「翔太、好きな人いるの?」
それなのに、寮に帰ってふと呟かれた空の言葉に、翔太は驚いて言葉も出なかった。振り返ると、すでに寝支度を調え、ベッドに横になっていた空が、じっと翔太を見つめていた。その目は、何かを探っているようで、思わず目をそらしてしまう。
「ど、どうしたんですか?急に・・・。」
「さっき大宮と話してたでしょ。仲良く肩なんて組んじゃってさ。」
「え・・・?」
空の声がいつもより幼く聞こえて、逸らしていた目を再び空に向けた。空の瞼はもう今にも閉じてしまいそうだけど、確かに翔太を見つめていたし、なんだかじとりと睨まれているような気さえする。なんというか・・・これはまるで・・・嫉妬・・・されている気分だ。いや、空に限ってそんなこと・・・自問自答を繰り返している翔太に、完全にへそを曲げてしまったのか、空はふいと寝返りをうって、背中を向けてしまった。
「そ、空くん?」
「もう知らない。」
「えっと・・・もしかして嫉妬とか・・・?」
「は?なんで俺がお前に嫉妬なんか・・・。」
「そ、そうやんな・・・すいません・・・。」
「翔太のばーか。」
「そ、空くん・・・」
おそらく空はもう半分夢の中にいる。だから、自分が何を言っているのかも、ほとんど分かっていないかもしれない。そんな空の姿に、翔太は胸の奥がきゅっとする。どう言っていいか分からないけど、とろけるような甘い感じとか、今すぐ空に触れたい気持ちとか、どうにもうまく言葉にできないもどかしさとか、とにかくいろいろな気持ちが混ざり合っている。
だけど、決して不快なわけじゃない。気付けば、翔太の顔はだらしなく緩んでいた。今なら、今ならちゃんと伝えられるかもしれない。翔太の気持ちも、あの夜の出来事も・・・それから、空にもちゃんと聞かなくてはいけない。深呼吸をして、拳を握りしめて、口を開く。
「空くん。あの・・・」
「・・・。」
返事がない。近づいて顔をのぞき込むと、空はおだやかな寝息を立てて眠っていた。肩の力が一気に抜けて、翔太はため息と共に、空のベッドの端に座り込んだ。この位置からなら、空の寝顔がよく見える。こんなにもまじまじと空の寝顔を見たのは、初めてかもしれない。いつもコートに立っている時の凜とした表情は形を潜め、その寝顔はまるで小さな子どものように幼かった。
「あとちょっとやったのに・・・最後まで聞いてくださいよ。」
相手は深い眠りに落ちている。聞こえるはずもない相手への文句を小さく呟いて、翔太はそっと空の髪に触れた。その時、その手にすり寄るように空の頭が僅かに動いた。一瞬起こしたかと思って手を止めた翔太だったが、相変わらずすやすやと眠る空にほっと胸をなでおろす。
「次は、ちゃんと伝えさせてくださいね。」
翔太は立ち上がると、ベッドの端に投げ出されたままになっていた薄手の布団をそっと空にかけてから、もう一度だけ空の髪をなでた。
ちゃんと自分の気持ちを空に伝えよう。気まずくなるかもしれない。お前なんか好きじゃないってそう言われてしまうかもしれない。それでも、あの日、初めてキスを交わしたあの夜、確かに感じた空の熱を一度きりの思い出になどしたくない。
自分のベッドに戻ってから、電気を消す。真っ暗になった部屋の中で、翔太は静かに決意した。