[二十六話]
「「いただきます」」
四年前と同じように手を合わせて、柚凪が作ってくれたオムライスを口に放り込む。あの日から三年も経ってしまったのだなぁと思うと感慨深い。
四年経っても変わらないものは多くある。柚凪のこの部屋、オムライスの味、柚凪とうちの関係性。変わらないものばかりの中でも、変わってしまうものだってある。
そうやって、寂しい気持ちになっていると柚凪が「もう明日だよ? 本当に俺で良かったの?」とうちに問う。
「何が?」
「結婚式前夜に過ごすのが姉で良いのか、奈音は」
「良いんだよ、引っ越すからなかなか会えなくなっちゃうし」
変わってしまうことの一つが、これだ。結婚と引っ越しが決まって、柚凪との距離がまた開いてしまう。でも、柚凪はそこまで気にしていないように見える。感情を隠しているようにも見えないし、きっと本当に気にしていないのだろう。
柚凪のことだから、うちが湊と結婚するとなれば泣いて喚くか、怒るかのどちらかだと思っていた。でも、そうではなかった。素直に祝福してくれるなんて、うちは思っても見なかった。
「……あっという間だったね、二十二年間」
「色々ありすぎたよなぁ」
本当に、過ぎてみればあっという間のことで。時が過ぎてゆくと、段々生まれ変わりなんて不思議な事も忘れてしまっていて、辛い記憶もかつて消したいと願っていた過去も、全て忘れてしまいそうだった。
だからといって、全てを忘れる事はないのだろうなと思う。
うちがカウンセラーを目指したきっかけも過去のうちみたいな子を一人でも助けたいと思ったことだったから。
忘れてしまいそうでも、やっぱり実際はそう簡単に忘れる事はできないし、忘れちゃ駄目なんだと思う。あの経験があってからこその今のうちがあるんだ。
だから、それでいい。うちはこれで良いんだ。今のうちには、柚凪も、湊も、他にも沢山味方がいる。
また辛くなってしまったら頼ればいいと、湊が教えてくれた。物理的な距離が遠くなったとしても、離れていかないと柚凪が励ましてくれた。
新天地で、頑張っていこうという気持ちになれたのは二人のおかげだ。うちは幸せなんだなぁと実感して、口角が緩むのが自分でもわかる。
「奈音!」
「えっ?」
急に柚凪に呼ばれて、顔をあげると柚凪はほっと息を吐く。
「奈音ってば、さっきからずっと呼んでたのに全然気付かないじゃん……心配した」
「ごめん、ちょっと色々思い返してた」
「思い出に浸るのも良いと思うけど、俺もう夜ご飯食べ終わっちゃったよ」
「え、ほんとだ! いつの間に?」
柚凪のお皿にはもうオムライスは無かった。うちが思い出に浸っている間に柚凪は食べ終わってしまったみたいだ。
柚凪はふはっと笑って「早く食べちゃいな、明日も早いでしょ」と言いながらシンクにお皿を下げに行く。
「うん!」
「ごめんけど先に寝るね、おやすみ」
柚凪が寝てしまう前に、伝えておきたい事がある。伝えておかなければならない事が。
「ちょっと待って!」
うちが柚凪を呼び止めると、柚凪は「どうかした?」と首を傾げる。
「あの、ね」
いざとなったら、怖くなってきた。緊張しているのか、恥ずかしいのか、声が震える。でも、言いたい。言っておきたい。
「うん」
ゆっくりと深呼吸をして、うちは柚凪に伝えたい言葉を口にする。
「今までありがとう」
「えっ、それって」
「これからもよろしくお願いします」
良かった、ちゃんと言えた。うちが胸を撫で下ろすと、柚凪もほっとしたように「あぁ、そういうこと? 死ぬのかと思った、びっくりした」と呟く。
「結婚式前夜に死ぬわけないじゃん!」
「まぁ、それもそうか……」
突然柚凪は、ハッとして「ちょっと待ってて」とうちに言って寝室に戻っていった。
柚凪は長細い小さい箱を持って帰ってきた。
ふぅっと息を吐いてから「奈音、結婚おめでとう」と笑いかけてくれる。その笑顔は、うちには嬉しさと切なさが混ざっているような不思議な笑顔に見えた。
「幸せになってね」
そう言って、柚凪はさっき持ってきた箱をうちに渡してきた。
「何これ?」
「結婚祝い的な? 奈音にプレゼント、取り敢えず開けてみて」
うちが箱を開けると、そこには黒いクッションで保護された、小さい猫と音符のチャームがついた、全部銀色でコーティングされているネックレスが入っていた。
わざわざ、うちのために用意してくれたんだ。
「ありがとう、嬉しい!」
「喜んでくれたなら良かった」
「このネックレス、明日の式でもつけて良い?」
どうせなら、柚凪が用意してくれたこのネックレスをつけて式を挙げたい。きっと、これは明日のうちの姿によく似合う筈だから。
「元々これつける!って決めてなかったっけ?」
そうだ、元々うちはこれをつけるって決めていたネックレスはあった。それでも、これが良い。それしか今のうちの頭には無かった。
「それよりこっちつけたいの!」と言い張るうちに「そう? それなら良いんだけど」と柚凪は苦笑する。
「じゃあ、そろそろ」
柚凪のその言葉で、引き留めたという事を思い出す。
「あ! そっか、引き留めちゃってごめんね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
うちは少し冷えてしまったオムライスを平らげて、シンクにお皿を下げる。洗面所で歯を磨いて、寝室ですやすやと眠る柚凪の隣に転がる。
大好きな柚凪が、うちの幸せを願って祝福してくれているんだと思うと心が温かくなる。お腹も心もいっぱいのまま、うちは眠りについた。
結婚式当日。今日は朝からそわそわしてしまっていた。
ずっと心臓がバクバクと激しく動いているままだったらどうしようと心配していたけれど、ヘアメイクをしてもらう頃には落ち着く事ができていた。
薄紫色のふんわりした可愛いドレスに着替えて、派手過ぎず、地味過ぎない程良いメイクを施してもらう。
胸あたりまで伸びた髪も三つ編みにしてもらった。三つ編みの中に自分が持ってきた造花を挿したり、蝶の髪留めを挿したりして華やかにセットしてもらった。
最後に、柚凪が昨日くれたネックレスをつけてもらって、それで全ての準備が終わる。
もうする事もなくなりスタッフさんと世間話をしていると、突然コンコンとドアがノックされた。
スタッフさんが「あら、誰かしら?」と首を傾げて誰が来たのかを確認しに行く。
「あぁ、湊さんでしたか! 奈音さん、湊さんが来られましたが入っていただいて大丈夫ですか?」
「はい!」
湊が来たとわかって、うちは椅子から立ち上がる。スーツ姿で、髪もワックスで固められている。
いつもとは全然違う姿に少しだけどきっとする。
そんな気持ちを見抜かれてしまわないように、うちは「どう? 似合う?」なんて微笑んでみる。
「うん、すごく綺麗」
そんなにストレートに褒められると照れてしまう。全く、これだから困るんだ。ようやく鼓動の速さも収まったところなのに、またさっきと同じように鼓動が速くなってしまったから。落ち着かないと、落ち着いておかないと、ここぞという時にやらかしてしまうものだ。
深呼吸をして、うちは笑顔を作る。
「だよね、綺麗にメイクもヘアセットもしてもらったんだ」
「そっか。良かった」
「湊も似合ってるよ」
「ありがと」
穏やかな時間が流れている。あぁ、幸せだなぁと実感する。
でも、その時間はスタッフさんの声で現実に引き戻された。
「お二人とも、すみませんがそろそろお時間です!」
スタッフさんが「湊さんは先に式場に入場しておいてください!」と湊を式場へと誘導する。
「はい、じゃあ奈音……また後で」
「うん!」
湊が式場に向かった二、三分後にスーツ姿のお父さんが迎えに来た。うちの姿を見たお父さんは「奈音……大人になって……」と涙目になる。
「ふふ、ありがとう」
スタッフさんが「奈音さんも、そろそろゆっくり向かいましょう」と言ってうちはお父さんと共に控室を出た。
「湊くんも良い子だったから、奈音を任せるのも安心だなぁ」
うちはそっかぁと相槌を打つ。「ようやく、奈音が報われたような気がしてお父さん嬉しいよ」と続けるお父さん。お父さんのその言葉に違和感を覚える。
「ようやく?」
「うん、あの頃は僕たちの都合で仲の良かった二人を引き離すことになっただろ?」
「あぁ、その事? もう大丈夫なのに」
「気にしていたんだ、ずっと。奈音にも、柚凪にも、幸せになって欲しい」
うちが何も返さずに黙っているのに、お父さんは優しく微笑んでくれた。
そうやって、ゆっくり話しながら歩いていると丁度良い時間になった。
『それでは、新婦のご入場です!』
ギィッと重く軋むドアをスタッフが開ける。うちはお父さんと腕を組んで、ゆっくりと入場する。
中には、うちにとっても湊にとっても大切な人が集まってくれている。お母さん、柚凪、蘭菜、水雫。湊の家族に花城と如月。
皆笑顔で拍手で出迎えてくれる。うちが歩みを進めていく先には、湊がいる。湊の前まで辿り着いたら、お父さんのから離れて湊の元へ向かう。
そして、湊と二人で階段を登る。そこには神父が立っている。
「新郎、湊さん。あなたはここにいる奈音さんを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
永遠の愛を誓うなんて、と思っていた時期もあった。誓えるほど愛せる人も愛してくれる人もいないと。
でも、そんな事はなかった。うちが見ていなかっただけで本当はちゃんといたんだ。湊なら、うちの事を愛してくれる。湊となら永遠を誓える。
次はうちの番だ。
「新婦、奈音さん。あなたはここにいる湊さんを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、 敬い、慈しむ事を誓いますか?」
神父に聞かれて、うちは湊の顔を覗き込む。そして思いっきり笑顔で答えた。
「はい!」
「「いただきます」」
四年前と同じように手を合わせて、柚凪が作ってくれたオムライスを口に放り込む。あの日から三年も経ってしまったのだなぁと思うと感慨深い。
四年経っても変わらないものは多くある。柚凪のこの部屋、オムライスの味、柚凪とうちの関係性。変わらないものばかりの中でも、変わってしまうものだってある。
そうやって、寂しい気持ちになっていると柚凪が「もう明日だよ? 本当に俺で良かったの?」とうちに問う。
「何が?」
「結婚式前夜に過ごすのが姉で良いのか、奈音は」
「良いんだよ、引っ越すからなかなか会えなくなっちゃうし」
変わってしまうことの一つが、これだ。結婚と引っ越しが決まって、柚凪との距離がまた開いてしまう。でも、柚凪はそこまで気にしていないように見える。感情を隠しているようにも見えないし、きっと本当に気にしていないのだろう。
柚凪のことだから、うちが湊と結婚するとなれば泣いて喚くか、怒るかのどちらかだと思っていた。でも、そうではなかった。素直に祝福してくれるなんて、うちは思っても見なかった。
「……あっという間だったね、二十二年間」
「色々ありすぎたよなぁ」
本当に、過ぎてみればあっという間のことで。時が過ぎてゆくと、段々生まれ変わりなんて不思議な事も忘れてしまっていて、辛い記憶もかつて消したいと願っていた過去も、全て忘れてしまいそうだった。
だからといって、全てを忘れる事はないのだろうなと思う。
うちがカウンセラーを目指したきっかけも過去のうちみたいな子を一人でも助けたいと思ったことだったから。
忘れてしまいそうでも、やっぱり実際はそう簡単に忘れる事はできないし、忘れちゃ駄目なんだと思う。あの経験があってからこその今のうちがあるんだ。
だから、それでいい。うちはこれで良いんだ。今のうちには、柚凪も、湊も、他にも沢山味方がいる。
また辛くなってしまったら頼ればいいと、湊が教えてくれた。物理的な距離が遠くなったとしても、離れていかないと柚凪が励ましてくれた。
新天地で、頑張っていこうという気持ちになれたのは二人のおかげだ。うちは幸せなんだなぁと実感して、口角が緩むのが自分でもわかる。
「奈音!」
「えっ?」
急に柚凪に呼ばれて、顔をあげると柚凪はほっと息を吐く。
「奈音ってば、さっきからずっと呼んでたのに全然気付かないじゃん……心配した」
「ごめん、ちょっと色々思い返してた」
「思い出に浸るのも良いと思うけど、俺もう夜ご飯食べ終わっちゃったよ」
「え、ほんとだ! いつの間に?」
柚凪のお皿にはもうオムライスは無かった。うちが思い出に浸っている間に柚凪は食べ終わってしまったみたいだ。
柚凪はふはっと笑って「早く食べちゃいな、明日も早いでしょ」と言いながらシンクにお皿を下げに行く。
「うん!」
「ごめんけど先に寝るね、おやすみ」
柚凪が寝てしまう前に、伝えておきたい事がある。伝えておかなければならない事が。
「ちょっと待って!」
うちが柚凪を呼び止めると、柚凪は「どうかした?」と首を傾げる。
「あの、ね」
いざとなったら、怖くなってきた。緊張しているのか、恥ずかしいのか、声が震える。でも、言いたい。言っておきたい。
「うん」
ゆっくりと深呼吸をして、うちは柚凪に伝えたい言葉を口にする。
「今までありがとう」
「えっ、それって」
「これからもよろしくお願いします」
良かった、ちゃんと言えた。うちが胸を撫で下ろすと、柚凪もほっとしたように「あぁ、そういうこと? 死ぬのかと思った、びっくりした」と呟く。
「結婚式前夜に死ぬわけないじゃん!」
「まぁ、それもそうか……」
突然柚凪は、ハッとして「ちょっと待ってて」とうちに言って寝室に戻っていった。
柚凪は長細い小さい箱を持って帰ってきた。
ふぅっと息を吐いてから「奈音、結婚おめでとう」と笑いかけてくれる。その笑顔は、うちには嬉しさと切なさが混ざっているような不思議な笑顔に見えた。
「幸せになってね」
そう言って、柚凪はさっき持ってきた箱をうちに渡してきた。
「何これ?」
「結婚祝い的な? 奈音にプレゼント、取り敢えず開けてみて」
うちが箱を開けると、そこには黒いクッションで保護された、小さい猫と音符のチャームがついた、全部銀色でコーティングされているネックレスが入っていた。
わざわざ、うちのために用意してくれたんだ。
「ありがとう、嬉しい!」
「喜んでくれたなら良かった」
「このネックレス、明日の式でもつけて良い?」
どうせなら、柚凪が用意してくれたこのネックレスをつけて式を挙げたい。きっと、これは明日のうちの姿によく似合う筈だから。
「元々これつける!って決めてなかったっけ?」
そうだ、元々うちはこれをつけるって決めていたネックレスはあった。それでも、これが良い。それしか今のうちの頭には無かった。
「それよりこっちつけたいの!」と言い張るうちに「そう? それなら良いんだけど」と柚凪は苦笑する。
「じゃあ、そろそろ」
柚凪のその言葉で、引き留めたという事を思い出す。
「あ! そっか、引き留めちゃってごめんね。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
うちは少し冷えてしまったオムライスを平らげて、シンクにお皿を下げる。洗面所で歯を磨いて、寝室ですやすやと眠る柚凪の隣に転がる。
大好きな柚凪が、うちの幸せを願って祝福してくれているんだと思うと心が温かくなる。お腹も心もいっぱいのまま、うちは眠りについた。
結婚式当日。今日は朝からそわそわしてしまっていた。
ずっと心臓がバクバクと激しく動いているままだったらどうしようと心配していたけれど、ヘアメイクをしてもらう頃には落ち着く事ができていた。
薄紫色のふんわりした可愛いドレスに着替えて、派手過ぎず、地味過ぎない程良いメイクを施してもらう。
胸あたりまで伸びた髪も三つ編みにしてもらった。三つ編みの中に自分が持ってきた造花を挿したり、蝶の髪留めを挿したりして華やかにセットしてもらった。
最後に、柚凪が昨日くれたネックレスをつけてもらって、それで全ての準備が終わる。
もうする事もなくなりスタッフさんと世間話をしていると、突然コンコンとドアがノックされた。
スタッフさんが「あら、誰かしら?」と首を傾げて誰が来たのかを確認しに行く。
「あぁ、湊さんでしたか! 奈音さん、湊さんが来られましたが入っていただいて大丈夫ですか?」
「はい!」
湊が来たとわかって、うちは椅子から立ち上がる。スーツ姿で、髪もワックスで固められている。
いつもとは全然違う姿に少しだけどきっとする。
そんな気持ちを見抜かれてしまわないように、うちは「どう? 似合う?」なんて微笑んでみる。
「うん、すごく綺麗」
そんなにストレートに褒められると照れてしまう。全く、これだから困るんだ。ようやく鼓動の速さも収まったところなのに、またさっきと同じように鼓動が速くなってしまったから。落ち着かないと、落ち着いておかないと、ここぞという時にやらかしてしまうものだ。
深呼吸をして、うちは笑顔を作る。
「だよね、綺麗にメイクもヘアセットもしてもらったんだ」
「そっか。良かった」
「湊も似合ってるよ」
「ありがと」
穏やかな時間が流れている。あぁ、幸せだなぁと実感する。
でも、その時間はスタッフさんの声で現実に引き戻された。
「お二人とも、すみませんがそろそろお時間です!」
スタッフさんが「湊さんは先に式場に入場しておいてください!」と湊を式場へと誘導する。
「はい、じゃあ奈音……また後で」
「うん!」
湊が式場に向かった二、三分後にスーツ姿のお父さんが迎えに来た。うちの姿を見たお父さんは「奈音……大人になって……」と涙目になる。
「ふふ、ありがとう」
スタッフさんが「奈音さんも、そろそろゆっくり向かいましょう」と言ってうちはお父さんと共に控室を出た。
「湊くんも良い子だったから、奈音を任せるのも安心だなぁ」
うちはそっかぁと相槌を打つ。「ようやく、奈音が報われたような気がしてお父さん嬉しいよ」と続けるお父さん。お父さんのその言葉に違和感を覚える。
「ようやく?」
「うん、あの頃は僕たちの都合で仲の良かった二人を引き離すことになっただろ?」
「あぁ、その事? もう大丈夫なのに」
「気にしていたんだ、ずっと。奈音にも、柚凪にも、幸せになって欲しい」
うちが何も返さずに黙っているのに、お父さんは優しく微笑んでくれた。
そうやって、ゆっくり話しながら歩いていると丁度良い時間になった。
『それでは、新婦のご入場です!』
ギィッと重く軋むドアをスタッフが開ける。うちはお父さんと腕を組んで、ゆっくりと入場する。
中には、うちにとっても湊にとっても大切な人が集まってくれている。お母さん、柚凪、蘭菜、水雫。湊の家族に花城と如月。
皆笑顔で拍手で出迎えてくれる。うちが歩みを進めていく先には、湊がいる。湊の前まで辿り着いたら、お父さんのから離れて湊の元へ向かう。
そして、湊と二人で階段を登る。そこには神父が立っている。
「新郎、湊さん。あなたはここにいる奈音さんを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
永遠の愛を誓うなんて、と思っていた時期もあった。誓えるほど愛せる人も愛してくれる人もいないと。
でも、そんな事はなかった。うちが見ていなかっただけで本当はちゃんといたんだ。湊なら、うちの事を愛してくれる。湊となら永遠を誓える。
次はうちの番だ。
「新婦、奈音さん。あなたはここにいる湊さんを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し、 敬い、慈しむ事を誓いますか?」
神父に聞かれて、うちは湊の顔を覗き込む。そして思いっきり笑顔で答えた。
「はい!」