恋人なのはこの場だけ

「もしかして、俺以外に候補っていたりするのか?」

 柳君のことを気遣っての申し出だったのだが、僕の思いとは裏腹に彼の視線は不安そうに揺れている。

 質問の意図と表情の意味をとっさに理解できず、こてんと首を傾げる。少し考えて、一つの考えが頭に浮かんだ。

『柳君は姫ちゃんに好意を寄せているのではないか』

 姫ちゃんのために恋人のフリをすると決意したのに、やる気を削ぐどころか、せっかくのチャンスを失うような言葉を突きつけられては不安になるのも無理はない。

「候補はいないけど。でも無理強いするつもりもないよって伝えたくて!」
「いないなら迷う必要ないだろ? 俺と行く――それでいいよな。それとも虎太郎は俺と行くの嫌?」

 捨てられた子犬のようない目で顔を覗き込まれ、ドキッとする。
 これ以上見たら顔が赤くなってしまいそうで、顔を背ける。

「い、嫌じゃないよ! 柳くんが嫌じゃなければいいんだ」
「ならいいや。それより、さっきから気になってたけど、なんで俺のこと柳君って呼ぶんだ? 前は隼人君って呼んでたじゃないか」
「でももう十年くらい前のことだし……迷惑かなって」
「何年前だって関係ない。俺が虎太郎のこと迷惑だなんて思うわけないだろ」

 そう言って柳君、もとい隼人君は僕の背中をベシベシと叩く。小学生の時もそうだった。
 変わらぬ態度に嬉しさを感じつつ、成長と共に増した力が少しだけ痛い。

 すると横で見守っていてくれた加藤君が隼人君にピシャリと言葉を放った。

「柳、虎太郎を虐めるなよ」
「いきなりなんだよ、加藤」
「俺と虎太郎が話してる時に割り込んできたのはお前だろ……。虎太郎はお前の友達みたいに体格良くないんだから、もっと気を遣えよな。姫ちゃんがいたら投げ飛ばされた上で虎太郎接近禁止令が出てたところだぞ」
「っ! 悪い、虎太郎。痛かったか?」

 隼人君はハッとして、僕の背中を摩り始める。

「大丈夫だよ。姫ちゃんもそんなことじゃ怒らないから安心して」
「いや、姫ちゃんなら絶対する。ジュースを賭けてもいい」

 加藤君は真顔で断言する。
 もしこの台詞を吐いたのが彼でなければ、それこそ姫ちゃんの怒りを買うことになったであろう。

 加藤君の場合は、彼にとっての妹と、姫ちゃんにとっての僕を同列に扱うことが多々ある。
 この言葉も姫ちゃんを揶揄う意図は一切ない。むしろ怒って然るべきだとさえ思っている。

 姫ちゃんもそれを理解しているからこそ、明日の加藤君にジュースを要求することはない。……隼人君には無言で手を伸ばしそうな気がしなくもないが。

 簡単に想像できてしまうあたり、僕の中の姫ちゃんもなかなかに過保護なのかもしれない。過保護に拍車がかかる要因はいくつもあり、僕も周りも慣れすぎてて普段は気にならないが、そろそろ姫ちゃんからの卒業も本格的に考えた方がいいのだろう。