私立夕陽ヶ浜学園の文化祭当日、雲一つない秋晴れに恵まれた。昨日は、校内向けに一応学習発表という形で、合唱などの発表が行われた。少し堅苦しい行事が続いたが、打って変わって、今日は一般向けに広く公開されるイベントで、各クラスの模擬店や部活のブースができあがり、朝から多くの来場客で賑わっていた。

 翔太たちのクラスは、お化け屋敷ということで、教室中に暗幕を張り、全員で協力して作成した渾身の小道具たちを並べ、女子たちが持ち寄ったメイク道具を駆使して、顔に傷が作られていく。翔太はもちろん、一つ一つのメイク道具がどういった働きをしているのかなんて、全く分かっていない。女子にされるがまま、顔にどんどんと傷を作っていった。

「うわ・・・すご・・・」
「すごいでしょ!今日のためにめっちゃ動画とか見たんだよね!」

 鏡で自分の顔を見てみると、一瞬本物かと疑ってしまうような傷が顔中に施されていた。翔太が素直に口に出すと、翔太を担当してくれていた女子がキラキラと楽しそうに声を上げた。

 メイクが終わったら次は着替え。これも近くの格安雑貨店に駆け込んで、用意したもので、翔太はドラキュラの役をやることになっていた。

「小柳、似合ってんじゃん。」

 そう言って、ニヤニヤとこちらを見てくるのは、チームメイトでありクラスメイトでもある大宮龍貴。大宮もまた、翔太と同様に顔中に傷を作っている。

「うるさいわ。お前も似たようなもんやろ。」
「すごいよね。これ、どれも本物みたい。」
「もう何が顔に塗られてるんか、分からんかったわ。」
「だよね。俺も彼女と買い物行ったとき、何がなんだか分からなくてさ・・・」

 そういえばそうだった。大宮には、高校入学前から付き合っている彼女がいた。素直にすごいと思う。大宮が入寮したことによって、必然的に彼女とは離れ離れになったということは聞いていた。部活も毎日のようにあって、それでもなお、関係が続いているということは、お互いが思い合って信頼しあっている証拠だ。

「お前、すごいな。」
「なになに~!ところでさ、今日は、小柳の好きな人来るの?」
「はっ!?え。いや・・・」
「つかさーいい加減誰なのか教えてくれよ~。いいだろ~」
「言わない。絶対に言わない。」
「え~。」

 翔太に好きな人がいることを唯一知っているのは大宮だが、相変わらず相手が空であることは伝えていなかった。それに、片思いではなくすでに恋人という新しい関係に変わっているということも・・・。そのうちちゃんと話せたらいいと思うけど、今は文化祭のことや春高予選のことで、頭がいっぱいだ。

「まぁ、またそのうち・・・」
「約束だからな!」
「分かった。分かった。」

 そう言うと、大宮はさっさと着替えて行ってしまった。翔太もそれを追うように着替えを済ませた。


 想像以上にお化け屋敷は、大好評だった。翔太も脅かし役として、最初はちゃんとできるかと緊張していたものの、いざやってみるとこれがなかなか楽しくて、どんどん夢中になっていった。途切れることなくやってくる人たちを、大声を出したり、反対に暗がりに静かに立ちすくんだりして、驚かせていった。

 何組目のお客を見送った時、見覚えのある人影が見えた。翔太が見間違えるはずもない。あれは絶対に空だ。

(来てくれたんや・・・)

 暗がりは苦手だから、気が向かなかったらいかないと言っていた空が来てくれた。嬉しかったけど、これからそんな空を驚かせなければならないと思うと、少しだけ気が引けた。でも、怖がる空もちょっと見てみたいと思ってしまったのは、許してほしい。

 そう思っているうちに、どんどん空は近づいてくる。空が、翔太が待機している場所の二つ手前のまで来て、はたと気付いてしまった。空の隣には背の低い女子生徒。制服のリボンの色からして、おそらく空と同じ3年生だろうということは分かった。暗がりであることと、空が来てくれたことに舞い上がりすぎて、隣に女子生徒がいるなんて気付かなかった。

 翔太の心臓は嫌な音を立てている。背中にじわりと汗がにじみ出る。暗がりであること、お化け屋敷の経路が狭いこともあって、二人はぴったりと寄り添うようにして歩いてくる。手こそ繋いでいないが、もう少しで手も触れてしまいそうだ。

(近すぎひん・・・ってか、空くんなんでわざわざ女子と来るんや・・・なんで・・・)

 思っていても、すぐに飛び出していくわけにはいかない。みんなで作り上げたお化け屋敷を翔太の身勝手な行動で壊してしまうわけにはいかない。ぐっと拳を握りしめて、あふれ出しそうになる気持ちを堪えた。

 そうしている間にも、二人の気配は少しずつ近づいてくる。いよいよ声まで聞こえるようになった。

「・・・日下部・・・ちょっと・・・置いていかないでよ・・・」
「・・・ごめん。」
「ちょ、離れないでよ。」

 会話からも二人の距離の近さが分かる。もやもやと得体の知れない黒い感情が、翔太の心にあふれ出してくる。

「・・・あ・・・」

 ついに、空が翔太の存在を見つけた。翔太は、何も言えなかった。ドラキュラの衣装のまま、その場につっ立っていた。かえってそれが、女子生徒の恐怖心を煽らせたのか、はたまた、ただ見せつけたかっただけなのかは分からないけれど、翔太の目の前で、その女子生徒は空の腕を控えめにつかんだ。「きゃっ」という可愛い悲鳴つきで。

(その人は・・・その人は・・・日下部空は俺のもんや・・・)

 翔太の中に感じたことのない感情が浮かんできて、翔太自身も驚いた。はっと我に帰った時には、空とその女子生徒はもう出口に向かって進んでいた。

 二人の背中を見つめながら、つい先ほど、確かに感じた『独占欲』に翔太は戸惑っていた。空は物ではない。ましてや、翔太の物などでは決してない。憧れの人であって、部活の先輩であって、寮で生活を共にする人であって、そして恋人であったとしても・・・翔太の物ではない。

「・・・なんなんや・・・この気持ち・・・。」

 怒りにも悲しみにも悔しさにも感じられる、とにかく初めて感じるネガティブな感情を、翔太はうまく消化させられずにいた。