「なー、どこ行っちゃったんだろ……」

「靴はあったもんね?」

 一方その頃、私は蘭菜と一緒になーを探していた。
 クラスの中で、男女問わずモテている杉田さんの所為もあって今日はどのタイミングでもなーに話しかけられなかった。

 なーを目の敵にしている杉田さんは、ゆずが居たからこそなーには手を出していなかったけど。なー以外でも気に入らない人はとことん潰していくような……どちらかといえば過激派の人だった。

 昨夜、ゆずがなーを庇い、杉田さんと如月の家のマンションから落ちたという噂がメッセージアプリで回ってきた時にはもう手回し済みだったのだろうと思う。 

 きっと他とは違う意見でも大人数の方に流されてしまう、同調圧力の所為もあると思う。

 それでも杉田さんが右を向けば右、左を向けば左というように、彼女には影響力があった。

 それを利用して彼女は気に入らないような人をどんどん皆で孤立させたり、人気の無い場所に呼び出して取り巻きと共にいじめたりしている事を私は知っている。

 きっと、個人のチャットでもなーを孤立させるという目的をオブラートに包んで易しめに伝えたんだろう。

 その雰囲気で、私はいつものように話しかけに行くことができなかった。そうすると次は私がターゲットになる事は分かっていたから。

 想像以上にターゲットになるのは怖い。そもそも杉田さんと直接関わった事がないし、そんな人に目をつけられるのも大変なのだと思う。

「ねぇ蘭菜」

「ん?」

「人気がない場所って体育館裏くらいかな?」

 自習用の教室から体育館裏まで見て回った。教室にはまだなーの鞄が残っていたし、靴箱にもローファーは入っていた。つまりまだ、なーは学校に居る。

「んー、体育館裏だとか屋上とかくらいだよね」

 盲点だった、屋上という選択肢は考えに無かった。

 それだ、と何の根拠も無い私のただの勘がそう叫んでいる。

「屋上になーが居るかもしれない!」

 蘭菜は「ちょっとごめん」と言うとスマホを取り出し、画面をタップする。

 私はその少しを待つのも惜しく思って体力の無い足を必死に動かして屋上に走った。運動部で足の速い蘭菜はあっという間に私に追いついた。

 ここを開ければもう屋上に出ることが出来る。
 そこまで来て、怖気付く自分が嫌になる。私も蘭菜も、大切な友達を助ける事すら出来ない弱虫なのかと絶望した。

「……開ける?」

「……」

 ここを開けなければ何も始まらない。
 そうは分かっていても、手が動かない。怖いんだ。私には皆を敵に回してまともに過ごせる自信が無い。

 そんな私に蘭菜は「大丈夫だよ」と微笑みかけてくれた。きっと、考えは同じだ。怖くて仕方ない存在に立ち向かう恐怖を必死に誤魔化してなーを助ける。

 これしか策は無い。

「っ……」

 勇気を出して、屋上のドアを開ける。
 少しずつ夜の帳が下りはじめる時間帯の中、杉田さんの嘲笑うような声が耳に入る。

「あれ? 朝比奈さんに一ノ瀬さんじゃん」

 私の予感は的中してしまった。
 取り巻きと共にニヤニヤと嫌な笑い方をする杉田さんの横にはお腹を抑え、座り込んでいるなーが居た。

 赤く腫れた頬には涙の跡が残っていて、口元も血が滲んでいる。

 ぼろぼろになったなーの姿を見た瞬間、時間が止まった。涙も声も、何も出てこない。ただ、冷たい夜風だけが、頬を撫でていった。

「今日二人とも部活だったよねぇ、わざわざ休んでこの人助けに来たんだー?」

 この人、という呼び方にすら嫌味を感じる。

 私は少し遅れて、なーに駆け寄った。
 杉田さんを無視してしまった事が気に食わなかったのかもしれない。

「……友情なんて綺麗事いらねぇんだよ」

 ボソッと頭上で、低く小さい声が聞こえた。
 感じたことのない恐怖を感じて、私は動けなくなる。もう、手遅れだ。そう察した。