「ああ、演技の練習に没頭していたらお腹空いたよ。あ、美味しそう」

  梅奈が共同スペースであるリビングの椅子に腰を下ろしながらテーブルの上にある料理に視線を落とす。

 「梅奈ってばまた、死体役なの」

  わたしは梅奈の顔にまだ付いている血糊に視線を向けクスクス笑う。

 「そうだよ。不本意だけどね……って、奈子ってば笑ったな」

  梅奈は真っ赤なケチャップがかかっているオムライスをスプーンですくって、大きな口を開けて食べた。

 「う~ん、美味しいな。懐かしさとふわとろの組み合わせ最高!」

 「ありがとう。さて、わたしも食べるぞ」

 わたしもオムライスをスプーンですくい口に運ぶ。

  鶏肉と玉ねぎとピーマンを炒めケチャップで味付けしたチキンライスはほんのり甘くてなんだか懐かしくて、卵はふわふわでとても美味しかった。

 「我ながら最高のお味だよ」

  満面の笑みを浮かべるわたしに梅奈は「あはは、奈子ってば自分で作ったオムライスを褒めてるよ。でも、これ美味しいね」と言いながらオムライスを口に運ぶ。

  わたしと梅奈とそれからタマにゃんの夕飯はいつも賑やかなのだ。因みにタマにゃんは好物のかつお節入りの缶詰を幸せそうな表情で食べている。


「ねえ、奈子。わたし達いつまでもおバカな話が似合う大人でいたいね」

「え?」

「もう三十歳だから結婚しなきゃとかそんなこと考えたくないでしょ? 貧乏でも楽しく気楽に生きたいな~って言ってもいつかビックな夢を叶えたいけどさ」

梅奈はオムライスを頬張りながら言った。

「うん、そうだね。梅奈ちゃんは死体役でビックなスターになりなよ」
「え~! 死体役でビックってちょっと嫌だな~」

髪と顔にまだ血糊が付いたままぷくっと頬を膨らませてやっぱりなんだか可笑しくて可愛くもありわたしは笑ってしまう。

だって、オムライスのケチャップと血糊の色がそっくりなんだから。

わたしはうふふと笑いながらでも、ちょっと涙が零れそうになった。

「奈子、我慢しなくていいんだよ」

ふわりと優しい声がわたしを包む。

「え? 何のことかな?」
「何かあったでしょ?」
「あ、うん……大したことじゃないけどね」
「わたしで良かったら話してよ」
「……うん、ありがとう。実はね……」
 

「わたし派遣社員でコールセンターの仕事を辞めたあと飲食店でアルバイトをしていたでしょ」

「うん、奈子はほっこり笑顔が似合うおばあちゃんの飲食店で働いているよね。あのおばあちゃんの肉じゃが定食じゃがいもがほくほくしていて美味しかったな」

梅奈は肉じゃがを思い浮かべているのかほくほく顔になっている。しかも今にでもヨダレを垂らしそうな顔になっている。

「あのおばあちゃんの定食屋閉店しちゃったんだ……」

「ヘ? 閉店したの!! どうして」

「おばあちゃん息子さんと同居することになったんだって。それで、お店を畳んで息子さんの住んでいる大阪に行くことになったの……」

わたしはおばあちゃんの笑顔や美味しい料理にそれを食べるお客さんの幸せそうな表情を思い出し涙が出そうになる。

「そっか、なんだか寂しいね……」

梅奈もしょぼんとする。

「ほんと寂しくて悲しいんだよ。おばあちゃん閉店の日、奈子ちゃん短い間だったけどありがとう。そして、ごめんなさいねって謝るんだよ……」

「奈子……もうあの料理食べられないんだね」

「うん。それで、閉じたシャッターに『閉店の挨拶になります。三十年間ありがとうございました。店主』と書かれた貼り紙があるんだよ。それを見るとこの定食屋はわたしが生まれた時からあったんだなって。しみじみとした気持ちになったんだよ」

わたしはおばあちゃんの定食屋に貼られているあの『閉店の挨拶』の貼り紙を思い出しなんとも言えない気持ちになった。

コールセンターの仕事で精神的に疲れていたわたしは、店先に今時レトロな『アルバイト募集。ほっこりご飯のお店で一緒にお客さんをお出迎えしませんか』と書かれた貼り紙があり、これだ! と思い応募した。そしたら次の日から勤務することになった。

コールセンターでお客さんからの苦情ばかり受けへとへとになっていたわたしは、おばあちゃんの柔らかい笑顔と料理にそれからお客さんの美味しかったよと、言葉に救われた。

そんなおばあちゃんの定食屋はもうない……。

「ねえ、奈子。わたしの前では我慢しなくてもいいんだよ。ほら、一緒に泣こうよ。そして、笑おうよ」

梅奈はそう言ったかと思うと涙をぽろぽろ流した。

「ち、ちょっとどうして梅奈が泣くのよ」

わたしの頬にも涙が伝っていることに気づく。もう、梅奈ってばどうしてそんなに優しいのよ。

「えへへ、なんか涙が零れちゃった。ねえ、奈子笑って泣いてご飯を一緒に食べようよ。わたし、料理下手だけど今度肉じゃが作るよ」

梅奈はそう言って血糊がべったりくっついたままのほっぺたに涙が伝って赤く染まった。

それからしばらく梅奈はわーっわーっと泣いた。

わたしも梅奈の涙につられ泣いた。悲しさと可笑しさにそれとなんだか嬉しくて泣いた。

おばあちゃんはきっと、息子さんと暮らせて幸せなはずだ。

だから、泣いた後はまた笑おう。

もう、梅奈と一緒にいると楽しくてたまらないよ。友達から親友になったそんな気がした。

でも、恥ずかしいから親友だよなんて言えないかな。

「梅奈の肉じゃが楽しみにしているからね」

「うん、楽しみにしてるよ」

「よし、めちゃくちゃ美味しくてマズイ肉じゃがを作るぞ」

梅奈はぐふふと笑いながら腕まくりをした。

「美味しくてマズイ肉じゃがて何よそれ」

わたしと梅奈は顔を見合せ笑いながら泣いた。


タマにゃんも泣き笑いしているわたし達を見上げにゃんと鳴いた。

梅奈にタマにゃんこれからもよろしくね。