「遥先輩、帰ろ」
「うおっ! 汗かいてるからくっつくなよ!」
「えー? 汗かいててもいい匂いしますよ」
「そういうことじゃねえわ!」
「あ~、またやってるよ。如月遥、芦屋朔久ペア」
「部活もペアで寮も同室でずっと一緒じゃんね」
「あいつらほんと仲良いよな~」
部活が終わり制服に着替えると、二人で部室を出る。まだ暑い日はあるが夏がやっと落ち着き始め、朝晩は心地の良い風が吹くようになった。
如月はバッグからペットボトルを取り出してキャップを開けると、スポーツ飲料を流し込む。ゆっくりと上下に動く喉仏を横目で見つめていると、自分の喉が勝手に鳴った。
「っぷは~! 今日も動いた動いた! あ~、腹減ったな~」
「コンビニ行く?」
「いや、すぐメシの時間じゃん」
「じゃあ、夜更かし用のお菓子買いに行きませんか」
「え、夜更かしすんの?」
「だって明日久々にオフじゃん。どうせ一日ヒマでしょ」
「どうせって言うなし!」
すぐに着いてしまう寮までの道のりを、わざと理由をつけて少し遠回りをする。なんだかんだいつも自分の我儘に付き合ってくれるので遥先輩は優しい。一緒に夜更かし出来るのは同室の特権だ。
「朔久、今日めちゃくちゃ良いプレーしてたな! ちゃんと練習が結果に繋がってて凄いな!」
「遥先輩だって、あの絶対取れない位置に落ちてきたボール取れたの凄かったですよ」
「あれは俺も取れてスッキリした! 朔久とだと俺もいける! って思って頑張れるんだよな~! ほんと、朔久とペアでよかった!」
「……これからも頑張ります」
「お~? 朔久くん照れてる?」
「うるさいなーー……。置いて行きますよ」
「なっ! 俺がついて行ってやってんのに!」
……そりゃあ、どうにか頑張らないとアンタの隣にいられなくなっちゃうじゃん。俺は離されないようにずっと必死だっつーの。
「……まあ、そんなこと言わないけど」
「ん? なんか言った?」
「なにも言ってないです。先輩、俺アイス食べて帰りたい」
「俺も今食べたいと思ってた!」
〝あいつらほんと仲良いよな~〟
そうだよ。仲良いでしょ、俺ら。でも〝仲がいいだけの関係〟じゃなくて、その先に進んで遥先輩といたい。
「俺、これにする」
「あー! 俺も! これうまいよな!」
基本的に他人に興味がないし、人付き合いは得意な方ではない。自分のペースで波音立てずに過ごすのが一番。そんな自分がまさか誰かに興味を持って惹かれるなんて、正直一番驚いているのはこの俺だ。
「ねえ……。高校生なんだからアイスで口元汚さないで下さい」
「え、ついてる?どこ?」
「こっち向いて」
何食わぬ顔でこっちに寄ってきて、グッと近くなる距離に思わず心臓がトクトクと小さく音を鳴らす。手で口元に優しく触れ、拭うと「ありがとな」と満面の笑みを浮かばせた。
……こっちの気も知らないで、そんな可愛く笑わないでくれ。
さて、貴方は俺が抱いている彼に対しての好意にお気づきかと思うが、この人は好意を向けてみても全くと言っていい程関心がないのだ。っていうか、全然気がついていない。
挙句の果てには、この間「大型犬みたいでかわいいな~!」と言われ頭を撫でられた。
気がついて欲しい。遥先輩が欲しい。俺だけを見て欲しい。
出会って数ヶ月、人に対してこんなに欲が出ると思わなかった。