季節は進み、秋も深まってきたころ。全日本バレーボール高等学校選手権大会神奈川県予選が行われた。地区大会を勝ち進んできたチームが、春高出場権をかけて激突する。地区大会を優勝という形で終えた夕陽ヶ浜学園男子バレーボール部も、もちろん大会に出場した。

負けたら終わりのトーナメント戦。夕陽ヶ浜学園は順当に勝ち上がっていった。インターハイでは、怪我で悔し涙を流した翔太も、今回はユニホームを着ることができた。それでも出場機会はなかなか回ってこなかった。コートの外で、大声でチームを盛り上げながら、いつ声がかかっても戦えるように、気持ちは切らさず集中し続けた。

そんな翔太の思いが届いたのかどうかは分からないが、準決勝で、翔太は公式戦で初めて出場機会を得た。

「小柳!」

 顧問がベンチから翔太を呼んだ。一瞬体を強ばらせた翔太だったが、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。隣で同じように大声を張り上げていた大宮が、思いきり背中を叩いてくれた。

 仲間の思いを受け取って、翔太はコートに立った。3年生WSの織田すばるにサーブが回ってきたタイミング。リリーフサーバーとしての起用だ。バレーボールは流れのスポーツ。たった一本が試合の流れを大きく左右する。

 翔太が託されたのは、1セット目を先取しての2セット目中盤。2点ビハインドの重要な場面だった。得点を取れば1点差にその差は縮まり、反対にミスになれば3点差と大きく点差が開いてしまう。夕陽ヶ浜学園としては、終盤に差しかかかるまえに相手に追いつき、その流れでセットを取ってしまいたい。そう考えても、ここは大きなターニングポイントになる。

 入学してからずっとスパイクだけじゃなく、サーブでも戦えるように努力を重ねてきた。スパイカーとして空と同じコートに立つことは、諦めたくないけれど、同じコートに立てるなら、例え一本でも一瞬でも立ちたかった。サーブを強化すれば自ずと可能性は広がる。そう思って、得点が取れるサーブを練習してきた。

「翔太。いけるよ。」

 コートに一歩踏み出した瞬間、すかさず空が声をかけてきた。不思議だった。あれだけ同じコートに立ちたいと思い続けていたのに、それが叶ったとき、もっと興奮したり歓喜に沸いたりするのかと思っていた。でも、翔太は自分でも驚くほどに冷静だった。

「はい。」

 深く頷いて返事をする。空が僅かに口角を上げた。“お前ならできるよ”と空の目が言っていた。

 エンドラインから5歩分の距離を取る。ボールを3回ついて、ホイッスルが鳴るのを待つ。いつも通りのルーティン。仲間の祈るような応援も、ギャラリーの手拍子も、翔太には届かない。

 主審のホイッスルが鳴った。3つ数えて、翔太はボールを高く放り投げた。と同時に、思いきり助走をつけて飛び上がった。勢いよく振り下ろした手に、ボールがヒットした。凄まじいスピードで回転しながら、ボールはまっすぐに相手コートに飛んでいく。そして、翔太が着地したとほぼ同時に、ボールは地面に叩きつけられた。

 相手チームは誰も翔太が放ったサーブには触れなかった。触れられなかったというのが正しいかもしれない。だが、落ちた場所が分からない。コート内に落ちていれば、こちらの得点になるが、そうでない可能性もある。

 次の瞬間、線審の真っ赤な旗が、まっすぐ斜め下のコートを指した。場内に歓声が響き渡る。線審のサインは、インの判定。つまり、翔太のサーブは得点となり、夕陽ヶ浜学園は1点差まで迫った。

「小柳!ナイスサーブ!」
「よくやった!!」

 部長の高山を始め、コート内にいたメンバーが次々と駆け寄ってくる。たったい1点取っただけなのに、まるで優勝したかのような盛り上がりだ。しかし、この1点を取ったのは大きいということは、経験者なら誰でも分かる。この1点は、こちらに流れを引き寄せる、大きな大きな1点になった。

「よしっ!よっしゃー!」

 ここでようやく翔太も大きな声が出た。ぐっと握り絞めた拳を高く突き上げた。その時空が駆け寄ってきた。空は両手のひらを翔太に向けている。それに気付いた翔太も、両手のひらを空に向けて、二人の手はパチンと音を立てて合わさった。

「ナイスサーブ。」
「はい!」
「次も頼んだ。」
「はい!」

 バレーボールは得点が続く限り、サーブ権は変わらない。つまり、サービスエースを取った翔太は、もう一本サーブを打つことになる。ボールを受け取って、またサーブ位置まで移動する。毎回のルーティンを崩さずに、平常心で。

 結局、次に放ったボールは相手が拾って得点にされてしまったが、翔太の取ったサービスエースによって、チームの士気は一段と高まった。

 リリーフサーバーは、サーブを終えるとコートを去ることがほとんどだ。翔太も例外ではなく、サーブ権は相手に変わったと同時に、織田と交代してベンチへ戻った。

 控え選手の輪の中に戻った瞬間、翔太は一人興奮していた。長くバレーボールを続けてきて、こんなことは初めてだった。これまでは、それなりに楽しくやれればそれでいいと思っていた。でも、空と出会って、単身神奈川までやってきて、必死に努力を続けてきた。たった一本決めただけで、大袈裟だと言われても構わない。翔太にとって、今日のこの1点は、一生忘れられない1点になるだろう。

 全力でバレーボールと向き合うことができて、そしてその喜びを知ることができた。もっともっとうまくなりたい。強くなりたい。そう思えたのはやっぱり、日下部空の存在だった。未だコートで戦い続ける空の背中に声援を送りながら、優勝したわけでもないのに涙が出そうになった。それをぐっと堪えて、翔太は一段と大声でチームを応援した。