を通る。
スマホをポケットに入れると二人で部屋を出た。
芦屋の半歩後ろをついて歩く。なんか……さっき爆弾落としていったくせに普通だな?!こっちはどうしていいか分からなくて朔久の顔見られないっていうのに!……ってか、あれ、どれくらいの距離感で隣歩いてたっけ。俺、いつも朔久にどうやって接してたっけ。
「……言っとくけど」
「は、はいぃ?!」
「意識してとは言ったけど、今をどうこう変えるつもりは無いんです。だから、遥先輩は今まで通り俺に接して欲しい。……まあ、意識はして欲しいんだけど。……ふっ」
「なっ! 何笑ってんだよ! こっちはちゃんと向き合おうとーー……」
「いや、そんな顔で見なくても。……先輩さ、俺に言われて嫌だと思わなかった?」
〝ーー……俺、アンタのこと好きなの〟
いつも何食わぬ顔で飄々としているのに、そう問いかけた顔は少し陰鬱なように見えた。あんな真っ直ぐ目を見て伝えてくれて嫌なわけがない。
「そんなこと思わねえよ」
「……そっか。あのさ、好きになってもらえたら嬉しいけど、その〝もらう〟が一方通行じゃなくてイコールだったら嬉しいって俺は思ってんのね。遥先輩自身に、俺のこと思って欲しい」
何を考えているのか分からないと、この間言われていた芦屋は、実はこんなにもはっきりと自分の伝えてくれるなんて誰も思っていないだろう。風呂上がりのせいなのか気持ちを言ってくれた後だからなのか、耳が少し赤く染まって見える。
「……まあ、そうは言っても意識はさせるんで覚悟してください」
「ーーっ! かかってこい、し」
「あ、意識し過ぎて変な行動取るとか部活の時玉打てないで試合負けるとかやめてくださいね? そういうの論外なんで」
「わかっとるわ!」
「ほんとかなあ?」
芦屋はいつもの顔に戻り、半歩後ろにいた如月の腕を引いて自分の隣に並べる。ニヤッと笑う芦屋をじっと睨むと「そんな睨みじゃ俺に効かないよ」と声を出して笑った。
「あ~! また負けた!」
「なんでいつも同じ所でやられんの」
「これさあ~、俺の時だけ敵が強くなってるとかねえ?」
「ねえよ」
朔久に好意を向けられてから幾つか月が過ぎた。関係性は良い意味で良好だ。部活もこのまま頑張れば次の大会は二人で出られそうだし、部屋にいる時も変わらずこんな感じで一緒にゲームをしたり夜更かしをしたりしている。
まあ……ドキッとさせられることは度々あるけど。
芦屋のことを遠くから眺めていた時、今まで気にしなかった体格が思っていたよりがっしりしていて思わずドキッとしてしまったことがあった。Tシャツの裾を上げた時に見える綺麗な線の入った腹筋や、うっすら血管が隆起して見える腕に見とれてしまい、これはやばい、なんてはっとしてしまった。
「なあ、これってーー……」
「ん?」
これは意識するようになってから気がついたことなんだが、朔久はいつも首を屈ませ目線を自分と合わせてくれる。プリントを見せると視線がそっちに動き、下を向けば長いまつ毛が影を落とす。切れ長の目に綺麗な顔が高校生ながらも艶めいて見える。
「……輩?先輩?」
「んあ?」
「んあ?じゃないですよ、なんですかその変な返事。聞いてきたの先輩でしょ」
「ああ、わりい、……っ、なに?」
「いつも頭撫でてくれるからお返し」
「なっ! ……急になんだよ」
「遥先輩かわいい」
大きな手が自分の頭に乗ると、大事な物を優しく触れるように撫でられた。芦屋は満足そうにして微笑むと、自分の教科書に視線を戻す。
口に出して聞くのが恥ずかしいので、可愛いって何だよ!と心の中で叫んでおく。……ほんと、可愛いってなに。
……可愛いのは朔久じゃん。
「あ、そうだ。これあげます」
「お! 俺の好きなやつ! サンキュー! これどうしたん」
「さっき楓先輩とコンビニ行ったらラスイチで置いてあったんですよ。遥先輩が好きなやつだと思って」
へえ……、楓と行ったんだ。二人で行ったの?なんて、零れそうになった言葉を飲み込んだ。あまり懐くこのとない朔久が楓とは相性が良いのか、よく一緒にいる所を見かける。楓とは自分も仲が良いので嬉しくもあるが複雑な気持ちだ。
昼休み、飲み物を買いに廊下を歩いていたら、階段下に芦屋がいるのを発見した。
「さーー……っ、」
名前を呼ぼうとしたその瞬間、ビリビリと背中に電流が流れたみたいに刺激が走り、心臓が大きく跳ね上がった。思わず慌てて来た道を引き返して走る。
「あれ? もう買ってきたん? 俺も今行こうと思ってたんだけど……って、そんな息切らして走ってきてどうした?」
「いや……、財布忘れた」
「遥たまにそういう所あるよな~」
ドッドッと低く変な音で鳴る心臓の音は、思い切り走ったからなのか、朔久を見たからなのか自分でも分からない。
……ーー今、女の子のこと抱きしめてたよな?
女の子が寄ってきてお互いに手を回していたのを確かに見た。今度は三波とその階段前まで歩いて行くと、芦屋と女の子が話をしていた。
「あ、遥先輩」
「お、おう」
女の子が「じゃあ、また後で」と芦屋に向かって言うと、こっちに軽く頭を下げ小走りで行ってしまった。
「楓先輩もいたんですね」
「いたんですねじゃねーよ! 朔久はあの子と何してたん?」
「いや、別になにもしてないです。これから教室戻るところ」
何もしてなくないだろ。女の子と抱き合ってたじゃん!
チクチクと針で刺されたように痛む心臓が早く動いている気がして上手く呼吸が吸えない。
「遥先輩?どうしました?」
「……っえ?」
芦屋の顔が近づいてきて不思議そうな顔をして覗き込んでくる。思わず一歩後ろに引くと目を見開いた。
「あ、いや……なんもない! 俺ら自販機行く所だったから! 朔久、また後でな!」
「……? はい……」
三波の背中を押すと逃げるようにして芦屋から離れた。嫌な態度じゃなかったかなとか、ちゃんと目を見て朔久と話したっけとか、ぐるぐる頭の中で混ざりあって濁った色を出している。
「遥さあ~」
「な、なに」
「何かあった?」
「え?!なんで?!」
「顔に出てるから」
「……何が出てる?」
「何がとは言わんけど……、ひとりで悩んで潰れるなら言ってな~」
楓にもしかしてバレてる……?なんて思いつつも「ありがとう」とだけ伝えると買ったコーラを勢いよく飲んだ。