4 7月
毎日勉強に部活に追われているうちに、気付けば梅雨は明け、暑い夏がやってきた。その日翔太は、寮の部屋でうなだれていた。
「・・・あかん・・・期末終わった・・・。」
「何。どうしたの?」
ベッドに腰掛けてバレー雑誌を眺めていた空が翔太に問いかける。翔太が「空くんは余裕ですね。」なんて嫌味を言っても、空は一つも気にする様子はない。夏のインターハイが始まる前に、期末テストが迫っていた。もう1週間もないというのに、翔太は全く勉強が進んでいなかった。
「そんなのちゃんと授業聞いてりゃ大丈夫でしょ?」
空は勉強もそれなりにできるらしいというのは、5月にあった中間テストの時に知った。寮では必死にやっている様子は見られなかったのに、返却されたテストの結果を聞いて驚愕したことを翔太は鮮明に覚えている。
「・・・はぁ・・・ずるい・・・」
「何言ってんだよ。ほら、どこが分かんないの?」
「え、教えてくれるんですか?」
「嫌なら別にいいけど。」
「い!いやなわけないやないですか!」
「ははっ!必死すぎだろ。」
そう言って笑った空は、立ち上がると翔太のところまで近づいてきた。翔太の椅子のすぐ横に自分の椅子を移動させてきて、隣に腰掛け、テキストをのぞき込んできた。大きな体の男が二人。テキストを広げていたテーブルは、そんなに広くない。自ずと距離は近くなる。肩と肩が触れあい、そこから空の呼吸がダイレクトに伝わった。翔太の心臓は大きく音を立てる。
(あかん・・・こんな近かったらバレそうや・・・)
内心冷や汗をかきながら、それでも平常心を装って翔太は空に勉強を教わった。最初はドギマギしていたけれど、空の教え方はよく分かって、次第に目の前の問題に集中していた。不思議なもので、先ほどまで見るのも嫌だった数式が、すらすら解け始めると、次へ次へと進みたくなる。
「・・・できた!」
「理解すりゃ飲み込み早いじゃん。バレーと一緒だね。」
「え?」
「お前はさ、素直だから。教えてもらったことは素直に吸収するだろ?ほんとスポンジみたい。」
「スポンジって・・・」
「褒めてんだよ。スポンジみたいにどんどん吸収して、どんどん成長する。同じポジションやってる身からすると、脅威だけどな。」
「・・・明日雨降るんか・・・?」
「なんで。」
「だって・・・だって空くんが俺のこと褒めてくれた。」
「おまっ!失礼すぎるだろ。もう褒めない。」
そう言って立ち上がり、自分のベッドへ戻ろうとした空を翔太は慌てて引き留めた。いや、正確には引き留めようとした。勢いよく立ち上がったのがいけなかったのか、周りを確認せず振り返ったのがいけなかったのか・・・。あ、やばい・・・そう思ったときには時すでに遅し。翔太はバランスを崩し、目の前にいた空に覆い被さるようにして倒れ込んだ。
「あっぶねー・・・」
「・・・ご、ごめっ・・・っ!」
謝ろうとして翔太は息を呑んだ。勢い余って倒れ込んだのは、空のベッドの上。翔太の真下には空が仰向きで横たわっている。つまり、翔太が空を押し倒しているような体制になっているわけで、それに気付いた翔太は言葉を詰まらせるしかなかった。
「おい。おーい。翔太?」
「・・・っ!あ、ごめんなさい。どきます。」
「どうした?大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ほんま、すんません。」
「ふーん。それならいいけど。」
翔太が慌てて立ち上がると、空は一言二言会話して、何事もなかったかのようにまた雑誌を読み始めた。そんな空を見て、翔太は小さくため息をついた。勝手に好きになったのは自分。空が自分のことなんかを好きになるはずがない。そう分かっていても、事故とはいえ、ベッドに押し倒されても意識されないとはなんとも不甲斐ない。うなだれながら、空に背を向けて、静かに勉強を再開した。
だから、再び勉強を始めた翔太の背中を、空がじっと見つめていたことに、翔太は気付かなかった。
毎日勉強に部活に追われているうちに、気付けば梅雨は明け、暑い夏がやってきた。その日翔太は、寮の部屋でうなだれていた。
「・・・あかん・・・期末終わった・・・。」
「何。どうしたの?」
ベッドに腰掛けてバレー雑誌を眺めていた空が翔太に問いかける。翔太が「空くんは余裕ですね。」なんて嫌味を言っても、空は一つも気にする様子はない。夏のインターハイが始まる前に、期末テストが迫っていた。もう1週間もないというのに、翔太は全く勉強が進んでいなかった。
「そんなのちゃんと授業聞いてりゃ大丈夫でしょ?」
空は勉強もそれなりにできるらしいというのは、5月にあった中間テストの時に知った。寮では必死にやっている様子は見られなかったのに、返却されたテストの結果を聞いて驚愕したことを翔太は鮮明に覚えている。
「・・・はぁ・・・ずるい・・・」
「何言ってんだよ。ほら、どこが分かんないの?」
「え、教えてくれるんですか?」
「嫌なら別にいいけど。」
「い!いやなわけないやないですか!」
「ははっ!必死すぎだろ。」
そう言って笑った空は、立ち上がると翔太のところまで近づいてきた。翔太の椅子のすぐ横に自分の椅子を移動させてきて、隣に腰掛け、テキストをのぞき込んできた。大きな体の男が二人。テキストを広げていたテーブルは、そんなに広くない。自ずと距離は近くなる。肩と肩が触れあい、そこから空の呼吸がダイレクトに伝わった。翔太の心臓は大きく音を立てる。
(あかん・・・こんな近かったらバレそうや・・・)
内心冷や汗をかきながら、それでも平常心を装って翔太は空に勉強を教わった。最初はドギマギしていたけれど、空の教え方はよく分かって、次第に目の前の問題に集中していた。不思議なもので、先ほどまで見るのも嫌だった数式が、すらすら解け始めると、次へ次へと進みたくなる。
「・・・できた!」
「理解すりゃ飲み込み早いじゃん。バレーと一緒だね。」
「え?」
「お前はさ、素直だから。教えてもらったことは素直に吸収するだろ?ほんとスポンジみたい。」
「スポンジって・・・」
「褒めてんだよ。スポンジみたいにどんどん吸収して、どんどん成長する。同じポジションやってる身からすると、脅威だけどな。」
「・・・明日雨降るんか・・・?」
「なんで。」
「だって・・・だって空くんが俺のこと褒めてくれた。」
「おまっ!失礼すぎるだろ。もう褒めない。」
そう言って立ち上がり、自分のベッドへ戻ろうとした空を翔太は慌てて引き留めた。いや、正確には引き留めようとした。勢いよく立ち上がったのがいけなかったのか、周りを確認せず振り返ったのがいけなかったのか・・・。あ、やばい・・・そう思ったときには時すでに遅し。翔太はバランスを崩し、目の前にいた空に覆い被さるようにして倒れ込んだ。
「あっぶねー・・・」
「・・・ご、ごめっ・・・っ!」
謝ろうとして翔太は息を呑んだ。勢い余って倒れ込んだのは、空のベッドの上。翔太の真下には空が仰向きで横たわっている。つまり、翔太が空を押し倒しているような体制になっているわけで、それに気付いた翔太は言葉を詰まらせるしかなかった。
「おい。おーい。翔太?」
「・・・っ!あ、ごめんなさい。どきます。」
「どうした?大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ほんま、すんません。」
「ふーん。それならいいけど。」
翔太が慌てて立ち上がると、空は一言二言会話して、何事もなかったかのようにまた雑誌を読み始めた。そんな空を見て、翔太は小さくため息をついた。勝手に好きになったのは自分。空が自分のことなんかを好きになるはずがない。そう分かっていても、事故とはいえ、ベッドに押し倒されても意識されないとはなんとも不甲斐ない。うなだれながら、空に背を向けて、静かに勉強を再開した。
だから、再び勉強を始めた翔太の背中を、空がじっと見つめていたことに、翔太は気付かなかった。