1 4月
満開の桜が咲き誇る海沿いの道。ゆるやかな上り坂を上った小高い丘の上に、私立夕陽ヶ浜学園はある。国立大学や有名私立大学を目指す進学コースと、各スポーツの強化選手排出に力を入れたスポーツコースに分かれており、スポーツコースの生徒は日本全国から優秀な選手が集まってくる。中でも男子バレーボール部は、2年前の春高優勝以降、部員数が急増していると話題だった。チーム力を高めるため、関東近郊の出身でも全員が寮に入り、共同生活を送っている。

そんな男子バレーボール部の選手たちが生活を送る寮を目指し、大きなキャリーケースを引きずりながら坂道を上る新入生が一人。

「4月やのに暑すぎん!?」

 ここ神奈川では聞き慣れない関西弁で、一人ぶつぶつと文句を言いながら額に滲んだ汗を拭うのは、小柳翔太。口から出た言葉とは裏腹に、その表情はこれから始まる新生活への期待に満ちていた。

 1年と少し前、中学2年生の時に見た春高バレーの決勝戦。夕陽ヶ浜学園が初優勝を決めたあの大会で、翔太は運命の出会いを果たした。たった一球に、たった一人に心を奪われた翔太は、地元神戸の強豪校から来ていたスカウトを断り、単身神奈川へとやってきた。

 目的はたった一つ。あの人と・・・あの日、自分の心をかっさらっていった日下部空と一緒にバレーボールをするため。空と一緒にあのセンターコートを目指すため。ただそのためだけに、翔太はこの学校への入学を決めた。

 両親は大反対だった。強い高校でバレーボールがしたいだけなら、他にも学校はたくさんある。兵庫にも大阪にも。それでも、翔太の強すぎる意志に共感し、最後は単身神奈川へ行くことに賛成してくれた。そんな両親の思いも背負って、翔太はついに、あの日から夢にまで見た夕陽ヶ浜学園の門をくぐった。

「小柳翔太です。神戸から来ました。よろしくお願いします!」
「よろしく。俺はバレー部部長の高山だ。こっちは、副部長の斉藤。今日は二人で新入生の案内を担当する。」
「よろしくね~」

 翔太が寮のロビーにたどり着くと、迎え入れてくれたのは、部長の高山裕也、そして副部長の斉藤淳だった。硬派な高山に対して、柔らかい雰囲気の斉藤は、まるで正反対だが部長と副部長を務めているぐらいなのだから、相性がいいのだろう。翔太にとっては、高山も斉藤も、テレビや雑誌で見ていた憧れの選手の一人だったので、先ほどから心臓がバクバクと音を立てていた。

「よ、よろしくお願いします!」
「ははっ。元気いいねぇ~。君が噂の関西から来たって言う小柳くんね。遠いところお疲れ様。」
「あ、ありがとうございます。」
「緊張しなくて大丈夫だよ~すぐ慣れるからね。」

 にこにこと穏やかな笑みを浮かべながら声をかけてくれた斉藤に、翔太の緊張も少しほぐれていく。他の新入生たちに混じって、二人の後に続いた。