桜が、舞って、カーテンが揺れた。気づけば、その男は、俺の――
「…て、佐倉聞いてる?」
瞬の顔がいきなり俺の視界に映りこむ。その距離約十五センチ。近い。
「あ、あー聞いてた聞いてた」
「それ聞いてないやつの返事ー」
瞬は少しむくれた顔をして前に向き直る。俺は上がった心拍数を落ち着かせるため大きく息を吸って、吐く。いつも通り、いつも通り…。
「…180あるやつがそんな顔してもかわいくないな」
「え、何?かわいいって?ありがとう」
「耳わる」
「うるさ」
言い合いながらも瞬はひひっと笑う。俺は、それにまたドキッとしたりして。あぁ、もうかわいいな!…そう、俺、佐倉隆桜は五十嵐瞬のことが好きなのである。
俺と瞬は高校に入ってからの仲であった。席が隣になった俺たちは気がつけば仲良くなり、休日もほとんど一緒に過ごすようになっていた。そして俺は…。
「あ、そんでさっきの話!来るんだって、転校生!」
「こんな時期に?」
「珍しいよな!あ~、どんな子だろ、かわいい子がいいな~」
ズキン。瞬間、感情が制御できない。つくづく自分のことがバカだと思う。
「…女子なの?」
「わかんね!」
「…はぁ」
俺がひねり出した一言に瞬も快活に一言笑顔を添えて簡単に返す。落ち着け、俺。こいつは、何も考えてないんだ。そもそも俺はこの気持ちを伝えるつもりはない。
チャイムが鳴り先生が入ってくれば、教室はなんとなく静かになる。心なしかクラスメイトがそわそわしている。
「転校生紹介するぞー」
けだるげで適当な先生の声を合図に教室の扉が開く。クラス中の視線が集まる。黒い、細く柔らかそうな髪の毛を春風になびかせながら彼は俺らの世界にはいってきた。瞬間、目を奪われる。背が高くてスラっとした背格好、黒くて切れ長の目、あ、イケメン…
「隼人!?」
隣の席で勢いよく立ち上がった瞬は、俺の見たことのない表情をしていた。
「いやぁ~こっち帰ってくんなら連絡くれよな!」
「お前の連絡先知らなかったし」
転校生、池田隼人はどうやら五十嵐瞬の幼馴染であったらしい。朝のホームルームが終わると、瞬は今までになく楽しげな表情で彼に話しかけた。それはミーハーなクラスの女子を凌駕する勢いだった。勝負に負けた女子たちはちらちらとこちらを伺い好機を狙っている。
「あ、そだ隼人、こいつ佐倉隆桜!」
「よろしく。タカオ…ってどう書くの?」
いきなり振られて驚くも、俺は宙に指で書きながら説明する。
「かっこいい字」
「…それは、どうも。」
なんだか、食えないやつだ。知らずのうちに、つっけんどんな態度になってしまう。だせぇぞ、俺。そんな中イケメンもとい池田隼人はイケメンな笑い顔を張り付け、イケメンな声で会話を続ける。
「こいつ、うるさくて大変だろ」
「うるさいてなんだよ!」
幼馴染マウントかよ。
「あーー、そうすね、いつも隣にうるさいのがいるから飽きないすよ」
「褒められてるってことにしていい?」
瞬の言葉に適当に笑って返していると、池田隼人が口を開く。
「え、俺らタメよな?なんで敬語」
「あはは、」
笑ってごまかす。危ない、心の距離が言葉に現れてしまった。俺は別にお前と仲良くしようとは思っていない。友達の友達という距離感でいようぜ。だって、どうしたって、瞬の幼馴染ということばかり意識してしまう。
「…ふふ、おもしろ」
「は?」
何が面白いのか、奴は笑い出した。ほんとに意味わからねぇ奴。
「俺ら、仲良くなれそうだね」
「…そうですねー」
今の会話でどうしたらそう思えるんだ。池田隼人、この男、苦手かもしれない。
その後、会話が途切れたのを好機とみてミーハー女子たちが話しかけてきた。休み時間になれば、他クラスからもイケメン転校生に興味を持った奴らが集まってきて人だかりができる。俺はなるべく関わり合いにならないように自分の席でおとなしくしていた。池田隼人は顔だけでなくノリも良いのでどんな人とも話が盛り上がる。良かったじゃん、そのままそこらへんのやつと仲良くしてくれ、という俺の願いもむなしく、一週間ほどが過ぎ、転校生に群がってたクラスメイトが落ち着いてくると、奴は瞬と俺とよく過ごすようになっていった。
「たーかお」
一回、聞こえなかったことにしてみる。それで奴が諦めれば万々歳だ。
「…佐倉隆桜ぉ」
「なんだよ」
奴はなかなかしぶとかった。耐えられず返事をしてしまうが、せめてもの抵抗で目は合わせない。
「名前で呼ばれるの嫌いなん?」
「…は?」
「いつも名前で呼ぶと返事しないから」
「あー…そんなことないっすよー…」
池田隼人を避けようとするあまり感じが悪すぎる人間になってしまっていた。気を付けよう。
「…で、なんか用?ですか?」
「…ふっ、わざわざ敬語に直すなよ」
こころの距離の表れだよ。
「あ、そうそう、瞬のこと伝えに来たんだ」
「瞬?」
「なんか、あいつ体調悪いって今保健室いてさ。荷物とかいろいろ…」
「んで、そんな大事なこと早く言わないんだよ!」
「え、いやでも別に…」
瞬が体調崩すなんて今までなかったのに!俺はあわてて瞬の荷物をまとめると、保健室へ向かった。後ろで池田隼人がなんか言ってた気がするが、無視である。
「しゅん!!」
保健室の扉を勢いよく開けると、ケロッとした様子の瞬がくつろいでいた。
「さ、さくら…?」
「…え、瞬、体調が悪いって…池田隼人から聞いたんだけど…」
瞬はポカンとしたかと思えば唐突に笑いだした。俺が混乱していると瞬はやっと話だした。
「…あはは、お前それでそんな息切らして走ってきたの?!…おもろすぎ、過保護かよ!」
「だ、だって心配だろ!お前が体調不良なんて今まで一回もなかった」
「誰がバカだって?…てか、体調不良って程じゃねぇよ?ほら、今度テストあるじゃん。それで勉強してたら寝不足で…ちょっと立ち眩みしたくらい」
瞬は大したことねえよ、といつも通りに笑う。俺は、ほっとしてしゃがみ込んだ。
「え、どした?」
なんでもねえ、と顔をうずめたまま答える。早とちりして、必死になって、あぁ、はずかしい。
「でも今日は念のため早く帰れって、先生言ってただろ」
背後から声が飛んでくる。でたな、池田隼人。
「お!ありがとな、隼人!佐倉呼んできてくれて。佐倉もありがとうな、心配してくれて。あと荷物も」
半分茶化しながら瞬がお礼を言う。恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。でも、そんな瞬がかわいいと思ってしまうのが心底悔しい。
「うるせぇ…」
やっとの思いでこの一言をひねり出すと、俺は次の授業に参加するべく、教室をあとにした。
「たかお」
池田隼人に後ろから声をかけられ立ち止まる。
「なに」
「あ、初めて名前呼びに反応してくれた」
「…要件は」
「協力するよ。」
「は?」
「好きなんだろ」
「…」
「瞬のこと」
…嘘だろ、いつ、いつからだ。いつから気づかれていた?違う、まだごまかせる。落ち着いて、ポーカーフェイスで否定するんだ。
「ち、ちが…」
うまく言葉が出ない。喉の奥がすっぱい。あぁ、ダメだ。
「そんな焦んなよ。べつに言いふらそうって思ってるんじゃなくて。俺は、ただ協力しようって言ってだけだよ。」
「え」
そういった池田隼人は朗らかに笑い言葉をつづけた。
「隆桜、俺の事、敵対視してただろ。そんでもって今もしてるだろ。」
…どうやらばれていたようだ。俺は何も言えず、ただ奴の次の言葉を待った。
「俺、別にとらないよ?瞬の事。普通に仲良くしたいだけだし。俺はどちらかといえば、お前と仲良くなりたい。だからさ、協力させてよ。瞬とのこと。」
池田隼人は俺と仲良くなりたかったのか…。にしても協力って、俺は別に望んでない。
「…俺は、別に瞬とどうにかなりたいと望んでいたわけじゃない。ただ、これまで通り、普通に仲良くできていたら…」
「その割には俺に嫉妬してたよね」
俺は何も答えられなかった。池田は朗らかな顔はそのままに、語気を少しだけ強くする。
「本当は、望んでるんじゃないの?瞬の特別になりたいって。自分だけを見てほしいって」
「お前に何が分かるんだ…」
奴はその瞬間、どこか切なげな空気をまとった。
「…俺も、「そう」だから。」
「…それって」
言葉を言い終える前に、廊下にチャイムが鳴り響いた。
「…授業始まったね」
「さいあくだ…」
しんと静まり返った廊下に沈黙が流れる。少し、緊張する。自分の呼吸の音さえきになってしまい、無意識に息が浅くなる。先に張り詰めた空気を破ったのは池田だった。
「…なぁ、サボろうよ」
「え」
次の瞬間、手を取られ引っ張られる。
「ちょ、どこ行くんだよ!ま、待てって!」
「しー!静かに!」
振り返って口元に指を立てる池田の顔は、まるで世界で一番面白いいたずらを思いついた子供のようだった。
「ほら、ここ!知ってた?」
連れてこられたのは屋上前の踊り場だった。
「流石に屋上のカギはゲットできなくてさ、でもこの校舎特別教室ばっかで人あんまり来ないから穴場なんだよね」
「…お前、この学校来たの、ついこの間…」
ふふ、と不敵に笑うと池田は窓を開けた。まだ暑さが残るなか、秋の涼しい風が吹き抜ける。それは、どこからか金木犀の香りを運んできた。空にいる太陽はもうすでに傾いており、どこか寂しさを感じさせる。二人の間には沈黙が流れた。しかし、廊下の時とは違いそこに緊張感はなくゆっくりとした時間が流れている。
「…なぁ、さっきの話」
今度、沈黙を破ったのは俺の方だった。
「さっきの?」
「…協力するって」
池田はそっちか、とつぶやき俺に向き直る。
「瞬とくっつけるように、協力する。隆桜と仲良くなりたいって下心丸出しだけどな」
池田はそういうと冗談ぽく笑った。なんで、今までこいつの事警戒してたんだろうか。食えないやつだとは思っていたが、今も割とそう思うが、悪いやつではなかったじゃん。
「…いつから気づいてたの」
「初日?あ、こいつ俺のこと良く思ってないなーって気づいて話してたらわかった。」
「え、俺そんな分かりやすい?」
絶望である。瞬が鈍感でよかった。
「いや、普通気づかないんじゃない?俺がたかおと同じだから気づいたってのはある。それに、昔から観察眼には長けてんのよ、俺。」
「…そっか」
あえて、触れなかったけど、こいつから言い出すってことは、池田は自身の性的嗜好を受け入れられているってことなのだろうか。
「すごいな、池田…」
「何がだよ」
「なんかもう全部!顔いいし、コミュ力たけぇし、優しいし。俺が持ってないもんばっかだわ。うらやましいよ」
俺が笑うと、池田が変な顔をしていた。なんていうんだっけ、この顔。鳩が、鳩が豆…
「…優しくはないでしょ」
池田はくるりと俺に背を向け、窓の外を眺めだした。
「人の恋路の応援しようなんて、俺は考えない。十分にやさしいだろ。…てか、しれっと顔いいとコミュ強なのは認めたよな」
池田がははっと笑う。なんか心地いいな、この空間。ゆっくり時間が流れていく感じがする。
「頼りにしてるわ、池田」
「任せとけ。…じゃあ、作戦会議でもする?」
「ふっ、作戦会議って」
この日、そのあとの授業を全部さぼって池田と俺は「俺と瞬が結ばれるための作戦会議」を行った。話が脱線してバカみたいなことしゃべってたけどそんな時間も意外と心地よい。どうやら俺と池田は思っていたよりも馬が合うらしい。
そして、次の日から早速俺は「瞬とくっつこう大作戦」実行することになった。
俺は律儀に作戦を実行していく。瞬と一緒に勉強会したり、些細なことでほめてみたり、水族館とか誘ってみたり。そのたびに、池田に報告してはアドバイスをもらう。
「池田ッ!す、水族館オッケーもらえた!」
「…やったじゃん!」
ふたりで水族館に行けることが決まったときはうれしくて息を切らしながら池田に報告しに行った。あいつもまさかほんとに行くなんて思ってなかったのだろう、一瞬硬直した後に言葉を尽くして祝ってくれた。
そしてついに、この日がやってきてしまった。
「…緊張してるじゃん」
「あ、当たり前だろ!今日、やっと伝えるんだから」
そう。佐倉隆桜、一世一代の大告白大会である。なんといっても今日は文化祭最終日なのだ。文化祭マジックにあやかりたい。さらにこの学校には例にもれず、後夜祭のダンス中に結ばれたカップルは永遠になるというジンクスが存在する。迷信だろといつもなら一蹴するところだが、今は信じてみたいと思う。
「せっかくだ。普通に文化祭楽しんで来いよ」
「おう…。まずは、誘わないと…」
え、と池田は拍子抜けた声を漏らした。
「まだ誘ってなかったのか…?」
「だ、だから今から頑張って…」
直後、後ろから聞こえてきた声に背中が氷いついた。
「あれ?佐倉に隼人!何してんだ?」
「お、おー瞬」
適当に返す隼人に対して俺は今更緊張してしまって言葉が出なくなる。少しでも可能性があるなら、瞬と付き合えるなら、って頑張りだしてからずっとこうだ。から回ってうまくいっていないように思う。
「し、瞬は何してたん?」
かろうじて言葉をひねり出す。
「あー、彼女と待ち合わせしてて」
…え、
「え?お前彼女いたの…?」
隼人が何やら瞬と話しているも、俺の耳には入ってこない。
そう、だよな…。友達だからと言って何でもかんでも話すとは限らない。でも、いつの間に…。お前とはたとえ恋人になれなくても親友だと思ってたのに、恋人の存在すら教えてもらえなかったのか。今まで頑張ってきたのは何だったんだろう。絶対、絶対俺の方が瞬のこと好きなのに。ぐるぐると汚い感情が波みたいに押し寄せてきた。
俺は、地面を蹴ってがむしゃらに走っていた。瞬を驚かせてしまったかもしれない、とか、隼人にダサいとこ見られたなとか、どうでもいいことが頭には浮かんでくる。
気が付くと、俺は屋上前の踊り場まで来ていた。あの日、隼人と授業をさぼって作戦会議したあの場所。あの日から頑張ったのにな…。
瞬に少しでも意識してほしくて、可能性あるなら頑張ってみようって。応援してくれる人が近くにいたから、ダメそうでも頑張れた。瞬に少しでもいいとこ見せたくて、苦手な勉強も頑張った。水族館も頑張った。楽しかったのに。泡のように瞬との思い出が浮かんでは弾けてく。ゆっくりとしずくが頬を伝う。あぁ、俺は泣いているのか、と遅れて気が付く。一度、涙を認識してしまうと止められない。次から次にしずくは落ちてきて一向にやまないのだ。
俺は壁にもたれかかりそのままずるずると座り込む。声を殺して俺は泣いた。ふいに、隣に温かさを感じた。俺はそいつに涙を観られたくなくて腕にうずめた顔をあげられない。すると隣のそいつはゆっくりと語りだした。
「…瞬、昨日彼女できたんだって。文化祭マジックってやつだよな。今日あたりにもちゃんと報告しようとしてたらしいから、あんまり気にすんなよ」
「…別に、気にしてないし」
あまりにお粗末な嘘をつく。つくにしてももっとましな言い方があっただろうと思うが、これ以上しゃべれば声が震えそうで言葉を紡ぐことはできなかった。
「…ははっ、強がり。」
うるさい。
「…隆桜は頑張ったよ。瞬もバカだよな、隣にいいやつがずっといたのにさ」
やめろ、優しくしないでくれ。今優しくされると…
「…もういいよ。俺は、男だから、最初から勝ち目なんてなかった。」
言葉の途中で声が震える。あぁもう、ほんとに恥ずかしい。泣きたくなんてないのに。
「それでも、お前があいつを好きだったことに変わりはない。それを伝えようって、そのために頑張ってたのも噓じゃない。だからお前はすごいやつだよ。」
今までになく優しい声で池田が俺を慰める。
「…ちゃんと悲しんでいいんだよ。」
…いいのか。俺は、俺の恋心はなかったことにしなくても。ちゃんと悲しんでいいのか。池田の言葉がゆっくりと心にしみていく。止まりかけていた涙がもう一度溢れてくる。嗚咽がこらえられない。そっと、背中に温かい感触があった。
「…ごめん。もう大丈夫。」
それから、池田は俺が落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。日はとっくに落ちて後夜祭が始まっている。校庭からかすかに音楽が聞こえてくる。
「…始まったな。ダンス」
池田がつぶやく。うん、と返事をして俺は立ち上がり窓の外を眺めた。そこからは校庭の様子がよく見えた。自分もあそこにいて、瞬と踊れてたら…なんて今更な妄想をして悲しくなる。
「なあ、絶対に今じゃないこと言ってもいい?」
唐突に池田が後ろから声をかけてきた。振り返りながら問いかけると、思ったよりも近くに池田の姿があり少し驚く。
「俺も、頑張ろうって思って。」
「何を?」
「恋。」
「は?」
「…すきだよ。」
え?
好きって俺が??どうして?じゃあ、どんな気持ちで今まで俺に協力してたんだよ?分からなすぎる。でも、ひとつ分かるのは…
「………絶対に、今じゃないって…」
「はは、だよな。ごめん」
反省の色なんて微塵もうかがえない顔で池田が言う。どうしよう。全く意味がわからない。いや、意味はわかるんだが。池田は俺と同じって言っていた。つまりは男が好きってことで。そのうえで俺に好きって言うということはつまりはそういうことで。どうして?なんで?いつから??
池田は俺の混乱に気づいてか話し始めた。
「…俺、前も言ったけど隆桜が瞬のこと好きなのすぐ気づいたんだよ。それで、面白いなーって気持ち半分で協力するとか言ったんだけど」
面白がってたのかよ。
「でも、そのうち、一生懸命な隆桜が…可愛く思えてきて…て、何言ってんだ恥ず」
珍しく池田が表情を崩す。…照れてる。
「とにかく、まっすぐなお前が、隆桜が、好きになったんだ。」
池田からの真っ直ぐな言葉に胸がきゅうっとする。なんでだ。なんで、今、そんなこと言うんだ。
「好きです。付き合ってください。」
いまは、今はダメだろ…。
「…お前のことは、最初は嫌だと思ってたけど、…今は嫌いじゃない。でも…」
「…うん。返事は今すぐじゃなくていいよ。最悪なタイミングで伝えたことも、ごめん。でも、頑張るから。俺も隆桜みたいに頑張ってお前を落とすよ」
落とすって、もうすでに…。いや!しっかりしろ、俺。
その後、池田からの猛攻撃に俺は翻弄された。
「たーかお!一緒に昼食べよ!」
「たかお、課題終わった?一緒にやんね?」
「たかおー、この映画もう観た?行こうよ!」
「…なんか、お前ら最近仲良くね?」
「んー、俺が頑張ってるから」
「?何を?」
池田があからさますぎて瞬は薄々気づいているんじゃないかと俺はヒヤヒヤする。バレたところでバカにするような奴じゃないのは俺がいちばんよく知ってるけど。
そんな時間が1年ほど続いて、ついに俺たちは高校の卒業式を迎えていた。
卒業式が終わって、みんなが写真を撮ったり卒アルにメッセージを書きあったりしている中、俺はこっそりと教室を抜け出す。向かう先は屋上の前の踊り場。
その場所につくと窓の外に桜が見えた。カラカラと窓を開け春の風の匂いをかぐ。…今年は桜が早いんだな。
「よ、」
すぐに、呼び出してた相手がやってきた。
「お前高校決まって良かったなー」
やつは狂った距離感で俺の肩に腕を回してきた。俺の心臓がはねる。
「い、いや、まじ池田が教えてくれたおかげだわ。お前も決まったら教えてな。池田なら大丈夫だと思うけど」
俺は大学に行くことが決まり、池田は合格発表待ちだった。
「…そういえば、池田、どこの大学受けたんだ?」
「M大」
「…そこって、」
彼が口にしたのは俺が決まった大学のすぐ近くの学校だった。
「…俺が、隆桜と離れたくなかったから」
俺の中にあったかい気持ちがひろがっていく。あぁもう、やっぱり…。
「あのさ、俺、ちゃんと気持ち伝えたくて」
「うん」
春風が、まるで俺の背中を押すように吹きわたる。桜の花びらがここまで届いてきて勇気が出る。
「俺は、いけ…隼人のことが、好きです。」
隼人はいつか見た変な顔をしていた。あぁ、そうだ、この顔、鳩が豆鉄砲食らった顔。
反応がないことに焦って俺は慌てて言葉をつなげる。
「…去年の文化祭の時から結構時間経っちゃったけど、もしまだ」
気づいたら、俺は隼人の腕に包まれていた。
「…抱きしめていい?」
「ははっ、もう抱きしめてるじゃん」
隼人は俺の肩に顔をうずめるとつぶやく。
「…ずっと、好きに決まってる」
「…俺も。」
俺も、お前が思ってるより、きっとずっと、お前が好きだよ。
「…なぁ、キスしていい?」
桜が、舞って、カーテンが揺れた。気づけば、その男は、俺の唇を奪っていった。