[四話]
「離してください!」
「なんでですか?」
「いや、だって……」
「さぁ、僕の家に行きましょう!」
うちの声が聞こえていないのか、行くなんて言っていないのに笑顔で「美味しいお茶を用意します」とわくわくしている。
ここまでしつこいと、面倒なのも通り越して怖さが勝ってしまう。手首を掴まれているせいで逃げる事も出来ない。助けを求めるほど大袈裟なことではないと思うし、助けを呼ぶにしても大声を出したり拒む事は出来ない。
あぁ、もうどうしようもない。抵抗するのにも気力がいるし、着いて行ってしまおうか。そう思った時、如月の声が耳に入ってきた。
「なーじゃん、なにしてんの?」
「如月……」
「あなたは誰なんですか?」
誰と聞かれても、困るだろうと思う。名前を言った所で別に誰かわかるわけでもないのに。
「えっ、俺は……そこの奴のクラスメイト?」
金髪の人はキッと、真面目に答えた如月を睨みつけた。
「クラスメイト……邪魔しないでください」
邪魔って……?
何で邪魔になるのだろう、そう思ったのは如月も同じだったようだ。
「え、何で?」
「これから彼女は僕の家に来るんです!」
うちは唖然としてしまう。
諦めかけていたのは事実でも、わざわざ好き好んで、今さっき会ったばかりの知らない人の家に行こうとは思わない。
それなのに、きっぱりと「僕の家に来る」と断言している事が恐ろしい。
丁度、良いタイミングで如月が来てくれたのは救いだと思うけれど、もしも如月にこの人と知り合いだと思われたらきっと如月は帰ってしまう。
どうせ話しかけてくれたなら助けて欲しい。
どうすれば如月に助けてもらえるのか、どうすれば良いのか、悶々と考えていても良いアイディアが浮かぶ事は無い。
うちが考え込んでいる間に、如月は金髪の人と話していたようで、如月は相槌を打っている。
もしかして、もう言いくるめられた……?
そんな事を考えていると、如月がうちに「なるほど……それでなーは?」と問いかける。いつもはうちの事をからかったり意地悪してくるのに、どうして今はこんなにも優しそうに見えるんだろう。
これは最後のチャンスかもしれない。でも、うちは何と言えばいいのか、どう助けを求めればいいのかわからなくて結局何も言えずにいた。
そんなうちに如月は「こいつの家に行きたいの?」と聞く。
「……行きたくない」
暫く間が空いたものの、ようやく答えることができた。
うちの言葉を聞いて如月は、うんうんと一人で頷くと持っていたリュックをその場に投げ捨てた。
「ちょっと! 話が違いますよ!」
金髪の人は声を荒げる。苛立っているのか、手にかけられていた力が強くなる。
如月はそれもスルーして、ニヤッと笑う。
「じゃあ、ちょっと目瞑ってな?」
急に頷いたり、リュックを投げたりしてどうしたんだろうと思いながらも言われた通りに目を瞑っていると、うちの頬あたりにヒュッと風が通る。
ボコッという何かを殴ったような音と、さっきの金髪の人の悲鳴と共に圧迫されていた手首が解放された。
「なー、目開けて良いよ」
「うん……って、え⁉︎」 うちが目を開けた時、金髪の人が後ろに倒れて目を回していた。
助けてほしいとは思っていたけどまさか、如月が殴って制圧するとは思わなかった。
「なにやってんの⁉︎」
つい、助けてもらった
「大丈夫大丈夫、正当防衛!」
へらりと笑う如月の軽さにびっくりしてしまう。
柚凪か、花城ならまだいつも言い合ったり喧嘩したりしているから殴ったとしても理解出来なくはない。
喧嘩するほど仲が良いんだなと納得はできる。
でも、如月が今殴ったのは、初対面の人。
もし如月が話しかけてくれなかったら、うちは今ここに居なかったかもしれないんだ。感謝しないといけない。
だけど正当防衛だと言っても、行き過ぎると過剰防衛になって捕まってしまう可能性だってある。
「いや、威力的には過剰防衛じゃない?」
うちの言ったことが刺さったのか、如月はうちの質問を「まぁまぁ」と受け流して話題をすり替えた。
「てかさ、なーって家ここらへんだっけ?」
「ううん、ぼーっとしてたら迷って……」
「何してんだよ、帰れるの?」
「いや、無理……」
スマホも何も持ってきていない事を説明すると、躊躇する事もなく「電話貸してあげるから俺の家で待ってれば?」と凄く軽く言う。
でも、申し訳なさすぎるから断ろうか、お言葉に甘えて待たせてもらおうか悩む。
「……あ、なーの家は勝手に人の家入っちゃダメだとかあった?」
「無いよ、無いけど……申し訳なくて」
「ここから直ぐ近くだし、母さんも居るし、俺の家は全然大丈夫だけど」
そう言われてもまだ躊躇ってしまう。そんなうちに如月は「でもまた知らない人になーが絡まれるよりかは家居てくれた方が安心かも」と後押ししてくれた。
断ろうと言う思いが大きかったけど、確かにさっきみたいにまた誰か知らない人に話しかけられたら困惑してしまう。お言葉に甘えてしまった方が安全ではあるのかもしれない。葛藤の末、うちは口を開く。
「じゃ、じゃあ……お邪魔させてください」
「ん、良いよ」
如月は「実は、ここが俺の家」と、今立っている場所のすぐ横に建っている高層マンションを指差した。
直ぐ近くとは言っていたけど、こんなに近いとは思わなかった。
如月の住んでいるマンションを見ていると、どこかで見たような気がした。でもこんな所に来るのは初めてだ。それでもこのマンションはいつかの記憶の中に残っている。初めてなのに、以前ここに来たことがあるような気がするのはデジャビュ現象とやらの所為なのかもしれない。
「このマンション、結構高いね……」
「そうなんだよ、昔ここで心中した人がいたって都市伝説もあるんだってさ」
「へぇ、そうなんだ」
突然、うちの頭に原因不明の痛みが走る。ズキっと鋭い痛み。急に頭が痛む事はよくあるけれど、今まで経験してきた中で一番痛みを伴う頭痛だった。それに今までは大体何となく、痛みの原因はわかっていたけれど今回ばかりは原因不明。
でも、頭の痛みは連続で長くは続かずに直ぐに元通りに戻った。
如月はうちの異変に気付かなかったみたいで、何の反応も表さなかった。
うちは如月と共にエレベーターに乗り込んで、そのまま如月の家の階に着くまで雑談を繰り広げる。
「あ、この階」
「最上階なんだね」
「そうそう」
如月の家はエレベーターの直ぐ横ら横で、慣れたように直ぐ自宅へと入っていった。うちはそうは行けるわけがなく、どう動けば良いのかあたふたとする。如月はうちを見て「入って」と苦笑した。
「お邪魔します……」
玄関で靴を脱いでいると、ひょこっと若い綺麗な女性が顔を覗かせていた。
「いらっしゃい、この子がなーちゃんっていう子ね?」
「うん。あ、母さん電話貸してやって?」
「えっとね、ここで電話番号打って受話器取ったらかけれるよ」
「あ、ありがとうございます!」
如月の家庭は優しくて暖かい家庭だと思った。うちの家みたいに殴られたりなんてしない幸せそうな家庭……。そう羨ましく思った時に、うちは戸惑った。どうして『うちの家みたいに殴られたりしない』なんて考えたんだろう。
うちには確かに両親どちらからも殴られた記憶はある。けれど『三浦家』で、ではない。殴られたのは夢の中の記憶だ。よく思い返してみると夢の中で殴られた場所には現実でも痣がある。
もしかして、夢と現実がリンクしてる……?
「なー? どうした険しい顔して」
「えっ、あ、いや、何でもない!」
どうしてそんなに険しい顔をしていたのか、自分でもわからなくなってくる。
「あ、あのさ……トイレ、借りても良い?」
「おう、廊下の突き当たりにあるぞ」
「ありがと」
明るい廊下を通って、トイレへと向かう。
トイレに入ると、どこに電気があるのかわからず真っ暗な暗闇に覆われた。段々と心臓を締め付けられているような気持ちになる。よく考えると、雰囲気も形状も似ている。あの苦しいどん底だ。
このままずっとトイレの中にいると、また心細くなってしまいそうで、慌ててトイレを出る。
あの夢は、実際に前世でうちが経験した出来事なのかもしれない。話に聞いた都市伝説と、屋上。如月が話していた都市伝説。見たことがあるようなマンション。今まで繰り返し見た苦しい夢。
確かめたいことがある。
うちの推測が正しいなら、あそこに居るはずだ。
「……うち、屋上行ってくる!」
うちはリビングのソファに転がっている如月にそう言う。
「はぁ⁉︎」
うちは如月の返事も聞かずに、「お邪魔しました!」と如月の家を飛び出した。
「離してください!」
「なんでですか?」
「いや、だって……」
「さぁ、僕の家に行きましょう!」
うちの声が聞こえていないのか、行くなんて言っていないのに笑顔で「美味しいお茶を用意します」とわくわくしている。
ここまでしつこいと、面倒なのも通り越して怖さが勝ってしまう。手首を掴まれているせいで逃げる事も出来ない。助けを求めるほど大袈裟なことではないと思うし、助けを呼ぶにしても大声を出したり拒む事は出来ない。
あぁ、もうどうしようもない。抵抗するのにも気力がいるし、着いて行ってしまおうか。そう思った時、如月の声が耳に入ってきた。
「なーじゃん、なにしてんの?」
「如月……」
「あなたは誰なんですか?」
誰と聞かれても、困るだろうと思う。名前を言った所で別に誰かわかるわけでもないのに。
「えっ、俺は……そこの奴のクラスメイト?」
金髪の人はキッと、真面目に答えた如月を睨みつけた。
「クラスメイト……邪魔しないでください」
邪魔って……?
何で邪魔になるのだろう、そう思ったのは如月も同じだったようだ。
「え、何で?」
「これから彼女は僕の家に来るんです!」
うちは唖然としてしまう。
諦めかけていたのは事実でも、わざわざ好き好んで、今さっき会ったばかりの知らない人の家に行こうとは思わない。
それなのに、きっぱりと「僕の家に来る」と断言している事が恐ろしい。
丁度、良いタイミングで如月が来てくれたのは救いだと思うけれど、もしも如月にこの人と知り合いだと思われたらきっと如月は帰ってしまう。
どうせ話しかけてくれたなら助けて欲しい。
どうすれば如月に助けてもらえるのか、どうすれば良いのか、悶々と考えていても良いアイディアが浮かぶ事は無い。
うちが考え込んでいる間に、如月は金髪の人と話していたようで、如月は相槌を打っている。
もしかして、もう言いくるめられた……?
そんな事を考えていると、如月がうちに「なるほど……それでなーは?」と問いかける。いつもはうちの事をからかったり意地悪してくるのに、どうして今はこんなにも優しそうに見えるんだろう。
これは最後のチャンスかもしれない。でも、うちは何と言えばいいのか、どう助けを求めればいいのかわからなくて結局何も言えずにいた。
そんなうちに如月は「こいつの家に行きたいの?」と聞く。
「……行きたくない」
暫く間が空いたものの、ようやく答えることができた。
うちの言葉を聞いて如月は、うんうんと一人で頷くと持っていたリュックをその場に投げ捨てた。
「ちょっと! 話が違いますよ!」
金髪の人は声を荒げる。苛立っているのか、手にかけられていた力が強くなる。
如月はそれもスルーして、ニヤッと笑う。
「じゃあ、ちょっと目瞑ってな?」
急に頷いたり、リュックを投げたりしてどうしたんだろうと思いながらも言われた通りに目を瞑っていると、うちの頬あたりにヒュッと風が通る。
ボコッという何かを殴ったような音と、さっきの金髪の人の悲鳴と共に圧迫されていた手首が解放された。
「なー、目開けて良いよ」
「うん……って、え⁉︎」 うちが目を開けた時、金髪の人が後ろに倒れて目を回していた。
助けてほしいとは思っていたけどまさか、如月が殴って制圧するとは思わなかった。
「なにやってんの⁉︎」
つい、助けてもらった
「大丈夫大丈夫、正当防衛!」
へらりと笑う如月の軽さにびっくりしてしまう。
柚凪か、花城ならまだいつも言い合ったり喧嘩したりしているから殴ったとしても理解出来なくはない。
喧嘩するほど仲が良いんだなと納得はできる。
でも、如月が今殴ったのは、初対面の人。
もし如月が話しかけてくれなかったら、うちは今ここに居なかったかもしれないんだ。感謝しないといけない。
だけど正当防衛だと言っても、行き過ぎると過剰防衛になって捕まってしまう可能性だってある。
「いや、威力的には過剰防衛じゃない?」
うちの言ったことが刺さったのか、如月はうちの質問を「まぁまぁ」と受け流して話題をすり替えた。
「てかさ、なーって家ここらへんだっけ?」
「ううん、ぼーっとしてたら迷って……」
「何してんだよ、帰れるの?」
「いや、無理……」
スマホも何も持ってきていない事を説明すると、躊躇する事もなく「電話貸してあげるから俺の家で待ってれば?」と凄く軽く言う。
でも、申し訳なさすぎるから断ろうか、お言葉に甘えて待たせてもらおうか悩む。
「……あ、なーの家は勝手に人の家入っちゃダメだとかあった?」
「無いよ、無いけど……申し訳なくて」
「ここから直ぐ近くだし、母さんも居るし、俺の家は全然大丈夫だけど」
そう言われてもまだ躊躇ってしまう。そんなうちに如月は「でもまた知らない人になーが絡まれるよりかは家居てくれた方が安心かも」と後押ししてくれた。
断ろうと言う思いが大きかったけど、確かにさっきみたいにまた誰か知らない人に話しかけられたら困惑してしまう。お言葉に甘えてしまった方が安全ではあるのかもしれない。葛藤の末、うちは口を開く。
「じゃ、じゃあ……お邪魔させてください」
「ん、良いよ」
如月は「実は、ここが俺の家」と、今立っている場所のすぐ横に建っている高層マンションを指差した。
直ぐ近くとは言っていたけど、こんなに近いとは思わなかった。
如月の住んでいるマンションを見ていると、どこかで見たような気がした。でもこんな所に来るのは初めてだ。それでもこのマンションはいつかの記憶の中に残っている。初めてなのに、以前ここに来たことがあるような気がするのはデジャビュ現象とやらの所為なのかもしれない。
「このマンション、結構高いね……」
「そうなんだよ、昔ここで心中した人がいたって都市伝説もあるんだってさ」
「へぇ、そうなんだ」
突然、うちの頭に原因不明の痛みが走る。ズキっと鋭い痛み。急に頭が痛む事はよくあるけれど、今まで経験してきた中で一番痛みを伴う頭痛だった。それに今までは大体何となく、痛みの原因はわかっていたけれど今回ばかりは原因不明。
でも、頭の痛みは連続で長くは続かずに直ぐに元通りに戻った。
如月はうちの異変に気付かなかったみたいで、何の反応も表さなかった。
うちは如月と共にエレベーターに乗り込んで、そのまま如月の家の階に着くまで雑談を繰り広げる。
「あ、この階」
「最上階なんだね」
「そうそう」
如月の家はエレベーターの直ぐ横ら横で、慣れたように直ぐ自宅へと入っていった。うちはそうは行けるわけがなく、どう動けば良いのかあたふたとする。如月はうちを見て「入って」と苦笑した。
「お邪魔します……」
玄関で靴を脱いでいると、ひょこっと若い綺麗な女性が顔を覗かせていた。
「いらっしゃい、この子がなーちゃんっていう子ね?」
「うん。あ、母さん電話貸してやって?」
「えっとね、ここで電話番号打って受話器取ったらかけれるよ」
「あ、ありがとうございます!」
如月の家庭は優しくて暖かい家庭だと思った。うちの家みたいに殴られたりなんてしない幸せそうな家庭……。そう羨ましく思った時に、うちは戸惑った。どうして『うちの家みたいに殴られたりしない』なんて考えたんだろう。
うちには確かに両親どちらからも殴られた記憶はある。けれど『三浦家』で、ではない。殴られたのは夢の中の記憶だ。よく思い返してみると夢の中で殴られた場所には現実でも痣がある。
もしかして、夢と現実がリンクしてる……?
「なー? どうした険しい顔して」
「えっ、あ、いや、何でもない!」
どうしてそんなに険しい顔をしていたのか、自分でもわからなくなってくる。
「あ、あのさ……トイレ、借りても良い?」
「おう、廊下の突き当たりにあるぞ」
「ありがと」
明るい廊下を通って、トイレへと向かう。
トイレに入ると、どこに電気があるのかわからず真っ暗な暗闇に覆われた。段々と心臓を締め付けられているような気持ちになる。よく考えると、雰囲気も形状も似ている。あの苦しいどん底だ。
このままずっとトイレの中にいると、また心細くなってしまいそうで、慌ててトイレを出る。
あの夢は、実際に前世でうちが経験した出来事なのかもしれない。話に聞いた都市伝説と、屋上。如月が話していた都市伝説。見たことがあるようなマンション。今まで繰り返し見た苦しい夢。
確かめたいことがある。
うちの推測が正しいなら、あそこに居るはずだ。
「……うち、屋上行ってくる!」
うちはリビングのソファに転がっている如月にそう言う。
「はぁ⁉︎」
うちは如月の返事も聞かずに、「お邪魔しました!」と如月の家を飛び出した。