『結斗ー』

 先輩から名前を呼ばれた結斗は読んでいた漫画から顔を上げた。
 結斗は先輩が勧める本を読みに休日の今日、遊びに来ていた。
 向かいに座る先輩は結斗が見やすいように見ていた雑誌を机に広げたので、壁にもたれていた背中を起こす。
 雑誌には最近、始まったばかりの母と姉がハマっているドラマについて記載されていた。
 恋愛ドラマの内容にちなんで、俳優のタイプについて書かれている。
 バーっと軽く流し読みすると、結斗は雑誌から目を離した。

『これが何ですか?』

 結斗が質問すると、先輩は雑誌に載る1人の若手女性俳優を指差した。

『この女優可愛くない?』

 結斗は芸能界に疎い。 
 大して興味も沸かないから顔も名前も覚えられないくらいに。
 でも、流石にこの女優俳優は最近よくテレビに出演している姿を見かけるので結斗でも見覚えがあった。

『……可愛いですね』

 とりあえず、先輩の言葉に相打ちを打つ。
 結斗自身は女性俳優のことを可愛いとは感じなかった。
 "人気爆発"という紹介文から世間一般では可愛いという評価になるのだろうと察したから肯定しただけだ。

『だよなー。ほんと、付き合える人が羨ましいよな』

(羨ましい?)

 続く言葉には、"はい"と答えるのが普通なんだろう。
 でも、結斗は何も答えれなかった。

(こ、の人と?)

 だって、結斗は微塵も思わなかったから。
 この女性俳優と付き合いたいとは。

 (俺は、この人じゃなくて……)

 そう感じた瞬間。
 結斗はようやく気付いた。

(ああ、そうだったんだ……)

 結斗はそっと先輩の横顔を見つめた。 

 (胸が、ドキドキする)

 ずっと憧れの人だから緊張しているんだと思ってた。
 でも、きっとこの胸の高鳴りはそれだけじゃない。
 先輩に憧れや尊敬の気持ちだけを向けているわけではないと、結斗はようやく気付いたのだ。

(俺は、先輩が好きなんだ。……先輩と、付き合いたいんだ……)

 先輩のことが好きだから、こんなにときめいてるんだ。

 そう気付くと、同時に納得する部分があった。
 道理で男友達との恋バナに共感できなかったはずだ。

『ん?どうした』

 先輩と視線が合うと更に胸がドキドキして、息が少し苦しくなった。
 思わずギュッと胸を握りしめる。

『……先輩がかっこいいなーっと思って』

 結斗が素直に気持ちを伝えると、先輩はポカンと口を開けて笑った。   

『急になんだよ。結斗はかわいいな』

 頭をわしゃわしゃと撫でてくる先輩。
 その仕草が嬉しいけど、結斗は少し泣きたくなった。
 だって、自分が恋愛対象として見られていないって実感するから。
 先輩は奥手。
 好きな人に積極的にアピールすることができない人だから……。
 消極的な行動を示されてないから、先輩にとって結斗は《《恋愛対象外》》であるといわれてるものだ。
 ただの部活の後輩。
 仲の良い可愛い後輩としか思われてない。
 でも、ショックを受けると同時にホッとする気持ちもあった。
 《《そう》》思われてるなら、この感情の意味がバレることはないって。
 だから、言っても大丈夫なんじゃないかと思ったから下げていた視線を上げたのだ。

 結斗はジッと先輩の目を見つめると笑いかけた。

『先輩』

『ん?』

 結斗は緊張してることを表情に出さないように意識した。
 態度に出してしまえば本気で言ってるのだと捉えられてしまう。
 気を抜いてしまえばすぐに顔に出てしまうことが分かってたから、平素を装うことに集中した。

『俺ね、先輩が好きだよ』

 先輩が結斗のことを何とも思っていないから口にできた。
 同姓同士でも恋に落ちることを知らない、異性愛者だから伝えられた。
 だって、それならこの気持ちも《《本気》》だと思われないと分かってたから。

 でも、次の言葉を聞くとやっぱり傷付いた。
 
『おおー、俺も好きだぞ』

 その言葉に結斗は泣きたくなった。
 恋愛感情としてなら嬉しくて仕方がない言葉。
 でも、これは友情としての好きだから嬉しいよりも切ない気持ちの方が大きかった。
 本気の告白をするなら本当の意味を伝えるべきなのだろう。
 俺の好きは友情ではなく、《《恋愛感情》》ですと。
 恋しているのだと。
 でも、結斗にはそこまでの勇気はなかったから逃げた。
 今までの関係が崩れてしまうと考えると怖いから。
 ただでさえ、男同士なのだ。
 生理的に受け止められなくて"気持ち悪い"と言われたら、侮蔑的な言葉を投げかけられたら……。
 想像だけで胸が張り裂けそうなほど辛かった。
 だから、結斗は本当の気持ちを伝えなかった。
 嫌悪されたくないから。
 結斗は、逃げたのだ。

『ありがとう、先輩』 

 そっと先輩の手を外すと結斗は今できる精一杯の笑顔を向けた。

『おう』

 笑う先輩から結斗はそっと体を離した。
 こうして、結斗の初めての告白は本気にされないまま終わったのだ。