6 9月
日下部空にとって、小柳翔太という人間はこれまでに出会ったことがないタイプの人間だった。初めて出会った日、寮の扉を開けた瞬間思いきり頭を下げ、大きな声であいさつをした翔太。かと思えば、空のことを見て驚き、空よりも先に空のことを話し出した。呆気にとられたと同時に、面白いやつが入ってきたなと思った。翔太には絶対に言わないけれど、空も少し緊張していたのだ。
夕陽ヶ浜学園の寮に入って、初めての同部屋は空よりも二つ上の先輩だった。同じバレーボール部で同じポジション。すでにレギュラーメンバー入りが確定しているような人だった。それなりの距離感を保ちながら、特に問題なく過ごしていたが、それは突然やってきた。
春高予選が始まる直前、急激に調子を落としていた先輩に変わって、空がレギュラー入りしたのだ。その日から、先輩の態度は一変した。寮でも部活でも、先輩の中で空の存在はなかったことになっているようだった。朝起きて挨拶をしても、夜眠る前も、ほとんど言葉を交わさない日々が続いた。消灯時間のギリギリまで先輩は談話室や他の部屋で過ごすようになった。
別にそれでもよかった。バレーボールができるなら、他のことは別にどうでもよかった。これは強がりでもなんでもなく、本当に心からそう思っていた。どうせ、この大会が終われば先輩たちは引退する。引退したら、寮にいる必要はないし、おそらく先輩は出て行くだろう。
その年の春高で、夕陽ヶ浜学園は初優勝を果たした。最後の一点は空が決めた。純粋に嬉しかった。そして、この一点を決めたことによって、空の運命は大きく変わった。
それから2年が経って、空自身も忘れかけていたあの春高の決勝戦、あの最後のスパイクを見て、翔太はここへやってきたという。悪い気はしなかった。翔太の地元はここからずいぶん離れた神戸で、兵庫にも大阪にも有名な強豪校はたくさんある。それなのに、その高校を選ばず、空がいるからという理由でやってきた。
そんな翔太と付き合うことになるなんて、思ってもみなかった。翔太のことが好きかと聞かれたら、正直分からない。でも、あの日、まだ入学してきて間もなかった翔太が織田に掴みかかった時、なんとも言えない感情が空の中に確かに生まれた。
それなりにそつなくこなせてしまう空を見て、周りは“努力”という言葉は縁の無い言葉だと言う。人よりも感情を表に出すことが苦手なことも影響しているかもしれない。人が分からないなら、別に構わないとさえ思っていたのに、分かってもらえたと思ったら、とんでもなく嬉しかった。
その日から、自分の中で翔太の存在が日に日に大きくなってきていることに、空は気付いていた。怪我をした翔太を抱きしめた時、自分でもそんな行動をとったことに驚いた。でも、どうにかしてすくい上げてやりたいとそう思ったのだ。
インターハイでの敗戦。試合に出ることが絶望的な翔太に、自分を見ておけと言ったにも関わらず、不甲斐ない結果に終わってしまった。これまでたくさんの負けを重ねてきたけれど、その中でも一番といっていいほどの悔しさやもどかしさを感じた。そんな空の気持ちに、やっぱり翔太だけは気付いていた。
寮に戻って、翔太に抱きしめられた。不快感なんか何一つ感じなかった。むしろ、翔太の心臓の音がダイレクトに耳に届いて、ちょっと汗ばんだ熱に包まれて、試合が終わってからずっと強ばっていた体の緊張が、すっとほどけていくようなそんな感覚になった。
そして、二人は初めてのキスを交わした。風呂を理由に部屋を出た空の心臓は、これまでにないぐらい、ばくばくと脈打っていた。体中が熱い。駆け込んだ風呂場の鏡で自分の顔を見たとき、赤く火照っていて、驚いた。
すぐにでも告白してくるかと思ったけど、なかなか言い出さない翔太にしびれを切らして、結局空が告白を促すような形になり、二人の関係に、恋人という新しい関係が加わった。
恋人として、良きライバルとして・・・次の目標は、春高で同じコートに立つことだ。
日下部空にとって、小柳翔太という人間はこれまでに出会ったことがないタイプの人間だった。初めて出会った日、寮の扉を開けた瞬間思いきり頭を下げ、大きな声であいさつをした翔太。かと思えば、空のことを見て驚き、空よりも先に空のことを話し出した。呆気にとられたと同時に、面白いやつが入ってきたなと思った。翔太には絶対に言わないけれど、空も少し緊張していたのだ。
夕陽ヶ浜学園の寮に入って、初めての同部屋は空よりも二つ上の先輩だった。同じバレーボール部で同じポジション。すでにレギュラーメンバー入りが確定しているような人だった。それなりの距離感を保ちながら、特に問題なく過ごしていたが、それは突然やってきた。
春高予選が始まる直前、急激に調子を落としていた先輩に変わって、空がレギュラー入りしたのだ。その日から、先輩の態度は一変した。寮でも部活でも、先輩の中で空の存在はなかったことになっているようだった。朝起きて挨拶をしても、夜眠る前も、ほとんど言葉を交わさない日々が続いた。消灯時間のギリギリまで先輩は談話室や他の部屋で過ごすようになった。
別にそれでもよかった。バレーボールができるなら、他のことは別にどうでもよかった。これは強がりでもなんでもなく、本当に心からそう思っていた。どうせ、この大会が終われば先輩たちは引退する。引退したら、寮にいる必要はないし、おそらく先輩は出て行くだろう。
その年の春高で、夕陽ヶ浜学園は初優勝を果たした。最後の一点は空が決めた。純粋に嬉しかった。そして、この一点を決めたことによって、空の運命は大きく変わった。
それから2年が経って、空自身も忘れかけていたあの春高の決勝戦、あの最後のスパイクを見て、翔太はここへやってきたという。悪い気はしなかった。翔太の地元はここからずいぶん離れた神戸で、兵庫にも大阪にも有名な強豪校はたくさんある。それなのに、その高校を選ばず、空がいるからという理由でやってきた。
そんな翔太と付き合うことになるなんて、思ってもみなかった。翔太のことが好きかと聞かれたら、正直分からない。でも、あの日、まだ入学してきて間もなかった翔太が織田に掴みかかった時、なんとも言えない感情が空の中に確かに生まれた。
それなりにそつなくこなせてしまう空を見て、周りは“努力”という言葉は縁の無い言葉だと言う。人よりも感情を表に出すことが苦手なことも影響しているかもしれない。人が分からないなら、別に構わないとさえ思っていたのに、分かってもらえたと思ったら、とんでもなく嬉しかった。
その日から、自分の中で翔太の存在が日に日に大きくなってきていることに、空は気付いていた。怪我をした翔太を抱きしめた時、自分でもそんな行動をとったことに驚いた。でも、どうにかしてすくい上げてやりたいとそう思ったのだ。
インターハイでの敗戦。試合に出ることが絶望的な翔太に、自分を見ておけと言ったにも関わらず、不甲斐ない結果に終わってしまった。これまでたくさんの負けを重ねてきたけれど、その中でも一番といっていいほどの悔しさやもどかしさを感じた。そんな空の気持ちに、やっぱり翔太だけは気付いていた。
寮に戻って、翔太に抱きしめられた。不快感なんか何一つ感じなかった。むしろ、翔太の心臓の音がダイレクトに耳に届いて、ちょっと汗ばんだ熱に包まれて、試合が終わってからずっと強ばっていた体の緊張が、すっとほどけていくようなそんな感覚になった。
そして、二人は初めてのキスを交わした。風呂を理由に部屋を出た空の心臓は、これまでにないぐらい、ばくばくと脈打っていた。体中が熱い。駆け込んだ風呂場の鏡で自分の顔を見たとき、赤く火照っていて、驚いた。
すぐにでも告白してくるかと思ったけど、なかなか言い出さない翔太にしびれを切らして、結局空が告白を促すような形になり、二人の関係に、恋人という新しい関係が加わった。
恋人として、良きライバルとして・・・次の目標は、春高で同じコートに立つことだ。