7 10月
私立夕陽ヶ浜学園の文化祭は、一年間の中でも最も盛り上がる学園の一大イベントである。学園中が浮き足立つこの季節。この期間ばかりは、いつもバレーボールのことしか考えていない部員たちも、クラスの出しものの準備にかり出されて忙しそうに動き回っている。揃いもそろって身長高くて力のある部員たちは、あちこちで重宝されている。
もちろん練習をしないわけではない。全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称、春高バレーの地区大会、そして県予選は来月に迫ってきている。夕陽ヶ浜学園男子バレーボール部の目標は、全国制覇。つまりは、来月の予選なんかで負けているわけにはいかない。いつもより、練習時間は限られるが、その限られた時間の中で、強いチームを作るために一丸となって、努力を続けている。
そんなことで、昼間は授業、休み時間や放課後は文化祭の準備、そしてその後の部活と、翔太たちはこれまでの比にならないほど、忙しい日々を過ごしていた。
「あかん・・・もう、疲れすぎてなんも考えられへん・・・」
寮の部屋に戻るやいなや、バタンと自分のベッドに倒れ込んだ翔太に、「お疲れ」と空が声をかける。翔太はかろうじて顔だけ動かすと、空に尋ねた。
「空くんのクラスは何するんですか?」
「あー。メイドカフェ・・・?らしい」
「えっ!空くん、メイドになるん!?」
「ばか。そんなん誰が見たいんだよ。」
「俺・・・ちょっと見てみたい・・・かも・・・」
「・・・・・・。」
「ちょっと、なんか言うてくださいよ。」
「残念ながらメイドか執事衣装か選べるんだよ。俺は、制服でいいって言ったのに、どっちか選ばなきゃいけなくて、しょうがなく執事にした。」
「執事・・・それも見たい!」
「・・・見なくていいよ。」
「いや!絶対!行きますから!」
「・・・勝手にしろよ。」
呆れたようにため息をつく空だったが、声色は優しかった。翔太も空が本気で呆れているわけではないと分かっているから、特に気にはしていない。
「お前のとこは何すんの?」
「俺らは、お化け屋敷です!空くん、絶対来てくださいね!」
「・・・気が向いたら・・・。」
「え・・・もしかして・・・空くん苦手なん・・・?お化け・・・。」
翔太の問いかけに、一瞬言葉に詰まった空。返事をしていなくても、その態度は、もはや肯定しているようなものだ。意外だった。いつでも飄々としていて、表情の変化もわかりにくい(翔太にはよく分かるが・・・)空だから、当たり前のようにお化けとか幽霊とか、そんな心霊現象の類いなんて、なんともないと思っていた。
気まずそうに目線を逸らす空の耳は僅かに赤くなっている。
「か、かわいい・・・」
「はっ!?」
気付けば翔太の口からは素直な言葉があふれ出していた。咄嗟に両手で口を押さえても、時すでに遅し。空は、拗ねたように背中を向けると、さっさと風呂の支度を始めてしまった。
「ごめん!ごめんなさい!」
「・・・別に怒ってない。」
「怒っとるやん・・・」
「怒ってないって。」
「怒っとる。」
「・・・悪いかよ。」
翔太が平謝りをしているところで、空の小さな声が聞こえた。相変わらず背中を向けている空だけど、風呂の支度をする手は止まっているようだ。翔太は何も言わず・・・というより何も言えず、空の言葉を待った。
「別に、信じてるわけじゃないけど。なんとなく苦手なんだよ。暗いところというか、視界が悪いところ。」
「そう・・・やったんですね・・・。」
「ま、気が向いたら行ってやる。」
「そんなん、無理せんでいいですよ!」
「言っただろ、気が向いたらって。気が向かなかった行かない。」
「ふはっ!分かりました。」
「何笑ってんだよ。風呂、先行くぞ。」
「あ、はい!俺も後で行きます。」
空はすくっと立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。パタンと閉まった扉を眺めながら、翔太はまた新しい空の一面を知れたことが嬉しくてたまらなかった。空にも苦手なものがあった。それを知っている人は他にいるのだろうが・・・家族の人は知っているとして、例えば他の部員とか、同級生とか・・・空に憧れている名前も知らない女子とか・・・もしかしたら、自分だけが知っている秘密かもしれない。そうであってほしい。
翔太は、素早く風呂の支度を済ませると、空の後を追うように部屋を飛び出した。
私立夕陽ヶ浜学園の文化祭は、一年間の中でも最も盛り上がる学園の一大イベントである。学園中が浮き足立つこの季節。この期間ばかりは、いつもバレーボールのことしか考えていない部員たちも、クラスの出しものの準備にかり出されて忙しそうに動き回っている。揃いもそろって身長高くて力のある部員たちは、あちこちで重宝されている。
もちろん練習をしないわけではない。全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称、春高バレーの地区大会、そして県予選は来月に迫ってきている。夕陽ヶ浜学園男子バレーボール部の目標は、全国制覇。つまりは、来月の予選なんかで負けているわけにはいかない。いつもより、練習時間は限られるが、その限られた時間の中で、強いチームを作るために一丸となって、努力を続けている。
そんなことで、昼間は授業、休み時間や放課後は文化祭の準備、そしてその後の部活と、翔太たちはこれまでの比にならないほど、忙しい日々を過ごしていた。
「あかん・・・もう、疲れすぎてなんも考えられへん・・・」
寮の部屋に戻るやいなや、バタンと自分のベッドに倒れ込んだ翔太に、「お疲れ」と空が声をかける。翔太はかろうじて顔だけ動かすと、空に尋ねた。
「空くんのクラスは何するんですか?」
「あー。メイドカフェ・・・?らしい」
「えっ!空くん、メイドになるん!?」
「ばか。そんなん誰が見たいんだよ。」
「俺・・・ちょっと見てみたい・・・かも・・・」
「・・・・・・。」
「ちょっと、なんか言うてくださいよ。」
「残念ながらメイドか執事衣装か選べるんだよ。俺は、制服でいいって言ったのに、どっちか選ばなきゃいけなくて、しょうがなく執事にした。」
「執事・・・それも見たい!」
「・・・見なくていいよ。」
「いや!絶対!行きますから!」
「・・・勝手にしろよ。」
呆れたようにため息をつく空だったが、声色は優しかった。翔太も空が本気で呆れているわけではないと分かっているから、特に気にはしていない。
「お前のとこは何すんの?」
「俺らは、お化け屋敷です!空くん、絶対来てくださいね!」
「・・・気が向いたら・・・。」
「え・・・もしかして・・・空くん苦手なん・・・?お化け・・・。」
翔太の問いかけに、一瞬言葉に詰まった空。返事をしていなくても、その態度は、もはや肯定しているようなものだ。意外だった。いつでも飄々としていて、表情の変化もわかりにくい(翔太にはよく分かるが・・・)空だから、当たり前のようにお化けとか幽霊とか、そんな心霊現象の類いなんて、なんともないと思っていた。
気まずそうに目線を逸らす空の耳は僅かに赤くなっている。
「か、かわいい・・・」
「はっ!?」
気付けば翔太の口からは素直な言葉があふれ出していた。咄嗟に両手で口を押さえても、時すでに遅し。空は、拗ねたように背中を向けると、さっさと風呂の支度を始めてしまった。
「ごめん!ごめんなさい!」
「・・・別に怒ってない。」
「怒っとるやん・・・」
「怒ってないって。」
「怒っとる。」
「・・・悪いかよ。」
翔太が平謝りをしているところで、空の小さな声が聞こえた。相変わらず背中を向けている空だけど、風呂の支度をする手は止まっているようだ。翔太は何も言わず・・・というより何も言えず、空の言葉を待った。
「別に、信じてるわけじゃないけど。なんとなく苦手なんだよ。暗いところというか、視界が悪いところ。」
「そう・・・やったんですね・・・。」
「ま、気が向いたら行ってやる。」
「そんなん、無理せんでいいですよ!」
「言っただろ、気が向いたらって。気が向かなかった行かない。」
「ふはっ!分かりました。」
「何笑ってんだよ。風呂、先行くぞ。」
「あ、はい!俺も後で行きます。」
空はすくっと立ち上がると、そのまま部屋を出ていった。パタンと閉まった扉を眺めながら、翔太はまた新しい空の一面を知れたことが嬉しくてたまらなかった。空にも苦手なものがあった。それを知っている人は他にいるのだろうが・・・家族の人は知っているとして、例えば他の部員とか、同級生とか・・・空に憧れている名前も知らない女子とか・・・もしかしたら、自分だけが知っている秘密かもしれない。そうであってほしい。
翔太は、素早く風呂の支度を済ませると、空の後を追うように部屋を飛び出した。