伝えようと決意したのはいいものの、そんなチャンスは滅多にやってこない。寮の部屋では二人きりなんだから、その時が一番いいとは分かっているが、毎日遅くまで練習して、くたくたになって帰ってきて、夏休みの課題をこなし、風呂に入ったらもうあっという間に就寝の時間。結局、タイミングがつかめずにずるずると日数だけが経っていった。
だけど、ついにチャンスは巡ってくる。夏休みの最終日。夏休みをバレーボールに捧げた男子バレーボール部にささやかな夏の楽しみが用意されていた。練習終了後、体育館の裏手の空き地で、バーベキューが行われることになったのだ。そして、最後には花火も用意されていた。
「男だけで花火なんて悲しい!」
誰かの嘆きに「そうだ!そうだ!」と茶々が入りながらも、なんだかんだで大盛り上がりの花火大会だった。体育館にこもりっぱなしの夏休みだったが、この瞬間は何もかも忘れて、みんな笑顔で楽しんでいた。
「翔太。」
みんなに混じって楽しんでいた翔太だったが、ちょうど手持ちの花火の火が消えたのでバケツに捨てようと輪を離れたところで、空に声をかけられた。空の手には、線香花火が何本か握られていた。イタズラを企む子どものように、それをそっと掲げて見せる空にドキリと胸が高鳴る。
「こっち。」
そんな翔太の気持ちを知ってか知らずか、空は翔太の手を引いてその場を離れ、みんなからはちょうど死角になる場所まで翔太を連れてきた。みんなから見えないとはいえ、死角になっているだけで、距離はそんなに離れていない。変わらずはしゃぐ他の部員たちの声が聞こえてくる。近くにあった古びたベンチに二人で腰掛ける。
「空くん。どうしたんですか?」
「これ、やろう。」
「線香花火・・・。」
「パクってきた。」
「ちょ、言い方・・・。」
空は翔太に線香花火を一本手渡すと、ジャージのポケットからライターを取り出して自分の分と翔太の分に火をつけた。しばらくすると、パチパチと音を立てながら、小さな火花が飛び散っていく。二人で静かにその火花を見つめる。何も話さず、ただ静かに。
翔太は時折、空の横顔を盗み見ていた。空がここに翔太を連れてきた真意は分からない。でも・・・と翔太は思った。これは、チャンスなのでは・・・。自分の気持ちをちゃんと言葉にしろと、神様から与えられたチャンスなのかもしれない。
空が用意した花火は、三本ずつ。一本目が終わり、二本目も終わり・・・。
「これが、最後だね。」
「・・・はい。」
空が静かに言って、最後の花火に火をつけた。パチパチ・・・パチパチ。火花はどんどん大きくなって・・・。その重さに耐えきれなくなったのか、最後だというのにいとも簡単にポトンと落ちてしまった。それを追いかけるように空の線香花火も、ポタッと火が落ちた。
「・・・あーぁ。落ちちゃった。」
名残惜しそうに空が呟く。翔太の心臓は今にも口から飛び出しそうだった。バクバクという鼓動が、空に聞こえてしまいそうで、うまく言葉が出てこない。
「空くん・・・あの・・・。」
「翔太さ、俺に言いたいことないの?」
「え・・・っと・・・」
思わぬ空からの問いかけに、また言葉が詰まる。空は、自分の膝の上に頭をのせて翔太をじっと見つめていたが、何も言い出そうとしない翔太を見て、小さくため息をつくと、立ち上がって言った。
「ないなら、別にいい。戻ろっか。」
「ま、待って!」
咄嗟に空の手をつかんだ翔太が、勢いそのまま空を思いきり抱きしめる。ぎゅっと腕に力が込められて、二人の距離はこれまでよりもずっと近くなった。翔太は意を決して、口を開いた。
「好きです。空くん。もう、めちゃくちゃ好き。」
「・・・そっか。」
「それだけですか・・・?」
意を決して伝えた言葉に対して、あまりにも素っ気ない返事に翔太は戸惑うとともに、落胆した。きっと・・・この気持ちは伝わらない。そう思って、離れようとした瞬間、今度は空の腕が翔太の背中に回った。まるで、離れるなと言われているようだった。
「俺、お前の関西弁結構好きなんだよね。」
「はい・・・?」
かと思えば、突拍子もないことを言われて、翔太の頭の中はもはや大混乱に陥っていた。
「言ってみてよ。もう一回、関西弁で。」
「えー・・・むず・・・」
「じゃあ、もういい。」
「ま、待って!!」
ここまでして、離れようとする空を再び引き止めて、腕の中に閉じ込める。
「えーっと・・・俺、空くんのことめっちゃ好きやねん!お、俺と付き合うてください!」
「いいよ。」
「・・・よかった。・・・って、え!?いいんですか?」
「だから、いいよって言ってる。」
あっさりと了承の返事が返ってきて、もう翔太は今起こっていることが、夢なのか、現実なのか分からなくなっていた。でも、夢になんてしたくなかった。今、空は確かに「いいよ」と言った。こんなチャンス、みすみすと逃してたまるか。
「空くん、俺のこと好きやったん・・・?」
「分かんない。」
「え・・・。」
「分かんないよ。誰かを好きになったことないもん。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「ただ、お前ならいいなって思っちゃったんだよ。なんでかは俺にも分かんないけど。」
「えー・・・空くん、俺のこと結構好きなんちゃう・・・?」
「うるさい。」
翔太は少しだけ体を離して、空の顔をのぞき込んだ。暗がりでも分かる。空の瞳が、僅かにうるんでいること、頬は上気して赤くなっていること。翔太を見つめる空の瞳は、あの夜と同じだった。
「空くん。キス・・・していいですか?」
「ふはっ!いちいち聞くな・・・ッんッ」
翔太はいたずらに笑う空の唇を塞ぐ。背中に回されていた空の手が、翔太のシャツをきゅっとつかんだ。翔太は、両手を空の頬に添えた。触れては離れて、離れては触れ・・・キスの合間に漏れる甘い吐息は、もはやどちらから漏れているのか分からない。
二人にとって二回目のキスは、真夏の夜。部員たちに隠れて、そっと交わされた。