「あれ、斗葵じゃん」

 その声に反射するように振り返ると、 少し離れたところに女の子が自転車をひいていた。

 「おっ!久しぶり」

 斗葵は女の子に気付くと片手を上げる。
 女の子も片手を振り返すと、こちらに駆け寄ってくる。

 (同中かな?)

 結斗はこれから始まるであろう会話の邪魔しないように離れようと思った。
 でも、足を進めようとしたら手首を掴まれたのだ。

 「どこ行く?」

 斗葵は慌てたように聞いてきた。

 「え?あそこ」

 近くの電柱を指差す。

 「あの子とお話しするでしょ?あそこで待ってようかと思って」

 「あっ、何だ」

 斗葵はホッとしたように肩の力を抜くと手を離した。

 「どうしたの?」

 「先に行っちゃうのかと思った」

 そう言われてハッとする。
 てっきり、そんなに話すのは時間がかからないと決めつけていたが、久しぶりに会うのだからゆっくり話したいに決まっている。

 (……俺、邪魔じゃん)
 
 結斗は近付いてくる女の子を見ると、奥歯を噛み締めた。

 (斗葵もいつか、女の子とデートするのかな……)
 
 そう考えた途端、胸が苦しくなった。
 想像しただけで、鼓動は一気に速くなり唇を噛み締めてしまう。

 (……嫌だ)

 嫌な音を立てる心臓。
 そこを一瞬抑えるように手を握りしめると、視線を下げた。

 (……でも、俺がいたら、ほんと邪魔かもしれない……)

 斗葵が離した手を見つめながら、結斗は平素を装いながら本当は言いたくない言葉を口にした。

 「……俺、帰ろうか?」

 1人で帰りたくない。
 斗葵と一緒にいたい。
 女の子の方に行かないで欲しい。
 俺の方を選んで欲しい。
 ごちゃごちゃした感情がとめどなく湧いてきて、息がしにくかった。
 でも、これはただの結斗の我儘だからは心に秘めた。
 自分のせいで斗葵の交友関係を狭めたくないし、そもそもそんな資格が結斗にはない。
 そんな我儘が許されるのは"恋人"だけだ。
 知らず知らずのうちに結斗は胸に置いた手を再び握りしめていた。
 それに気付いたのか斗葵は落ち着かせるかのようにそっと触れてきた。