5 8月
 インターハイが終わって、本格的に夏休みが始まった。夏休みとはいえ、強豪の夕陽ヶ浜学園男子バレーボール部に、休みなど存在しない。むしろ、授業がない分、朝から夕方まで、ずっと練習に明け暮れる毎日だった。

 翔太のけがは順調に回復し、松葉杖や固定具なしでも生活できるようになった。まだ、みんなと同じ練習メニューはこなせないが、その分筋力トレーニングをしたり、ボール拾いなど練習の手伝いをしたりして過ごしている。自分が動けない分、いろいろな選手のプレーを見て、少しでも自分に吸収しようといつもよりも観察に力をいれていた。

「日下部!」
 
 それでもやっぱり一番見ていたいのは空のプレーだった。試合形式の練習中、翔太は得点係をしていた。それぞれのチームに点数が入るたびに、点数をめくりながら、少しも目を離さずに空のプレーを見つめる。セッターの三浦から放たれたトスを、空は相手コートにたたき込んだ。

 チームメイトが空に駆け寄って、次々とハイタッチをしていく。それに笑顔で応える空。最近、空の表情が柔らかくなった気がする。あまり表情の変わらないクールな空もいいけれど、ふわりと柔らかく笑う空も魅力的だった。

だけど・・・あの日、初めてキスを交わしたあの夜、何かを求めるように翔太を見つめたあの瞳をもう一度見たいと思ってしまう。あの日、確かに二人の間には、尊敬や憧れ、可愛い後輩、チームメイトに向ける感情を越えた何かがあった。でも、風呂から帰ってきた空は、何事もなかったようにいつも通りだったし、翔太は翔太で自分から話を持ち出す勇気がなく、二人の間であの日の出来事が話題になることはなかった。

「お前さ、好きな人とどうなったの?」

 その日の部活終わり、片付けをしながら声をかけてきたのは、翔太と同じ1年の大宮だった。そういえば、空のことが恋愛的な意味で好きだと気付いた頃、大宮とそんな話をしたことを思い出した。空が好きだとは言っていないが、翔太に好きな人ができたことを大宮は知っている。

あまりにも突然の問いかけに翔太の心臓は一気に心拍数をあげる。手に持っていた綺麗に畳んだネットを落としそうになる。慌ててきちんと持ち直すと、平常心を保ちながら答えた

「べ、べつに・・・どうにも・・・。」
「ほんとかよ。耳、真っ赤だぞ。」
「え!?」

 からかうようににやけながら大宮は翔太の指を指した。思わず両手で耳を塞ぐように隠した翔太を見て、大宮はケラケラと笑い出した。

「絶対なんかあっただろ!ほら、言え!」
「なんもないって!離せや!」

 翔太も背がずいぶん伸びたとはいえ、まだ少し大宮の方が上をいっている。足がまだ本調子ではないうえに、肩まで組まれると逃げ場がない。このままだと、言わなくてもいいことまで話してしまいそうだったから、なんとか逃れようと翔太は必死だった。

「えーいいじゃん。ほら、教えろよ!」
「なんもないって言うとるやろ!」
「え~」
「お前ら、騒ぎすぎだ。さっさと片付けしろ。」

 その時、部長の高山の声がして、大宮との小競り合いは終わった。二人で元気よく返事をして、バタバタと片付けを終わらせた。どきりとしながらも、翔太は内心助かったと思った。まさか、憧れだと思っていたはずの先輩のことを好きになったなど、さらにはすでに抱きしめて・・・抱きしめられたこともあった・・・、キスをしたなんて、言えるはずもない。

 決して、空を好きになったことを後悔しているわけではないし、ずっと隠しておきたいわけでもない。でも、まだ本人にもはっきりと気持ちを伝えられていないのに、自分の気持ちが他の誰かに伝わってしまうことが嫌だと思った。