そのうち交代の時間がやってきて、翔太は大宮とともに役割を解放された。傷に見えるメイクは落としても良かったが、「せっかくだったらそのままでいなよ」という、女子たちの謎の気遣いにより、二人とも顔中傷だらけのまま、教室を出た。
「さっき、日下部さん来てたよな。」
「え・・・あ、うん。」
「あの、一緒に来てた人、彼女かな。」
「違う!!」
「え?」
今一番翔太の脳内を支配している話題に、大宮は何の悪気もなく触れてきた。それもそうだ。あの日下部空が女の子と一緒に歩いていただなんて、バレー部員として気にならないはずがない。大宮は、翔太が空の恋人だなんて知らないし、何も悪くない。だから、咄嗟に強く否定してしまって、翔太自身もどう言葉を続けていいか分からなかった。
「あ、いや・・・違うと思う・・・ほ、ほら、空くん彼女おるとか聞いたことないし。」
しどろもどろに答えた翔太だったが、大宮も「まぁ、それもそうか。」と納得してくれたようで、密かにほっと胸をなで下ろした。それでも、心のもやが晴れたわけではない。翔太の脳内には、先ほどの二人の姿が何度も何度も繰り返し流れていた。
「・・・ぎ。・・・やなぎ!小柳!!」
「・・・っ!」
いつの間にかぐるぐると考え込んでいた翔太の肩を大宮がトントンと叩いた。ハッと我に帰った翔太は、心配そうに見つめてくる大宮に「ごめん、大丈夫」とだけ言った。大宮は、「まぁいいけど。」とさほど気にもとめずに歩いていった。
二人がやってきたのは、空のいるクラス。空はメイド喫茶のようなものをやると言っていた。ちょうど昼時に交代することが分かっていたので、もともとこのクラスで昼食をとる計画にしていたのだ。
「おかえりなさいませ~ご主人様!」
教室のドアを開けると、メイド喫茶にありきたりな台詞で迎え入れられる。ニコニコと楽しそうな3年生の女子生徒たちに案内されるがまま、翔太と大宮は教室の奥へと入っていった。
「な、なんかすごいな・・・」
大宮が冷や汗をかきながら翔太に呟く。でも、翔太は正直それどころではなかった。先ほどから視界の端で、空があちこちのテーブルに呼ばれていることに気がついていた。いつもよりも整えられた髪に、執事風の衣装がよく似合っている。安物の衣装なはずなのに、そんな風に見えないのは、空のもつポテンシャルのせいだろう。
「日下部さん、モテモテだな。」
「そうやな・・・。」
「なんだよ。さっきから元気ないじゃん。なんかあった?」
「いや、別になんもない・・・。」
「ふ~ん。ま、いいや。すいませ~ん!」
「は~い。」
翔太の様子を気にしながらも、必要以上には踏み込んでこないところが大宮のいいところだと思う。大宮は、さっさと食べるメニューを決めて、近くにいた女の先輩に声をかけた。
「お待たせしました、ご主人様。ご注文をどうぞ。」
甲高く作られた声に、翔太は思わず固まってしまう。文化祭とはいえ、こんな風に接客されたことは初めてで、どう反応していいのか分からなかった。一方の大宮は、案外ノリノリで楽しんでいるようだった。翔太は、早々に諦めて全て大宮にやり取りを任せることにした。