[二十五話]
 驚いた声は蘭菜のものだった。
「二人とも来てたの⁉︎」
 びっくりと、嬉しさが混じった感情が蘭菜の声から読み取れる。水雫は状況についていけずに、ただただ驚いているだけのように見えた。
「如月と花城と、前なーと一緒にいた人もいる」
「あ、佐藤です」
 水雫が佐藤の名前を忘れて、佐藤が気まずそうにつっこむ。珍しい組み合わせだなぁと思いながらも、正直これはこれで面白い。
「そっちも本当に来てたんだ!」
「私、柚凪と会ったの久しぶりかも」
 柚凪が嬉しそうに蘭菜と水雫に抱きつきにいく。
 勢いよく抱きつきに来た柚凪を受け入れながらも、蘭菜は「本当にって?」と首を傾げる。
「さっき如月が来てたってこと教えてくれたから」
「なるほどね」
 如月が「そういえば、結局どうなったんだよ!」と佐藤をつつく。
「どうって?」
「相談してきたじゃん」
「なんか相談したっけ?」
 ニヤニヤしながら、如月はスマホをスクロールして急に真顔になった。真剣な顔で「好きになった人がいるんだけど、どうすれば良いか教えてくれ」と言う。
 突然どうしたのか、うちはわからなかった。いつも通りの如月の奇行だろうと思っていた。よくわからない行動をするのはいつも通りのことだと。
「えっ、ちょ、は?」
 なぜか焦り出す佐藤に、ニヤニヤを止めない如月と如月のスマホを覗き込んで共にニヤニヤし始める柚凪。悟ったような顔をして、佐藤の肩をドンマイと言うように叩く花城。そして何も理解出来ていないうちと蘭菜達三人。
「なー! かもん!」
「え、うち?」
 如月に手招きされて、うちはよくわからないまま柚凪の隣へ駆け寄る。
「ちょ、待て如月。奈音に何見せる気だ」
 そんな佐藤の声を無視して、如月はうちに如月とのメッセージのトーク履歴を初めから見せてくれた。佐藤が如月に好きな人がいると相談していたなんて知らなかった。
 きっと、時期的にその好きな人はうちなんだろうなと思うと頰が火照る。心なしか体温が上がってしまったような気がした。
 一番最後の会話は卒業式前日の時のもので『告白しろよ!』と言う如月とそれに『明日の卒業式では絶対告白する』と返す佐藤のやりとりだった。
「奈音、めっちゃ顔赤くなってる!」
「柚凪うるさい!」
 ニコニコしながらうちの頰をツンツンしてくる柚凪の手を振り払う。
「お前……信頼して相談したのに」
 佐藤は如月に冷たい視線を送る。如月は「本当に申し訳ございません」と素早く頭を上げる。
「クレープ奢ってくれるなら許してやらんこともないけど」
 ボソッと呟く佐藤の声を聞き取って、如月は財布を手にダッシュでさっきうちと柚凪がクレープを買ったスイーツ店に走る。
「みーちゃん! 何味ー?」
 スイーツ店の前で思い出した如月が叫ぶ。佐藤も「いちご!」と声を張る。
「はーい!」
 数分して、如月がさっきうちと柚凪が食べたものと同じクレープを持って帰ってきた。
「案外、佐藤って甘党なんだね」
「意外か?」
「甘いの嫌いそう」
「そんな事ないけど……」
 佐藤は思ったよりも甘いものは好きなようだ。はむはむとクレープを頬張って、嬉しそうに緩んだ頬が戻り切っていない。可愛い絆創膏を持ち歩いていたり、甘いものが好きだったりと、いつものクールな佐藤とのギャップが大きくて少し笑みが溢れる。
 ふと、これからもっともっと一緒に過ごす時間が増えて佐藤の事を知っていけたらいいなぁ、なんて考えてしまった。
「今回だけだぞ、次は無いと思え」
「はい! 肝に銘じます!」
 頬にクレープのクリームをつけたまま、そんな事言っても凄みや威厳はクリームによって緩和されてしまう。如月もきっと考えている事は同じなんだろう。真面目な声色を出しつつも、実際は俯いて、プルプルと震えている。必死に笑いを堪えているんだろう。
 流石にこの流れで如月がクリームがついている事を笑いながら指摘したら、佐藤の逆鱗に触れるだろう。
 だからうちが佐藤に伝えることにした。そっちの方が穏便に済むだろうから。
「佐藤、頬にクリームついてる」
「えぇ、まじ? 取って」
 うちは鞄の中からウェットティッシュを取り出して、佐藤の頬についたクリームを綺麗に拭き取った。
「取れたよ」
「ありがと」
 その光景を見ていた如月が「お前ら……もしかして!」と目を輝かせる。
「何?」
「付き合ってんだろ!」
 如月はいつもこれだ。まぁ今回は間違っていないのだけれど、一応佐藤が嫌かもしれないと思って「え、なんで?」なんて誤魔化してみた。
「だって、やけに距離近いし」
「名前呼びになってるし」
 うちが聞くと、如月と蘭菜がうちと佐藤をじっと見つめて食い気味に話す。
「で、どうなんだよ」
 からかいたいだけの如月と、本当はどういう関係なのかを知りたがっている蘭菜。水雫と花城はそこまで恋愛の話に興味が無いんだろう。スマホをつついている。
 上手く誤魔化せたと思ったのに、全然そんな事はなかった。どう返せば良いのかわからなくて困っていたその時だった。
「付き合ってるよ」
 あっけらかんと、思っていたよりも軽く佐藤が言った事によって如月はぽかんと口を開けて首を傾げた。
 蘭菜は「そうなの⁉︎」と良いリアクション。柚凪は「俺は認めたくない、そんな事実」と首をブンブン振っている。そんな柚凪に花城が「妹の幸せを素直に祝ってやれよ、姉」と野次を飛ばす。
「うるさいなぁ、……よ」
「柚凪、なんか言った?」
 最後らへんに呟いたのが何だったのかが聞き取れなかったから、聞き返すも柚凪は「ううん、何も!」といつものように明るく笑った。
 如月が突然思い出したように「あ、俺らクレーンゲームでみーちゃんの妹に人形取らないといけないからそろそろ行くな」と言ったのを合図に、如月達三人はゲームセンターの方へと向かった。
 蘭菜も「私達も、今から本屋さんよって帰るから……またね」と水雫と共に帰って行った。
 去っていく背中に手を振りながら「……俺達もそろそろ帰るかぁ」と柚凪。
「え、ちょっと待って? まだクレープ食べただけじゃん」
「でももう疲れたくない?」
「うん、それはそう」
 如月達と出会ったからか、やけに時間があっという間だったように思える。でも、久しぶりに柚凪と遊びに来れたのにもう解散なんて嫌だ。
 もう少し、一緒にいたい。でも大人になった今、そうやって我儘を軽々しく言えるはずもない。うちは黙り込んだ。そんなうちを見かねた柚凪が「俺の家来て、夜ご飯一緒に食べる?」と提案してくれた。
「良いの⁉︎」
「良いよ、なんなら泊まってく?」
「え! 泊まってく!」
 柚凪は「了解、夜ご飯何が良い?」と首を傾げる。
「柚凪って料理作れるの⁉︎」
「失礼だなぁ、作れますけど?」
 よくよく考えてみれば、確かに柚凪もうちと同じように大学入学と共に一人暮らしを始めていたんだった。そりゃあ料理も作れるようになるかと納得する。
 少し考えて、何を作ってもらうかを決める。
 初めから決まっていたようなものだけど、やっぱりこれしかないと思う。うちは口を開く。
「じゃあ……オムライスで!」
 柚凪は一瞬ニヤッとして「流石、奈音! わかってんじゃん!」と嬉しそうに笑う。
「懐かしいねぇ、一番初めに作ってくれたオムライスの味は忘れられないなぁ」
 柚凪が初めてうちに作ってくれたのは、珍しくお母さんとお父さんの帰りが遅くてうちがお腹が空いたのと寂しいので泣いていた時だった。冷蔵庫に入っているもので作れるものがオムライスで、柚凪は必死に調べながら作ってくれたのだ。まだ小学生だからか、柚凪が不器用だからなのか、それはお世辞にも美味しいとは言えなかった。
 でも、そのオムライスで空腹と寂しさは埋められた。
「あぁ、もう! 仕方ないじゃん、まだあの時は小学生だったんだからさぁ」
「まぁね、でも嬉しかったから今でも忘れないんだよ」
 そう言うと、柚凪は顔を綻ばせた。つられてうちも口角が上がる。
 うちと柚凪は、買い物をして柚凪の家へと帰った。