夕陽ヶ浜学園は、準決勝に勝利し、勢いそのまま神奈川県制覇を果たした。無事に春高に出場する権利を獲得することができた。

 決勝戦を終えた日の夜。学校に戻ったバレー部員たちは、待機していた学校職員や生徒たちに盛大に祝福された。その後、簡単にミーティングをして解散になったのだが、翔太と空はまっすぐに寮には帰らず、もう肌寒さを感じ始めた秋の夜に繰り出した。

 寮とは反対方向に歩き出し、わざと人がいない道を選んで当てもなく歩いた。二人の間に会話はほとんどなかった。でも、気まずさなんて全く感じなかった。ただ穏やかで和やかな時間が過ぎていくだけだった。

「ちょっと休憩。」

 空がそう言って指さした先には、小さな公園があった。忘れ去られたように、でも翔太たちを迎え入れるようにポツンと一つだけベンチが置かれている。そこに二人並んで腰掛けた。

「空くん、予選お疲れ様でした。」
「ふっ。なに人ごとみたいに言ってんだよ。お前もだろ。お疲れ様。」
「俺は・・・今回もそんな・・・」
「ばか。準決勝のあの1点。忘れたのかよ。」
「まさか!!あれは・・・俺はたぶん、いや絶対に一生忘れへん。」
「そうだろうな。あの1点はチームにとっても大きかったよ。」
「・・・はい。」
「なに?どうしたの?泣いてんの?」
「泣いてへん・・・。」

 そうは言っても翔太の目には、今にもあふれそうなほど涙が浮かんでいた。堪えようとすればするほど、涙は止まってはくれない。空にバレないようにしていたのに、あっさりバレた。きっと呆れている。そう思っていたのに、翔太をのぞき込むようにして見つめる空の目は、これ以上無いぐらいに優しかった。

「泣いてんじゃん。」

 そう言って空が笑った瞬間、ついに涙腺は決壊して、次から次へと涙があふれ出した。乱暴に拭っても、止まらない。

「翔太。」
「・・・っぅ。」
「そんな乱暴に拭いたら傷つくって。」
「・・・。」
「翔太。」

 空の綺麗な手が、翔太の両頬に触れた。そのまま半ば強制的に顔を上げさせられる。空の手がキュッと頬を強く挟むから、きっと今翔太の顔はとんでもなく変な顔になっている。案の定空は少しだけ笑った。それに少しむっとした翔太だったけど、次の瞬間空が優しく涙を拭ってくれたから、それどころじゃなくなった。

「・・・空くん・・・」
「俺、嬉しかったよ。お前が、コートに入ってきた時。ほんとに嬉しかった。」
「え・・・。」
「サービスエース決めたときも、めちゃくちゃ嬉しかった。ずっと見てきたから。お前がサーブ頑張ってんの。」
「見ててくれたん・・・?」
「お前、俺のことずっと見てたくせに気付いてなかったの?」
「・・・はい。」
「ははっ。俺はずっと前からお前のことちゃんと見てるよ。よくやったね。ナイスサーブ。」
「空く~ん!!」

 空からの言葉に胸いっぱいになった翔太は、周りに誰もいないのをいいことに思いきり空に抱きついた。ぎゅっと空を自分の腕に閉じ込めながら、またあふれてきた涙を今度は自分で拭った。

「翔太、春高は総力戦になるよ。レギュラーとか控えとか関係ない。チーム全員で戦うんだ。きっと翔太にもリリーフサーバー以外での出場機会が回ってくる。それが、どのタイミングになるかは分からないけど、絶対に一緒にセンターコートに立とう。」

 珍しく饒舌に語る空を抱きしめながら、翔太は一言「はい」と返事をしただけだった。だけどきっと、その一言で全てが伝わる。

 あの日見た春高の決勝戦。夢のセンターコート。あの時の一目惚れにも似た衝撃を胸に、翔太はここまでやってきた。先のことは分からないけど、ここで空と一緒に戦えるのは、正真正銘春高が最後。

 インターハイは、ベスト8で涙をのんだ。次こそ、春高こそチームの目標である全国制覇を成し遂げるために、全力を尽くす。明日のオフを挟んで、休む間もなく春高への挑戦が始まる。

 でも今は・・・。翔太は空をそっと離した。あの日テレビで見た憧れの選手は、間違いなく今翔太の目の前にいる。

「空くん。」
「ん?」
「大好きです。」
「知ってるよ。」
「空くんは?俺のこと好き?」
「ふはっ。めんどくせ。」

 そう言って呆れたように笑いながらも、どこか楽しそうな空は翔太をまっすぐに見て言った。

「好きだよ。」

 街灯に照らされた二人の影が重なった。遠くで虫の鳴く声が聞こえる。もう冬はすぐそこまで来ている。今年はきっとクリスマスも正月もないだろう。年が明けたらすぐに春高が始まる。だから・・・今だけは、このぬくもりをちゃんと感じていたい。翔太は空の腰に腕を回して、ぐっと引き寄せた。