その後も、一進一退の攻防は続いていった。1セット目を先取した夕陽ヶ浜学園だったが、2セット目を取られ、セットカウントは1対1。迎えた第3セットは、デュースを繰り返して、30点台に乗る大接戦だった。空はもちろん、織田や斉藤など、スパイカー陣の体力はもはや限界に近かった。なんとか、セットを取って、セットカウントを2対1にしたものの、4セット目を戦うには、またさらに体力が必要だ。

「小柳!」

 顧問が翔太を呼んだ。レギュラー陣の輪の中に入っていくと、顧問が言った。

「次、お前で行くぞ。」
「え?」
「織田の足が攣った。このセットで勝負がつけばいいが、フルセットに持ち越すことも考えられる。それを見越して、織田は次のセットベンチに下げる。お前が行け。」
「・・・でも!」
「小柳。」

 いつでも準備は出来ていると思っていた。織田からレギュラーを奪い取ってやろうと思っていたこともあった。でも、織田にとってこの大会は高校生活最後の大会。こんな形で後輩に譲るのは、不本意に違いない。そう思って、戸惑う翔太に驚くことに織田が声をかけた。はっとして、そちらを向くと、苦痛に顔を歪めながら、織田はまっすぐに翔太を見ていた。

「お前なら出来るよな。次のセットで勝負、決めてこい。俺に余計な同情するな。」

 嫌味でもなんでもないと分かってしまった。織田は、翔太のことを認めてくれている。翔太ならできると信じてくれている。涙が出そうだった。絶対に、この人の思いを無駄にしてはいけないと心に誓った。

「翔太、やれるよね。」

 気付かないうちに空がすぐそばに立っていた。肩に手を置いて、翔太をじっと見つめていた。ここまで求められて、「できない」なんて言えるはずがない。もう、覚悟は出来ている。このセットで決める。絶対に。

「やれます。俺に行かせてください。」
「よし!小柳、一人じゃないからな、みんなで戦うぞ。」

 高山が翔太の背中を強く叩いた。それと同時に、全員で円陣を組む。フルセットにもつれこめば、いよいよ勝敗が分からなくなる。勝負を決めるならここしかない。絶対に。ここで勝負を決める。

 第4セットが始まった。翔太は、春高の決勝という大舞台で、初めてリリーフサーバーとしてではなく、スターティングメンバーとしてコートに立った。不思議と緊張はしなかった。ただ、自分にできることを全力でやるだけだと、自分でも驚くほどに冷静だった。試合開始から激闘を繰り広げてきたレギュラー陣は、体力の消耗も激しい。この中で、一番体力が有り余っているのは翔太だ。誰よりも、コートの中を駆けずり回ろうと決めた。

 翔太にとって、大きな夢が一つ叶った瞬間でもあった。アクシデントとはいえ、夢にまで見たこの大舞台で、憧れ続けた日下部空と同じコートに立つことができた。リリーフサーバーではなく、スターティングメンバーとして、共にコートに立つことができた。後はもう、前を向いてこのセットを取るだけだ。

 もう後がない相手は、序盤から全力で攻めてきた。このセットを夕陽ヶ浜学園が取れば、相手の負けが決まってしまう。相手にとっても絶対に負けられない大切なセットだ。気迫も一段と伝わる。でも、こちらも負けていない。

 空のスパイクは先ほどから何本も決まっているし、ブロックも調子がいい。そう簡単に点は取らせない。長いラリーが、ずっと続いていた。相手もこちらも、選手たちは肩で息をしている。

 翔太も空ほどの決定率はないものの、スパイクで得点を取り、守備でも何度もボールを跳ね返した。絶対に一本で落としてなるものかと、とにかく縦横無尽に走り回った。無我夢中だった。空のプレーをこの目に焼き付けたい。あの日見たたった一つのプレーで、翔太の人生は大きく変わった。そんな大きな影響を与えた日下部空と一緒にバレーボールが出来るこの時間を、大切にしたい。

「翔太!ナイス!」

 空も楽しそうだった。それが嬉しかった。汗をいっぱいかきながら、肩で息をしながら、それでも空は楽しそうだった。