恋人なのはこの場だけ


「姫ちゃんの誕生日だから姫ちゃんがいいって言うなら無理にとは言わないけど、本当にこれでいいの? 夏休みにバイトのシフト増やしたから遠慮しなくて大丈夫だよ?」
「わたしが今さら虎太郎ちゃん相手に遠慮なんてするはずないでしょ」

 真顔で返され、まぁそうかと納得する。
 姫ちゃんと僕は実の姉弟みたいなものだ。姫ちゃんにとっては実のお兄さんである猛兄ちゃんよりも僕の方が姉弟みたいだとよく言われる。

 中学に上がったばかりの頃は従姉妹にしては距離が近すぎると嫉妬されたものだが、一ヶ月とせずに『そういうもの』として納得してくれた。

 中学でも高校でも『鬼瓦キョウダイ』と言えば姫ちゃんと猛兄ちゃんではなく、僕と姫ちゃんのことを指すほどだ。先生の中にも僕達が姉弟だと勘違いしている人は多く、二年生に上がった頃は名簿を見て首を傾げている先生もいた。

 小田虎太郎と鬼瓦姫香で出席番号が近いというのも勘違いされやすい原因である。
 まぁ僕自身も『鬼瓦弟』と呼ばれ慣れているので、不便に感じることはないのだが。

「でもこのリボン、ただのアクセサリーにしか見えないよ?」
「ただのリボンじゃないわ。喫茶『みぇるふぇん』でもらえる幸運リボン。これを手にしてから推しのライブ当選しました! とか長年片思いしていた人と付き合えました〜って意見がたくさんあるの!」

 姫ちゃんは興奮した様子でスマホの検索画面を突き出してくる。『幸運リボン』で検索をかけた画面にはたくさんのご利益コメントが寄せられている。

 中には姫ちゃんの推しているアイドルグループのファンのコメントも。
 推しカラーのリボンをゲットした直後に、一番いい席が取れたって書かれてある。

「なるほど。紫のリボンが当たるまで、対象商品を食べたり飲んだりすればいいんだね。いつ行こうか」
「わたしは行かない。それからランダムな上、対象商品は一つだけだから当たるまで通って」
「僕一人で行くのはちょっと……」

 喫茶『みぇるふぇん』は駅前にある喫茶店だ。度々雑誌にも載っているらしく、休日は行列ができるのだとか。実際に行ったことはなくとも名前だけは知っているほどの有名店だ。

 名前の感じからして、ファンシーな店なんだろうな~と思っていたが、リボンを見て確信した。姫ちゃんと一緒ならともかく、そんな店に男子高校生が一人で行くのはいささか荷が重い。

「わたしじゃなくて隼人と行ってきて」
「ハヤト君って、二組の柳君のこと?」
「そうそう、その隼人。隼人、今日は男子水泳部休みみたいだから、放課後二人で行って来て」

 小学三年生の頃、隼人君が隣の市に転校するまではよく一緒に遊んだものだ。

 高校の入学式で名前を見つけた時は懐かしさもあった。だが遠くに見つけた彼はキラキラしていて、平凡な僕ではとても声をかけられなかった。

 仲良くしていたのは何年も前のこと。
 友人として声をかけることすら烏滸がましい気がして、話題に出す時ですら『隼人君』と呼べずにいる。

 そんな相手と二人で出かける勇気はなかった。なんとか断るための理由を探す。

「で、でも僕、柳君とは高校入ってから一回も話したことないし」
「今日話せばいいじゃない」
「柳君も僕と二人とか気まずいかもだし、部活ない日に僕なんかと一緒に過ごすの嫌だと思うし」
「そんなことない。絶対ない」

 姫ちゃんは即座に否定する。だが柳君は学年どころか学校すら超える人気者だ。
 おしゃれ女子の姫ちゃんなら話があっても、平日も休日も本と見つめ合っている僕は数分が限界。

 選択科目が少なかった一年生の頃なら授業の話題で話が続けられたと思うが、二年生になってからは文系と理系で授業内容が全く違う。加えて柳君とは芸術選択も体育選択も被っていないため、当たり障りない話題が封じられる。

 学校の人気者と気まずい時間を過ごすくらいだったら、ファンシーな喫茶店に男一人で行く方がマシだ。隣に姫ちゃんがいると思えばいいだけ。

「話してるうちに、一人でも大丈夫かな~って気がしてきた」