「俺たちは決勝に出るためにここに来たわけじゃない。勝って全国制覇をするためにここに来たんだ。」
「「はい!!」」
コートサイド、円陣を組んだチームの真ん中で部長の高山が、力強く宣言した。それに応えるようにそこにいた全員が声をそろえて返事をする。いよいよ決勝戦が始まる。体育館にホイッスルの音がこだました。
決勝戦の相手は、福岡代表のチーム。九州も言わずと知れたバレーボールの激戦区である。そんな激戦を勝ち抜いてきた相手。そんな簡単に勝たせてくれるはずもない。空は、何度も何度も翔太に言っていた。総力戦になると。いつ、どのタイミングで出場機会が回ってくるか分からない。でも確実に、その時は来る。
準決勝と決勝戦は、大学生リーグや国際試合と同じ、5セットマッチで行われる。1セット25点で終了し、3セットを先に取った方の勝利となる。これまでよりも、勝利までは長い戦いになる。でも、ここまで来たら勝つしかない。全国のてっぺんはもうすぐそこだ。
夕陽ヶ浜学園の3年ウイングスパイカーの織田のサーブからスタートした。5月、まだ入部したばかりの翔太が、織田に掴みかかったことがあった。空のことを悪く言う織田にどうしても我慢ができなくて、先輩とか後輩とかそんなこと考えずに、ただ怒りに身を任せて掴みかかった。それがきっかけで、互いに壁が出来てしまったことは否めないが、織田の実力は確かだった。放たれたサーブは相手を大きく崩した。立て直せなかったボールはこちらのコートに返ってくることはなく、場内に大歓声が起こる。織田のサービスエースで夕陽ヶ浜学園は、最高のスタートを切った。
「やっぱ、すごいなぁ・・・。」
コートの外から見ていた翔太も、つい声が漏れてしまうほど素晴らしいサーブだった。織田のポジションは翔太が最も入りたかったポジションだ。前衛からスタートする空の対角のポジション。ここに一番入りたかった。でも、結局ここまで織田からレギュラーの座を奪い取ることはできなかった。
織田のサーブで勢いに乗った夕陽ヶ浜学園は、その後2点を連取するも、相手もそんな簡単には得点を取らせてくれない。2点差が開いてもすぐに詰められ、一進一退の攻防が続く。外で見ている翔太たちも、手を握りしめてその戦いの行く先を固唾を呑んで見守っていた。
1セット目の中盤、1回目の翔太の出番がやってきた。副部長である3年ミドルブロッカーの斉藤と変わって、リリーフサーバーでの起用だ。やはり、何度経験してもこの瞬間は緊張が走る。
ボールをみんなで繋いで得点するバレーボールという競技において、唯一サーブを打つ瞬間だけは、全責任が自分にのしかかる。その分、誰にも頼らず、己の力だけで1点をもぎ取ることができるのも、また唯一サーブだけである。さらには、一本のサービスエースで大きく試合の流れを変えることができることが多い。だからこそ、誰もがサーブの技術を上げようと必死に努力をする。
「小柳、思いきり行け。」
交代する寸前、いつも笑っていて穏やかな印象だった斉藤が、聞いたこともないほど力強く翔太に声をかけた。背筋が伸びる。その声に背中を押されて、翔太はサーブゾーンに立った。歓声が聞こえる。相手の応援も。足が情けなく震えている。それでも、夢にまでみたこの大舞台で、プレーできることの喜びの方が大きかった。
「いけ!小柳!」
ベンチから大宮の声が聞こえたと同時に、ホイッスルが鳴った。深呼吸をしてから、思いきりサーブを相手コートに放った。
翔太が打ったボールは、相手を崩したものの切り替えされて得点には繋がらなかった。悔しいが、試合が終わったわけではない。それに、手に当たったボールの感触は悪くない。翔太は、自分のコンディションが絶好調であることを確信した。