「ん?後ろにいるのは誰?」

 男がこちらを覗き込もうとしてきて、結斗は慌てて斗葵の背中に顔を隠した。
 だって、こんな表情見られたくなかったから。
 絶対、酷い顔をしてる。
 何で泣きそうになってるのか突っ込まれたら、うまく答えられる気がしなかった。

 「友達?」

 また言われた言葉にギュッと斗葵の制服を掴む。
 でも、次に聞こえてきた声に結斗は思わず顔を上げてしまった。

 「違うよ。その子は斗葵の特別」

 その声の持ち主は結斗のことを"友達?"と言った女の子だった。

 「でしょ?」

 女の子はどこか確認めいたような表情で斗葵に聞く。
 その質問に斗葵は首を縦に振ったのだ。

 「そう。特別」

 (特別……)

 結斗は単純な性格だ。
 だから、その言葉だけで落ち込んでいた気分がじわじわと高揚していく。

 「やっぱり!斗葵が名前呼ぶ姿を初めて見たから」

 「な、まえ?」

 女の子はにっこりと笑うと斗葵を指差した。

 「こいつ、皆んなのこと苗字でしか呼ばないの」

 それを聞いて、結斗は首を傾げた。

 「でも、さっきトモって」

 「あー。俺、友原(ともはら)って苗字だからトモって呼ばれてんだ。そう言えば、他の陸上仲間も苗字呼び関係だったな」

 それを聞いて結斗は目を瞬かせた。

 「俺、だけなの?」

 どこか信じられない気持ちで問うと、斗葵は少し照れたように頷いた。

 (俺だけ、名前呼び)

 結斗は先程まで行われてたやり取りを思い返した。
 じわじわと胸が温かくなり、それが頬まで伝達する。

 「おお、顔が真っ赤だね。かわいい」

 女の子の声に結斗は恥ずかしくなって、両手で顔を隠す。

 「えっ、まじでかわいい」

 「おい、来んな」

 斗葵が女の子を静止する。

 「ちょっと、少しくらいいいじゃん!こんなピュアな男の子と会うのなんて久々なんだから、萌えを摂取させてよ」

 「……何意味分かんないこと言ってんの?」

 「分かんないならいい。結斗くん、こっちにおいで」

 「おい、呼ぶな。来んな」

 「嫉妬深い男は嫌われるよ」

 「っ、それは……」

 嫌だと言うように押し黙る斗葵。
 結斗はその反応に期待してしまう。

 (もしかして、斗葵も俺と同じ感情を少しは持ってくれてるのかな?俺のことを少しでも意識してくれてるのかな。)

 斗葵をじっと見ていると、トントンと肩を叩かれた。
 叩いた主を見ると、思いの外近くにいたのでギョッとしてしまう。

 「ねえねえ、結斗くんは気になってる人いるの?」

 「へっ?!」

 結斗はまさか友達ではない人からそんなことを言われるとは思っていなかったので、つい素っ頓狂な声が出てしまった。

 「この反応はいるなー!どんな人?」

 「えっ、やっ……その」

 問い詰めてくる女の子に結斗がタジタジになっていると、斗葵がイラついた声を出した。

 「おい。いい加減にしろ」

 その声に肩をすくめると女の子は無害ですよとアピールするように両手を上げた。

 「はいはい。邪魔者はもう消えますよ」

 女の子はそういうとトモを引き連れてサッサっと帰って行った。。
 トモはもう帰るのかと戸惑っていたが、女の子が強引に連れ去って行った。

 結斗は唐突に終わった斗葵たちの再会に困惑したが、当の本人はいつも通り落ち着いていた。

 「じゃ、俺らも行こ」

 「え……あっ、うん。……ね、もっと話さなくて良かったの?」

 歩き出した斗葵の横で聞くと、彼は迷うことなく答えた。

 「いいよ。結斗との時間のが大事だし」

 「そう、なんだ」

 結斗が照れて下を向くと、斗葵が先程の話題に触れてきた。

 「なあ、結斗の気になってる人って誰?」

 「え?」

 「俺に言える人?言えない人?」

 「それは……」

 結斗が言葉を濁すと、斗葵はなぜか嬉しそうに笑った。

 「そっか。その反応は期待していいのかな」

 「え?」

 結斗は思わず立ち止まった。
 すると、斗葵も足を止める。

 「……それって」

 (どう言う意味?)

 聞いてもいいのだろうか。
 でも、もしこれで違うと言われたら……自惚れだったら……。
 そんな不安な気持ちが渦巻いて、結局斗葵の家に着いても言葉にすることはできなかった。