行く当てもなく校舎をさまよいながら、翔太は凄まじい後悔に押しつぶされそうだった。あまりにも幼稚な理由で、空にとって最後の文化祭を壊してしまったかもしれない。今すぐ戻って謝るか・・・しかし、どうしたって今の気持ちを素直に伝えられるほどの余裕が翔太にはなかった。結局のところ、翔太には自信がないのだ。空とは一応恋人同士であることに間違いはない。空が翔太のことを少なからず大切に思ってくれていることも感じている。それでも、あの日下部空が自分のことを好きでい続けてくれる保証なんてどこにもない。先ほどの彼女のように、翔太よりもいい人と出会ってしまえば、空はそちらに行ってしまうのではないか。
いつか来るかも知れないそんな未来が、翔太はとてつもなく怖かった。その恐怖から逃れるように校舎をさまよい、たどり着いたのは屋上だ。なんとなく階段を上がってきて、重そうな鉄製の扉をダメ元で押してみたら、案外すんなりと開いてしまった。
「こんなんで、セキュリティ大丈夫なんか・・・」
そう心配になったが、今は静かな場所でとにかく一人になりたかった翔太は、屋上へと足を踏み入れた。階下からは、文化祭の賑やかな声があちらこちらで聞こえている。翔太は、大きく息を吐くと、屋上のど真ん中でごろんと大の字に寝そべった。
見上げた空は広くて大きくて・・・。時々鳥たちが気持ちよさそうにその空を横切っていく。そんな鳥たちを目で追いながら、少しずつ少しずつ気持ちを落ち着かせていった。
しばらくそのままでいたが、ようやく空に謝りに行こうという決心がついたのか、翔太はすくっと上半身を起き上がらせた。
「見つけた。」
と同時に背後から聞き覚えのある声がして、翔太は振り返った。翔太が入ってきた扉にもたれて、空が腕を組んで呆れたように立っていた。服が先ほどと替わっていないことから見ても、あの後すぐに翔太を探してくれたのだろうと安易に想像できて、翔太は目頭がじわりと熱くなった。
「なんで、逃げたの。」
「別に逃げてへん。」
「あっそ。」
翔太の素っ気ない返事に、これまた空の素っ気ない返事が続く。そんなことを言いながらも、空はすたすたと翔太の元まで歩いてきて、隣に腰を下ろした。
「思ってること、当ててやろうか?」
「・・・。」
「あの人は誰ですか。なんで一緒にお化け屋敷に来たんですか。俺が恋人やのに。」
「・・・関西弁へたくそ・・・。」
「ふはっ!こんな時でもツッコミを忘れない。さすが、関西人だな。」
「からかわんといてください。」
「図星だろ。」
翔太がぐるぐると悩んでいたことが、空にはお見通しだった。嬉しいような悔しいような複雑な気持ちである。でも、やっぱり嬉しかった。明らかに様子のおかしかった翔太を追いかけてきてくれたこと、翔太が悩んでいることに気付いてくれたこと。いつまで経っても日下部空には敵わない。
「勘違いすんなよ。あの子とは別に何もない。」
「でも・・・二人でお化け屋敷・・・。」
「クラスの奴らが悪ノリで勝手にペアを決めやがったんだよ。行かなかったら、この後交代なしで働けとか言いやがって。」
「そう・・・やったんですね。」
でも、それもきっと口実で彼女の思いを知る誰かが、彼女と空を近づけさせるために・・・あるいは彼女が友人に頼んでそんな機会を作ったに違いない。「あの人は空くんのこと好きですよ。」という言葉は言えなかった。本人から聞いたわけでもないし、翔太が勝手に伝えるわけにはいかない。
「空くん。すいませんでした。抜けさせてしまって・・・ほんまにすいません。」
「別にいいって。ちょうど交代の時間だったし。」
「でも・・・。」
「俺はいいけど、大宮には後で謝っとけよ。気にしてたぞ。」
「はい。それはもちろん。」
「まぁ、結局あの後彼女と合流するとかなんとか言って、ヘラヘラしてたけどな。」
「・・・。っうわ!」
突然、空が翔太の髪を思いきり掻き回した。突然の衝撃に情けない声を出してしまう。そんなことはお構いなく、空は翔太の髪をぐちゃぐちゃにした。
「いい加減機嫌直せよ。な?」
悪戯に笑った空と至近距離で目が合った。やられっぱなしも癪なので、翔太は自分の髪を撫でていた空の手を素早く取った。たちまち形勢逆転。翔太は空の目をまっすぐ見て言った。
「空くん。俺のこと好きですか?」
「なに・・・急に・・・。」
「いいから、教えてください。」
「ふっ・・・お前必死だな。」
「必死ですよ。悪いですか。空くんのこと誰にも渡したくない。ずっと一緒にいたい。」
まっすぐな翔太の言葉に、空はわずかに目を大きく開けて、そして笑った。呆れたようにも見えるけど、翔太にはひどく優しい笑い声に聞こえた。空もまっすぐに翔太を見つめる。
「好きだよ。ちゃんと好きだから、安心しな。」
「はい。」
翔太は絶好のチャンスだと、空に顔を近づけた。もう少しで唇が触れるというときに、空の手によってそれは阻止されてしまった。両手で口を塞がれた翔太は、ふがふがと文句を言うしかない。
「なんででふか・・・」
「学校ではしません。おうちに帰ってからでお願いします。」
「お家に帰ってからならいいんですね。」
「さあな。さて、お前この後もまだもうちょい時間あるんだろ。さっき大宮が言ってた。」
「はい。」
「俺が一緒に回ってやってもいいよ。」
「え!!」
「行くの?行かないの?」
「行きます!行くに決まってるやないですか!」
「焼きそばおごりな。」
「え。」
「嘘だよ。行くぞ~!」
「ま、待って空君!」
さっさと行ってしまった空を翔太は慌てて追いかけた。なんだか空の背中を追いかけてばかりだけど、いつかあの背中に追いついて、そして肩を並べて走れるようになりたい。
夕陽ヶ浜学園の文化祭は、大盛況のうちに幕を閉じた。