結斗は人見知りだ。
 だから、登校初日で友達が出来たのはこれが初めて。
 嬉しくて顔がニヤけてしまう。
 きっと、気持ちの悪い笑みを浮かべてるんだろうなと思う。
 高校でも暫くは1人で過ごす可能性が高いと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。

「……かわいい」

「えっ?」

 呟くような声だった。
 目の前から聞こえてきた気がしたが、気のせいだろうか。
 どこからか聞こえてきた声に反応するように結斗はキョロキョロする。
 男の自分に斗葵がそんなこと言うわけないし、ここは家ではないのだから"かわいい"と言ってくる人はいないはずだ。
 それに、そもそも自分に言われた言葉とは限らない。
 結斗は自意識過剰に反応してしまったことを恥ずかしく思って俯くと、机をトントンと叩かれた。
 
「どうした?」

 首を傾げる斗葵につられるように首を傾げる。

「んー……なんかかわいいって聞こえた気がして。……でも、自分のことかなーって……勘違いしちゃったから、恥ずかしくて」

 視線を戻すと、何やら斗葵が口元を覆っていた。

「斗葵?」

「あっ、いや……まさか口にしてるとは思ってなくて。悪い」

 それを聞いて目を瞬かせる。

「……斗葵が言ったの?」

「ああ……結斗がかわいくてつい」

「俺?」

 コクリと頷いた斗葵。
 結斗は改めて斗葵が自分に対して"かわいい"と思ってくれたことを自覚すると、じわじわと頬に熱が溜まっていく感覚がした。

「悪い。男なのにかわいいって言われて、いい気はしないよな」

 結斗はその言葉に即答するように答えていた。

「嫌じゃない」

 首を振る結斗を斗葵はじっと見つめてくる。

「だって、褒め言葉でしょ?」

「ああ」

「なら、嬉しい」

 結斗が笑うと斗葵は口元を緩めた笑い方をした。
 穏やかな笑みだ。

「良かった……」

「斗葵もかわいいよ」

「……んー、俺はかっこいいのがいいな」

 斗葵は苦笑しながら少し姿勢を崩す。
 椅子の上に両手をクロスさせると、少しもたれるように前屈みになる。

「もちろん、かっこいいよ。かわいいって言われるのは嫌?」

「どちらかというと嫌かな」

 斗葵の表情から察するに、あまり言われたくなさそうだった。

「そーなんだ。じゃー、これから斗葵にはかっこいいって言おうと」

「これからも言ってくれるんだ」

 結斗は大きく頷く。

「ありがとう。なら、俺はかわいいって言おうと」

 結斗の言い方を真似する斗葵。

 それに対して、

(かわいい)

 とまた思ったのは内緒だ。

「ありがと」

「おう」

 結斗が笑うと、斗葵は頭をぐちゃぐちゃにするみたいに撫でてきた。
 その仕草がふと、先輩のことを思い出したけどあの時のように苦い感情はなかった。
 今は心地良い感情が胸を占めている。
 その感情に浸っていると、9:00を知らせるチャイムが鳴り響き、若い男の先生が教室に入ってきた。
 先生は黒板に山本 一博とチョークで書くと、席に座る生徒を見渡して朝の挨拶をした。
 それに対してまばらながら結斗たちが返すと、先生は嬉しそうに目尻を緩めた。

「今日は入学おめでとうございます。このクラスの担任になった山本《やまもと》一博(かずひろ)です。生徒からは山ちゃんと呼ばれてることが多いです。皆んなは山ちゃん先生でも山本先生でも好きなように呼んでください」

 山ちゃん先生は軽く自己紹介をすると、この後体育館で行われる入学式の流れについて一通り説明を始めた。
 説明を終えると、時間がないのかすぐに廊下に名簿順で並んで入学式に参加することになった。