「・・・・・・らくん。・・・・そらくん・・・・空くん!!」
「・・・っ!」
夢うつつの中、翔太の声がして空ははっと飛び起きた。気付けば、そこは寮の自室で、空はカーペットが敷かれた床に直接横になって、うたた寝をしていたようだ。ぼんやりとする視界の奥で、翔太が心配そうにのぞき込んでいるのが分かる。
「・・・俺・・・寝てた?」
「風呂から帰ってきたら、そこに転がってるからびっくりしましたよ。」
「転がってるって・・・」
よく見たら、翔太の首にはタオルが掛けられていて、手には風呂の道具を抱えていた。まだきちんと拭けていないのか、短く切りそろえられた髪から、ポタポタと水滴が落ちている。
「寝てたわ。」
「もう。まだ日中は暑いですけど、夜は肌寒くなってきたんやし、風邪ひかんといてくださいよ。」
「分かったよ。ってか、お前だって髪ちゃんと乾かせてないじゃん。」
「あ・・・いやードライヤーってどうも苦手なんですよね。暑いし・・・。」
「ははっ!お前こそ、風邪引くだろ。・・・あ、そうだ。」
完全に思いつきだった。今まで家族にだってしたことないことを、翔太にならしてやってもいいと思えた。空は、おもむろに立ち上がると、自分の荷物をしまっている棚から、ドライヤーを取り出すと、自分はベッドに座って、翔太はその下に座るように促した。
「え・・・もしかして・・・乾かしてくれるん・・・?」
「ほら、ここおいで。」
「はい!!」
まるで大型犬が、飼い主に毛を乾かしてもらうときのように駆けてきた翔太に思わず笑ってしまう。そんな空を見て、「あ。笑いましたね!?」と翔太が怒るけど、それはそれで面白くて余計に笑えてくる。翔太と出会うまで、自分がこんなにも笑う人間だとは思わなかった。翔太に出会って、同時に空は自分の中の新しい感情とも出会っているような感覚だった。
「ごめんって。乾かすよ。」
「ありがとうございます。」
不服そうにしていたかと思ったら、次の瞬間にはまた嬉しそうに空の目の前に腰掛ける翔太。そんな翔太の短い髪に、空はドライヤーを向けた。静かな部屋に、ドライヤーの音だけが響き渡る。空は静かに、翔太の髪を撫でた。短い髪を乾かすのに、そんなに時間はかからない。あっという間の時間は、穏やかに静かに過ぎていった。
「・・・はい。終わり。」
「・・・ありがとうございました。」
「ん。いいよ。」
そう言って空は立ち上がろうとしたけど、出来なかった。翔太が後ろにもたれるようにして、空の膝の上に頭を乗せてきたからだ。上を向いた翔太の嬉しそうな顔が見えて、空の胸は不覚にもドキリと音を立てた。なんとなく、まだ翔太に触れていたいと思った。
空は、翔太の頬に手を伸ばして、そっと触れた。風呂上がりなのに、少し冷たい翔太の頬に、空の手の平の熱がじんわりと伝わっていく。そんな空の手に、翔太の手が重なった。気恥ずかしくなるぐらいに、甘ったるい空気が充満している。空はそっと翔太の唇に自分の唇を重ねた。翔太も、空の行動が予想できていたのか、そっと目を閉じた。
「・・・っん。」
「空くん・・・空くん・・・」
キスの合間に翔太に名前を呼ばれると、胸の奥がきゅっと締め付けられるような不思議な感覚になる。悲しくもないのに、涙が出そうになるのは何でなんだろう。余計なことを考えたのがいけなかった。次の瞬間、気付けば空はベッドの上に押し倒されていた。
「・・・え・・・。」
「空くん・・・」
譫言のように空の名前を呼び続ける翔太の目は、まっすぐに空を見つめていた。その瞳に宿る温度は熱く、吸い込まれそうな感覚に陥った。今起こった出来事を整理しきれていない空をよそに、今度は翔太が空の唇を塞いだ。少しずつ、少しずつ深くなるキスに、空は息をするのがやっとだった。溺れてしまいそうになって、思わず縋ったのは、翔太のTシャツで、それがまた翔太の熱を一段と熱くする。
「んっ!ま、待て!翔太・・・っ!」
やっとのことで、空は翔太の名前を叫んだ。その声に正気を取り戻した翔太が、はっと動きを止める。「ご、ごめっ」と咄嗟に謝ろうとする翔太を、空は制止した。
「謝らなくていいから・・・でも、急にはびっくりするから・・・」
「はい。ごめんなさい。」
しおらしくベッドの上で正座をしてうなだれた翔太を見て、素直に愛おしいと思った。時計を確認すると、もういい時間。明日も朝練があるし、授業も午後練もある。体のことを考えるともうそろそろ、就寝しなければならない。
「翔太、一緒に寝る?」
「え!い、いいんですか・・・!」
「いいよ。おいで。」
先に空がベッドにもぐって、翔太を誘い入れるように布団を少しだけめくった。その僅かな隙間に、大きな体をねじこんで、翔太は空を抱きしめた。
「お前、でかくなった・・・?」
「あー。ちゃんと測ってないから分からんけど、たぶん身長伸びてますね・・・イテっ!」
入部してきた頃は、空よりも背がいくらか低かったように感じていたが、今こうして抱きしめられると、その成長の早さが分かる。バレーボール選手にとって、身長というものは何にも変えられない武器になる。だからこそ、自分よりも大きくなった翔太に少しだけ腹が立って、空は布団の中で翔太の足を蹴った。
「もう、蹴らんといてくださいよ。」
「これ以上でかくなんな。」
「そんな無茶な・・・」
他愛もない会話をして、最後にもう一度だけキスをして・・・。翔太の腕に抱かれて、空は眠りについた。
暑い夏がようやく終わりに向かい、秋の気配はもうすぐそこまで来ている。